2話 花屋の亀裂
「庶民を相手にするような店だと、相応の物しか出ないようだな。これでも最高の品なんだろう?」
「そのくらいにしてはいかがですか。アルニスタ様」
助け舟を出すつもりは無かったが、どうせ接触するつもりだったのだ。とリーレニカは自分に言い聞かせて割って入る。
「キミは? ここの従業員かね?」
「失礼。私はリーレニカと申します。向かいの生花店でアシスタントをしている者です。本日はどういったご要件でこちらへ?」
「人の店で何を勝手に――」
急な乱入にリーレニカを止めようとしたミゲルだったが、アルニスタが向かいの生花店を見て目を細める。
「んん?」
リーレニカとミゲルを押し退け、店を出る。
アルニスタは指で輪を作り店に向ける。レンズのように覗き込むと、見えているかのように眉根を寄せた。
「キミ、そこの生花店のアシスタントと言ったな。あの高濃度のマシーナ値はなんだ?」
こちらには顔を向けず、そのまま問う。
高濃度のマシーナが罰則の対象であるルールは、この国に留まらない。
リーレニカは少し言葉を選び、平凡な回答に務めた。
「それは……マシーナ濃度を希釈出来ていない月ノ花です。申し訳ありません、つい先日も高濃度マシーナ値で国からご指摘を頂いておりまして」
「いい。店長は? 店長はどこだ」
一流レストランのシェフに賞賛を贈らんとする勢いで造花店を出ていく。
よもやコチラの言葉に耳を貸す気は無いようで、店長不在の生花店へズカズカと入り込んで行った。
「あの――」
呼び止めることはできなかった。ミゲルが背後で震えていたからである。怒りの色が濃かった。
「おい、リーレニカ……うちの客を盗るとはどういう了見だ? 誰がてめぇらの商い場を譲ってやったと思ってる!?」
「ミゲルさん、そういうつもりでは……あなたが困っているように見えただけで」
ミゲルは近くのテーブルへ、握った拳を感情的に振り下ろした。
「誰も助けてくれなんて頼んでねぇだろ! マシーナ濃度の規制で人払いした挙句、今度は営業妨害か? マシーナウイルスもろくに制御できねえ。デバイスも作れねぇ。そこら辺から採った野草を売り捌くだけなんざガキでも出来るんだよ! ……ったく、あのガキに商い場貸すんじゃなかったぜ」
「土地代は支払っているハズですが?」
「それでうちの客層減らされたんじゃ意味ねえんだよ! 俺のシマで商売すんなら俺の店に客回すよう取り計らうのが筋だろうが!」
「それは契約書に記載されていません。飽くまで定額を支払う事が条件だったはずです」
「うだうだうっせえんだよ。こっちも家族に飯食わせるために働いてんだ! いい加減失せるか下らねえ花売りやめねえと、今度こそ店潰してやるからな」
言いたい放題言ってくれる。
「おとうさん」
奥から、不安そうな顔をした女の子が出てきた。
七歳くらいの子供。透き通った黒髪に綺麗な顔立ちだが、目に生気が無い。肌も血が通っていないのか病的に白かった。
手には汚れた兎のぬいぐるみを抱えている。
身綺麗にしているようだが、家庭環境の悪さが僅かに伺えた。
「リタ、寝てないとダメだろう。今日の分の薬は飲んだのか?」
「うん。リタ眠くない」
少女は目を擦りながら答える。あまりの説得力の無さに、ミゲルは呆れてため息を着く。
「眠くなくても寝ないとな。先生も、昼寝は薬の一環だと言ってたろう?」
「うん……」
意外だった。
いつもフランジェリエッタを邪険に扱う男が、こうも父親の顔をするのかと。
「まだ居たのか。もういいから、俺の前から消えてくれ」
五月蝿そうに顎で出て行けと合図された。
こちらとしても長居をするつもりはない。
「ええ。お邪魔してすみません」
商店街へ出ると、何故かダウナ嬢がアルニスタの接客をしていた。
「ちょ、リーレニカ。早く代わってくれない? タダ働きなんてゴメンだわ」
「…………」
ダウナが店員だと誤解されているらしい。
「素晴らしい! この花、いくらで買える? いや、これだけのマシーナ濃度。誰も放っておくまい。今後私に全て流してくれるというのなら、定期契約で手をうたないか? なんなら私の研究部門で雇ってもいい」
「アルニスタ様――」
二度目の助け舟を出そうとして、目の前に小さなツインテールが割り込んだ。
「ウチの花を気に入ってくれるのは凄く嬉しいです。でもごめんなさい。売り物なのは間違いないんだけど、大切にしてるお客さんにも譲ってあげたいので……」
店長のフランジェリエッタだった。
片手のバスケットには、月ノ花がいっぱいに摘まれている。
アルニスタは舐めるような目付きでバスケットを
「はっはっはっ。まあそんなに結論を急ぐこともないだろう。では明日出直すとしよう。定期契約では気が引けると言うなら、店ごと買い取っても良い。無論チーフは君だ。是非考えておいてくれたまえよ。フランジェリエッタ君」
アルニスタはとにかく人の話を聞かないタイプらしかった。
用件が済むと、マントを翻し颯爽と出ていった。
「な、な……」
いつの間にかミゲルも出てきていた。娘のリタを寝かせ、直ぐに戻ってきたらしい。大金を掴むチャンスを逃す気はさらさらなかったようだ。
しかし彼は顔を真っ赤に震えている。余程自分の傑作に自信があったのだろう。直後手を加えていない生花店に興味を持っていかれたのだ。造花屋としてのプライドが傷ついたと言ったところか。
「全く。お客様が来れば誰でもいいのかしら」
聞こえないように文句を垂れた。
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