第8話

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車で登ってきた所から歩いて海側に下りていった。零はルーカスに顔を見せずに進んでいった。細い腕に引っ張られて山を下りていくと、入口を草木で覆われたちいさな洞窟があった。

「ここだ、ここに居る……俺がおびき出してくるよ」

零は俯きながら、ルーカスに上着を返した。上着を持つ手が震えている。

「どうした?なぜ震えている?」

「震えてねーよ。じゃあ、行ってくる。俺が呼んだら来い」

零は手錠を外していた。親指をさすっている。関節を外して抜け出したのだろう。ルーカスは何も咎めなかった。それ以上に、零の震えが気になる。銃を向けられても怖がらなかった少年が何に怖がっているのだろうか。

そう考えている間に、零は洞窟に入っていった。ルーカスはそれを外で息を潜めて見守った。

「やぁ、久しぶりだな、ネズミ捕り男」

洞窟の中から零の声が聞こえる。

「来ると思ってたぞ、零よ」

もう1人、低い声が聞こえる。ネズミ捕り男と呼ばれた人が、ルーカスの仇なのだろう。

「来たのは俺だ。罠を解除してくれよ。あと、そこに居る5人の部下も下がらせてくれ」

「男にお願いする時はどうすればいいか、教えてやっただろう?その顔と体は飾りか?」

数秒の時間が流れたあと、零が洞窟の奥に進んでいく足音が聞こえた。

「お願いします」

「そうだな。久しぶりにお前で遊ぶのも悪くない」

地面に人が倒れる音がした。

「やめろ、やめてください!俺、僕は……」

零の震える声が聞こえる。ルーカスは立ち上がった。

「お前が、飼い主を殺したという情報は入ってきている。人身売買の売人を5人も殺したという話もな」

「嫌だ……やめて……触らないで……来るな」

零の泣き声が聞こえる。ルーカスはその場で立ち止まった。零も殺人犯だ。助ける必要はない。利用する為に連れてきた、ただのハンバーガーが好きな少年だ。

「お前たちも来てみろ、コイツは俺の商品の中でも、なかなかの上物だぞ」

数人が歩く音が響いた。

「ルーカス!」

ルーカスは走り出した。洞窟に入り、銃を構えた。

「警察だ!手をあげろ!」

洞窟の中には檻や武器、ロープなど色々なものが置いてある。いくつかの道具には血が着いている。男が5人、そして、零と、零に馬乗りになっている男がいた。零の上にいる人物こそが、ネズミ捕り男、ルーカスの故郷を焼いた犯人だろう。

ネズミ捕り男は、ルーカスをみて驚いた顔をしたが、すぐに落ち着きを取り戻した。

「なんだ、警察の愛人か?やはり、俺の見立ては間違っていなかったようだな」

ネズミ捕り男は、零の髪を掴んで持ち上げた。そして、零に銃を向けた。

「今撃てば零にもあたるぞ」

ネズミ捕り男の言葉に、零は笑いだした。

「ははは!アイツにとって、俺はただの犯罪者でしかねぇ。ルーカス!俺ごと撃てよ!お前の仇だろ!」

ルーカスは、銃を持つ手が震えた。零はただの犯罪者だ。

「ネズミ捕り男、お前が20年前、村を焼いた犯人か?」

「村?……あぁ!お前、あの時取り逃したガキか!大きくなったな!お前の友人達は高く売れたぞ」

ルーカスは銃を握りしめた。ネズミ捕り男は、悪びれもなく笑っている。殺してしまいたい。だが、人は殺したくない。

「くっ……あはははは!馬鹿だな!ルーカス!その銃に銃弾は入ってねーよ!」

零は手を広げて、ルーカスが上着に入れていた予備の銃弾をバラバラと落とした。その場にいた全員が零の手に注目した。

その途端、ルーカスは男立ちに向かって走り出した。男たちの手元が狂っているすきに3人を蹴り倒し、制圧した。残り2人は銃で殴り飛ばして、意識を失わせた。

「零!無事か?」

零は、いつの間にか持っていたルーカスのナイフを持って、ネズミ捕り男の首に近づけていた。男は余裕の笑みを浮かべながら零の頭に銃を突きつけている。

「俺に逆らうのか?男娼風情が」

「その男娼風情に壊滅させられかけてるのはどこのどいつだ?」

2人とも睨み合いながら悪態をついている。

「零から離れろ。お前を逮捕する」

ルーカスは男に銃を向けた。

「お前こそ、ここから消えろ。俺を逮捕した所でチップはない。俺の後ろ盾には警察の幹部もいる。俺を正しく裁くことはできないだろう。それに、零もそれを望んでいるだろう?」

「零が?」

「コイツ1人には、俺に復讐する勇気はない。本当は死ぬつもりだったんだろう?元々自殺願望強かったもんな」

「……うるせぇ」

「俺が何を教えても、殺せ殺せと喚いてた。特に、人を殺した後なんかは一段と煩かったな」

零は、さらにナイフを押し付けた。男の首から血が滴っている。男は、片手で零の頭を掴んで地面に押し付けている。

「とにかく、零から離れろ。撃つぞ」

男は目線だけをルーカスに向けて、気味の悪い笑みを浮かべた。

「先程も言ったが、俺の顧客には権力者が多い。お前が俺を殺せば、お前も死ぬことになるだろう。俺を捕まえるのも、また然りだ」

故郷を焼き、友人を売って、家族を殺した。そんな男を取り逃がすことなどしたくない。捕まえて罪を自覚させたい。だが、それは叶わない。それならいっそ、自分が死ぬことになってでも、コイツを

「じゃ、俺が適任だな」

零が、男の首を切った。男の首から滴った血が、零の白い頬を染めた。男は驚いた表情のまま、横に倒れた。

「あっ!おい!零、なにをしているんだ!」

ルーカスは男に近寄った。目を開けたまま事切れている。

「お前、堅物真面目警察官だからな。人とか殺せねーだろ?だから、代わりに俺が殺してやったまでだ」

零は、顔に着いた血を拭くこともせず、悪戯っぽく笑って見せた。

「こんなことしたら、お前の罪が増えるんだぞ……」

ルーカスは、悔しさを噛み締めながら、零の頬に着いた血を拭った。ルーカスの行動に、零は目を丸くして固まっていた。

「人を殺したことには怒らないんだな。ま、俺はすでに15人殺してるんだ。1人増えたところで変わんねーよ」

明るく笑う零の笑顔に、ルーカスも自然と笑みがこぼれた。

「お前が出所するまで警察官を続けないとな」

冗談めかして言った言葉に、零が笑うことはなかった。代わりに、ルーカスから目をそらし、地面に転がった男を見ている。

「……そうだな」

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