第10話

10

拷問部屋の重い扉が開いた。零が1人、だるそうな顔をして出てきて、地面に唾を吐いた。

「零!」

ルーカスは、零に駆け寄った。

「よぉ、左遷されるんだってな?ご愁傷さま」

いつもの調子で笑う零を見て、ルーカスは安心した。最悪の事態にはならなかった。

「零、消されることはなかったんだな。よかった。正当な裁判を受けて、しっかり罪を償ってこい。そして、償い終わったら、ハンバーガーを食べよう。あ、警察官になるなら私も協力する」

話したいことが沢山ある。今まで辛いことが多かっただろう少年に、楽しいことを教えてやりたい。食事も、遊びも、学びも、なにもかも。

だが、それは叶わない願いだと突きつけられた。

「ははっ、何言ってんだ?俺は死刑だってよ」

零は、腰に手を当てて笑っている。

「ど、どうしてだ?そんな、だって、君は犯罪を犯したが、汲み取るべき過去もあるだろう?というか、裁判自体してないじゃないか!」

ルーカスは声を荒げた。

「俺が自分の意思で殺した5人、あれは国のお偉いさんだ。ねずみ捕り男から人間を買ってたから殺した。それがバレたみたいだな」

なんでもないかのように笑う零の、この笑顔は見覚えがあった。初めて会った時、ルーカスが銃を向けた時も同じ顔をしていた。

「そんな……」

「まぁ聞けよ。本当は、さっきの豚みたいなオッサンに今の部屋で殺されるとこだったんだ。だが、俺の技術力で、死刑までの猶予をもらった。なんと、1時間もな!」

得意げに笑う少年の寿命はあと1時間。

「……その間、俺がお前の願いを叶えよう。なんでも言ってくれ。ハンバーガーも買ってこさせる」

ルーカスには助けられない。

「本当?じゃあ、僕と……いや、俺と一緒にいてくれ」

甘い声で話し始めた零だったが、途中で声を戻した。そして、恥ずかしそうに頭を搔いた。

ルーカスは、後輩に頼んでハンバーガーを買いに行かせた。

「何かしたい事とか、話したいことはあるか?」

「……俺さ、学校とか行ったことないんだ。行ってみたかったなぁ。友達と遊んだり、勉強したり」

「それは、悲しいな。俺でよければ友達になるぞ」

後輩がハンバーガーを持ってきた。紙袋を零に渡した。

「やったぁ!これ、本当に美味しいよな!ありがとな!ルーカス!」

零は嬉しそうにハンバーガーを頬張っている。こんな無邪気な少年が、どうして死なないといけないんだろうか。

「なぁ、零。君は自力で手錠外せるよな?外の警備員は私が引きつけるから」

ルーカスが言い終わる前に、零が、ルーカスの前に人差し指を立てて静止した。

「ダメだろ。俺は犯罪者だぜ?俺の為に、お前が信念を曲げる必要は無い」

「だが……」

「犯罪者は正しく裁かれなければいけない、だろ?」

ルーカスは言葉を詰まらせた。助けられる方法はないのだろうか。

「なぁ、最後にさ、俺の頭撫でてくれよ」

いつもの、甘える時の声ではなく、素の声で、零はそういった。

「わかった」

ルーカスは零の頭に触れた。ルーカスの手のひらほどの大きさしかない零の頭を、ゆっくりと撫でた。

「俺、ずっと憧れてたんだ」

零はそれだけ言うと、幸せそうな顔をして、ルーカスの手に甘えるような仕草をした。その姿がどうにも愛おしくて、何も出来ない自分への怒りが増した。

「あ、あれ?おかしいな」

零が泣いている。赤い目からとめどなく涙が流れ、何度拭っても止まらないようだ。

「おかしくなんてない。おかしくなんてないんだ……」

ルーカスは、零を優しく抱きしめた。

「時間だ。来い」

2人の警察と、長官が来た。離したくない。このまま零を連れ去ってしまいたい。

「ルーカス、離せ、俺はもう大丈夫だ」

零がルーカスを笑顔で見上げている。涙は止まったようだ。

「長官、もう一度考え直していただけませんか」

「黙れ。お前は田舎に左遷だ。零よ、早く来るんだ。最後に甘い時間を過ごそう」

鼻息を荒くした長官が、手錠に繋がれている零の腕を掴んだ。

「うん、僕とさっきの続きをしよう。でも、恥ずかしいから2人っきりで、ね?」

零は、さっきまでの声とは違う、甘い声で長官に語りかけた。

「言っておくが、逃がすつもりはないぞ」

長官は、零の頭に銃をつきつけた。それに対して、零は怖がることなく頷いた。

「零、お前……」

「じゃあな、ルーカス。俺のこと忘れんなよ」

そう言って零は、ルーカスから離れ、連れて行かれてしまった。

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