第二章

1話 スカルデュラ家

 店長が留守にしている生花店では、リーレニカだけで店番を担当する。

 今日はフランジェリエッタが月ノ花を摘みに行く日だ。栽培用のビニールハウスは街の離れにある。月ノ谷に行く危険が無い分マシーナ濃度は下がるため、彼女に任せられる仕事の一つだった。


「それにしても、今日は騒々しいですね」


 開店準備をしようとしていたが、昨日の閑散とした商業区が嘘のように、今は商業区が慌ただしい。

 と言うかパレードと化していた。


 ピエロにふんしたスタッフが大勢居る。カラフルな風船を配り、時に曲芸を披露していた。

 店も煌びやかに装飾されているが、フランジェリエッタの店だけ何もされていない。そのせいで貧相さが余計に目立っていた。


「一体何が……」

「あらお花屋さん。お祭りなのに顔色が悪いわね」

「……ダウナ嬢。あなたに言われたくありません」


 気安く話かけてきた女性は、同じ商業区で関係を持つポーション屋のダウナだった。

 出る所は出て、引き締まったボディのいわゆるモデル体型。透き通ったワインレッドの長髪もあり、ドレスでも着ていれば一国の令嬢と言われてもおかしくなかっただろう。


「私は元から色白で、貧血気味なの」

「あなたが魔女の格好をしていると私まで目立つんです。あまりにも浮いてるので。用があるなら早く済ませてください」

「なんだか今日冷たいわよあなた」


 ダウナが自負する通り、彼女は病的なまでに色白だった。

 それに、魔女の格好をこよなく愛している変人である。

 時代錯誤なとんがり帽子と魔女服は数十着あり、全て同じ素材とデザインなのだと言う。

 本日は祭りのため、ピエロに扮した仮装スタッフが居る。おかげで多少はこの魔女も目立たないから相手をしている。


 逆に言えばダウナは、祭り関係なく常時仮装しているような人だった。


 その格好のせいで周りから「ワインレッドウィッチ」と気味悪がられているが、一定層の客からはポーションの質を認められ、常連もいるらしい。


「ポーション屋は空けてていいのですか? 従業員もあなた一人なのでしょう?」

「私は不定休だからいいのよ。リーレニカもそろそろウチで働いてみない? あなたは素質があると思うわ」

「なんの素質ですか」


 呆れたように眉根を寄せる。

 ダウナはきょろきょろと店内を見回した。


「あの小さい店長さんはどこ? ポーション溶液の薬草がそろそろ在庫切れなのよ」


 マシーナ溶液の元となる薬草も取り扱うフランジェリエッタの店は、この魔女にとって手放せない事は必定。

 魔女は胸を抱えるように腕組みをすると、顎に指を当てながら唸った。


「あ」


 思い出したように口を開けるダウナ。


「言い忘れてた。デバイス大国のアルニスタ様が来るらしいわよ」


 聞き覚えのある家名だ。


「確か隣国の……スカルデュラ家のご子息でしたか。あの家系はマシーナウイルスの技術転用に力を入れていますからね。騎士団へ兵器導入の外交でもなさるのかしら」


 昨日ソンツォが言っていたことを思い出した。

 ――スカルデュラ家。

 マシーナの軍事利用で業績を上げている、兵器型デバイス専門の技師集団。

 拷問器具の開発や、薬品開発と称した人体実験など、真偽は不確かだがあまり良い噂は聞かない一族だ。

 とは言え「デバイス開発御三家」の一つにあたる為、商人達がやけに元気なのは間違いない。


「それが中央区の騎士団じゃないんですって。来るのは東の商業区らしいわよ」

「こちらに?」


 次いで、「どうして商業区に」と口を挟む間もなく、群衆から歓声が湧く。

 奥から一人。マントを羽織る、黒みがかった長い金髪の男性が歩いてくる。

 ピエロ達が「浮遊」の命令式を混ぜた、演出用の鶴の折り紙を放つ。それらは生き物のように空へ飛び立っていった。

 風を巻き上げ、マントが優雅に揺れる。

 サングラスを掛け、頭蓋骨をかたどったステッキを突き、歩を進める男。

 ――アルニスタ・スカルデュラだ。


「彼……めしいでは?」

『視覚補助用の介助デバイスを検知』


 どうやら、自分の商品をその身で披露しているようだった。

 あまりに迷いのない堂々とした歩みに、デバイスに精通して無い者は彼が盲目であることに気付かないだろう。


 成功者の風格とは別に、この人気ぶりは並の貴族ではまず有り得ない。スカルデュラ家のネームバリューあってこそだ。

 アレらは世界でもシェアを広げる、兵器型デバイス製造の血統である。


 一番に動いたのは、同じ商業区に店を構えるミゲルだった。


「アルニスタ様、どうぞこちらの造花店をご覧になって下さい! 貴族階級の人でも手を出せないようなデバイスも揃えています!」


 そう言って出したのは、薔薇を模した造花のデバイス。花弁を成形する繊維にマシーナウイルスを混ぜ込んだ代物だ。

 つぼみから開花までを毎年繰り返す「生きた造花」と称されている。

 この手の物は「娯楽型」と称される。聞こえはチープだが、ストレス値を下げる芸術品として貴族からも重宝されていた。

 機人きじん化の予防手段には精神の安寧は必須。それゆえ医薬部外品として勧められることもしばしば。

 体内のマシーナウイルスを抑えるため、マシーナウイルスを利用する。

 一見滑稽かもしれないが、人類がマシーナとの共生を選んだ結果だ。マシーナのお陰で生活水準が向上した歴史もある。

 ただし、その全てを無条件で喜ばない者もいる。


 アルニスタもその一人だったようだ。


「デバイス? これが?」


 薔薇の造花を手に取ると、アルニスタは鼻で笑った。

 指で挟み、くるくると雑に回し観察する。

 視覚補助用デバイスが造花の本質を見透かしているのか、アルニスタはいぶかしげにソレを眺めた。


「え、ええ。中央区画の貴族がいらした時も、値を付けられないとお墨付きで……」


 珍しく臆した様子のミゲル。いつも横柄な態度を取る彼からはとても想像できなかった。

 アルニスタは造花をタバコのように持ち、ミゲルの頭に灰を落とすかのように軽く叩いた。



「それは『値を付けられない』のではなく『無価値』だと言われているのだよ。まして造花のデバイスなど聞いたことが無い。……マシーナ濃度は二〇を下回っているでは無いか。希薄なマシーナ濃度だ。マシーナウイルス好きの機人きじんですら見向きもしないのではないかね? ミゲル君」

「や、それは――」


 ミゲルは商業区を取り纏めるエリアマネージャーのような立場だが、その威厳もアルニスタの前では薄れている。

 そんな様子を見て周りの商人も、心無しか静まり始めていた。自分には関係ないと言わんばかりに、他店同士でヒソヒソと世間話をし始めている。


「あらん? これは……不憫ね」


 ダウナ視線の先、小さな女の子がミゲルの店の影から不安そうに顔を覗かせていた。


『いやーな店主の娘じゃな』


 Amaryllisアマリリスも人の好き嫌いはちゃんとあるらしい。

 データによるとミゲルの娘だそうだが、親の醜態を子に見せるのはミゲルの本意ではないだろう。

 リーレニカは一度花の手入れに戻ろうとしたが、直ぐに手を止めてため息をついた。

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