第3話

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捕まえた男を他の警官に引渡し、他の仕事に向かおうとすると、背後から重いものが床にぶつかる音がした。急いで振り返ると、2人の警官が床に倒れていた。男を引渡した警官だ。

「へっ、警察官サマってのは弱くてもなれるんだな!」

手錠をつけた赤目の男が、出口に向かって走り出した。出口の前にはルーカスがいる。男はそれに気づいたのか、一瞬嫌そうな顔をしたが、そのまま突進してきた。横を通ろうとしていたが、ルーカスは腕を伸ばして捕まえた。男の服と首を掴み、取り押さえた。

「好き放題しているようだが、私から逃れることはできない。自分の罪に向き合え」

「なんだよお前!離せ!」

ルーカスは、倒れた警官達の無事を確認してから、自分で男を牢屋へと連れて行った。その間も、男はブツブツと文句を垂れていたが、無視して引きずった。

牢屋に入れると、男はムスッとした顔で胡座をかいて座った。男の監視を新人の警官に任せて、ルーカスは男の元を立ち去った。

数十分後に、新人の警察官がルーカスの所へ来た。

「ルーカス先輩。あの男、どうにかして下さい」

眉間に皺を寄せて、男のいる牢屋を指さした。新人警官と共に、男のいる牢屋へ向かうと、男は新人警官を見て笑みを浮かべた。

「ねぇ、僕のこと逃がしてくれる気になった?ダーリン?」

男は甘ったるい声で、新人警官に声をかけた。新人警官は赤い顔をして目を逸らした。

「先輩……コイツ、こんな感じで誘惑してくるんすよ。もう数人が落とされました」

警官何人かが壁から顔を出して、男を見ている。ルーカスは、ため息をついて男の見張りを変わった。

「今度はお兄さんが相手してくれるの?ねぇ、僕さ、無実なんだよ?お願い、なんでもするから助けて……」

男は格子の隙間から細い腕を伸ばして、ルーカスの服を掴んだ。上目遣いでルーカスのことを見つめている。

「断る。無実かはチップを見てから判断する」

チップは首の下に埋め込まれていて、専用の機械を使わないと読み取ることができない。奥深くに埋め込まれている為、容易に取り出すことも難しかった。

「チップなんてないよ。随分昔、襲われた時にえぐり取られちゃったんだ。ほら」

男は服をはだけさせ、胸元を見せた。そこには、目を背けたくなるほどの痛々しい傷があり、他の部分よりも少しだけ凹んでいる。

「そうか、だが、被害者のチップにお前がうつっていた。お前のチップがなかろうと、その事実に変わりは無い」

ルーカスが冷たい視線で男を見つめた。数秒間、男は涙目でルーカスを見つめていたが、無駄だとわかると、突然態度を変えた。

「あー、なんだよお前!他の奴らは言うこと聞いてくれたのに!」

男は舌打ちをしてルーカスを睨んだ。

「私に誘惑は通用しない。諦めて自分の罪と向き合え」

「なぁ、俺って死刑か?」

「裁判は2日後だ。そこでお前の罪に見合った刑が下される」

「死刑だろーなー。なにしろ、15人は殺したしな」

とても残酷な発言を、笑顔でそう言い放つ男は、まるで反省していないようにみえた。ルーカスは殴りたくなる気持ちを抑えて、無表情で今回の報告書を書き始めた。

「俺は零。お前名前なんて言うんだ?」

男が牢屋から腕を伸ばして問いかけてきた。

「私は、ルーカスだ」

ルーカスは感情を入れずに、それだけ言い放つと、また報告書を書き出した。

「そうか。なぁ、堅物、暇だ。なんか面白い話とかねーの?」

無視していても、ずっと何かを語りかけてくる。これでは集中して報告書を書けない。ルーカスは、諦めて牢屋の方に椅子を向けた。

「わかったわかった。話をしてやる。ある未解決事件の話だ」

ルーカスは、有名な未解決事件の話をした。

小さいが平和だった村に突然、気の狂った男がやって来た。男は腹が減ったと言うので、村人達は貴重な食料を分けてやった。それでも足りないと言う男の為に、ある人は畑にあるものを渡し、ある子供は山に採集しに行った。それでも男は満足せず、ついには村人を殺して村に火をつけた。

話終えると、零は手を叩いて楽しそうな顔をした。

「へぇ!未解決事件か。今どき珍しいな」

「これは20年ほど前の事件だからな。チップも埋め込まれていない人ばかりだった。だから、被害者のチップから犯人を特定するってことができなかったんだ」

ルーカスは苦々しい顔でそういった後、1度深呼吸して作業に戻った。

「その事件って、湖の近くの村であったやつか?」

再度話しかけてくる零にストレスを感じながら、そうだと頷くと、零は考えるそぶりを見せた後、驚きの発言をした。

「その犯人、俺の知り合いかも」

ルーカスは、牢屋越しに零の肩に掴みかかった。

「本当か?居場所を教えろ」

零は驚いた顔をしたが、すぐに悪戯っぽく笑みを浮かべた。

「そうだなぁ、俺を逃がしてくれるなら教えてやるよ」

「それはできない。お前は罪を犯した罪人だ。裁かれるべき人間を外に出すことは許されない」

ルーカスがそう言い切ると、零はルーカスを睨んだ。

「じゃあ、教えてやんねー。せっかく今の居場所も知ってんのに」

零は、笑みを浮かべて誘うようにルーカスをみた。赤い目が、ルーカスの欲望をかき立てた。牢屋の前で考えていると、零が立ち上がった。

「僕のこと信じてよ。かわいい栗毛のおにーさん?」

零は、甘い声を出しながら、格子から腕を伸ばしてルーカスの首に手を回した。ルーカスはそれを振り払った。

「早く教えろ。お前の要望はその後考えてやる」

「じゃ、俺が案内してやるから行こうぜ」

零は、牢屋の扉の前に立った。

「この場で教えろ。犯罪者と共に行動するつもりはない」

「嫌だね。俺とお前だけで行くんだ。そうじゃなければ案内しねーぞ」

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