第6話
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夜通し車を走らせて、零が指定した場所の近くまで来た。あとは山道を通って行くことになる。思えば、ルーカスは昨日からなにも食べていない。
「食事をとってから向かうか」
ルーカスは、寝ぼけ眼で外を見ている零に言った。
「ん?飯か。そうだな」
てっきり喜ぶかと思ったが、零はなんとも言えない顔をしている。疑問を抱えつつも店に来た。
零を車で待たせ、ハンバーガーと飲み物を買った。犯罪者にものを渡すのは、ルーカスの気持ち的に良くはなかったが、零が寝ている時にみせた涙が、頭から離れず、2人分の食事を買ってしまった。
車のドアを開けると同時に、零の腹が鳴った。
「ほら、お前の分だ」
ルーカスは、零にハンバーガーと飲み物の入った紙袋を渡した。
「紙袋か……別に食えなくはないが、食いすぎると後々腹壊すんだよなぁ」
零は諦めたように、紙袋をちぎって口に運ぼうとした。
「何を勘違いしている。紙袋の中身を食べろ」
ルーカスは、零の行動を止めた。そして、零の手錠を緩めた。零は怪訝な顔をして紙袋の中に手を入れた。
「なんだ?これ」
零はハンバーガーを持って眺めている。その横で、ルーカスはハンバーガーを頬張った。それを見た零は、ハンバーガーにかぶりついた。
「んー!美味い!なんだこれ!すごい!」
零が目を輝かせながらルーカスの方を見た。余程腹が減っていたのか、零はすぐに平らげた。
「これはハンバーガーだ。食べたことないのか?」
「ないな。食べ物って大体苦かったり、酸っぱかったりして嫌いだ。でも、これは好き!こんなのが食べれるなら食事も悪くないな!」
零は指を舐めている。
「ほら、これも食べていいぞ」
ルーカスは、ため息をついて、零にハンバーガーを渡した。
「ほんとに食べていいのか?!やった!ありがとな!ルーカス!」
嬉しそうに食べる姿は、まるで普通の少年だ。10人以上の人を殺したという事実を疑いたくなるほど、純粋な笑顔をしている。
ルーカスが、零をみて頬を緩めていると、誰かが車の窓を叩いた。外には髭面の男が立っている。
「警察さん、助けてくれ。そこの路地で男二人が喧嘩しているんだ!」
すぐに向かおうとドアを開けた時、零の手錠を緩めたことを思い出した。締め直す時間はない。
「お前も来い」
ハンバーガーを食べ終わっていた零を、車の外に出した。
「また人助けかよ!てか、俺は置いてけ!」
ルーカスは。文句を垂れている零の腕と自分の腕を手錠で繋ぎ、助けを求める男について行った。薄暗い路地裏にまで案内された。おかしさに気づいた頃には、人通りから離れた場所に来ていた。助けを求めていた髭面の男は、振り返ってルーカスの方を見た。
「さて、俺の要求に従ってもらうぞ」
髭面の男の手には銃が握られている。背後から気配を感じる。髭面の男の仲間らしい2人組が、ルーカスの方へ銃を向けている。
「要求とはなんだ?」
「俺たちの仲間の解放だ。数日前に捕まった男だ」
髭面の男は、仲間の特徴を告げた。3日前に死体遺棄と殺人教唆で捕まった男だ。
「断る。解放してしまったら、彼は一生罪と向き合わず、何度も罪を繰り返すだろう。そうなると、私の理想である平和から1歩離れてしまう」
ルーカスが、はっきりとそう言い放つと、髭面の男は震えだし、ルーカス頭に銃の狙いを定めた。
撃たれるだろうか、今の状況で銃を取り出すことはできない。だからと言って、犯罪者の言いなりにはなりたくない。
「待って!おにーさん、誤解だよ!僕ら、本当の警察官じゃないんだ!」
ずっと黙っていた零が前に出た。甘ったるい声で話している。
「警察じゃない?そんなことないだろう、手錠も付けてるし、警察の服も着てるじゃないか」
「これはコスプレだよ?この手錠は、そういうプレイなんだ。ほら、僕みたいなのが本当に悪いことすると思う?」
零は演技がかった手つきで、自分の胸に手を当てた。髭面の男は、銃を持つ手を緩めた。
零は、ルーカスから離れ、髭面の男に近づいた。いつの間にか、ルーカスと零の腕を繋いでいた手錠はなくなっている。
「ち、近づくな!撃つぞ!」
髭面の男は、零に向かって銃を構えた。
「や、やめてよ!僕のこと撃たないで……なんでもするから……」
零は、髭面の男の前で跪き、上目遣いで見上げている。髭面の男は、銃を片手で持ち、零にゆっくり近づいた。
「な、なんでもするのか?」
髭面の男は、かがんで零の頬に触れた。
「優しくしてね?おにーさん」
零は髭面の男に腕を回した。髭面の男は興奮したように零の体を触っている。
「ふふふ、ねぇ、君たちも一緒にやろうよ」
零は、振り向いて、ルーカスの後ろで銃を構える男たちに呼びかけた。男達は目を見合せ、零の元へ向かって行った。
男達3人全員が、ルーカスに背中を向けている。ルーカスは静かに銃を取り出した。
「ぐわっ!何をする!」
零が、持っていた手錠の鎖部分で、髭面の男の首を絞めた。髭面の男は抵抗して、零の顔を殴るが、零は動じず冷たい目で首を絞め続けた。
他2人の男が零に銃を向けた。ルーカスは、片方の男の背中を蹴り上げ、残った男の腕に銃を撃ち込んだ。2人とも銃を落とした。落ちた銃を遠くに蹴り飛ばし、ルーカスは男を拘束した。
「この野郎!騙しやがったな!」
「騙してない。君たちの要求には従わないと言ったまでだ」
「違う!そこの男娼野郎だ!」
ルーカスに取り押さえられている男は、気を失っている髭面の男を引きずって、ルーカスの方へと来た零を指さした。
「俺の体見て息荒くしてたのはお前らだろ?騙される方が悪いんだよ、バーカ」
「あぁ?なんだとこのゴミカス野郎!」
男は再び暴れだした。ルーカスは、男が逃げないように3人とも縄で縛った。足音が聞こえる。呼んでおいた警察官たちだろう。
「俺のお手柄だろ?」
零は、ルーカスを見上げて得意そうに微笑んだ。
「助けてくれたことには感謝する。だが、自分の体を売るのはやめろ」
ルーカスは、零の手に手錠をかけ直した。
「僕のこと、逃がしてくれないの?」
猫なで声を出しながら、零はルーカスの手を握った。
「犯罪者を逃がすことはしない。あと、その喋り方もやめろ」
「こーした方が男共は優しくしてくれるんだよ。少なくとも顔は殴られない。ま、今回はダメだったが」
零は殴られた頬を撫でている。白い肌に赤紫色のあざが出来ている。
警察官達が駆けつけ、ルーカスは男3人の身柄を引き渡した。
車に帰る途中、ハンバーガー店に入りジュースを買った。
「ほら、これで頬冷やせ。その飲み物も飲んでいい」
車に戻り、零にジュースを渡した。
「頬を?なんで?」
「痛みが引くからだ。車出すぞ」
零は不思議そうな顔をして、頬を冷やしている。
「……ハンバーガー、また食べたい」
「お前が罪を償ったら買ってやる」
「言ったな?約束だぞ」
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