6話 咀嚼音

 目視したのは、人一人は入りそうな棺桶型の台車。「商品ヲドウゾ」と無機質な音声が、再び棺桶から流れる。


「……なに?」

「ちょ、ちょっと……待っ、て」


 遥か後方から慌てて走ってくる大きな鞄――もとい、丸々と詰め込んだ鞄を背負う子供。

 リーレニカのもとへ辿り着くと、両膝に手をつき肩で息をする。子供の体でその倍はあろうかという重量感のある鞄を支えている姿は、見ているこっちまで暑苦しく感じる。

 ライトブルーの髪が顔を覆う、一見女の子ともとれる容姿。技術屋のゴーグルが額を抑えていて、わんぱくな少年ぽさを残している。

 汗で顔に貼り付いた髪を掻き上げる少年。

 呼吸を落ち着けると、がばっと顔を上げた。


「ふー、やっと追いつきました! まいどー! 自動配送サービスのシビィ・デリバリーですっ」


 運送界隈では超若手と言われるシビィ社長だった。マシーナウイルスの影響で肉体の成長が止まり、「自動配送サービス」の起業を始めた年齢不詳の男児。自称「大人」らしい。

 商売相手としてはちゃんと成り立っているので、リーレニカとしてはその事実関係は重要視していない。

 実際、リーレニカも彼の仕事にはよく世話になっている。

 主に表立って買えないような薬品や、武器を組み立てるカスタムパーツの購入ルートとして勝手に利用させて貰っているだけだが。


「お久しぶりね。どうして有人配達してるのかしら」

「やー。今新しいマシーナウイルスの技術転用を企画してるんですけど、どうも最近『自走箱オートボット』の利用料未払いが続出しててですね。特に、着払いを踏み倒す悪い人が後を絶たなくて……」


 要は、防犯仕様に変えた商品に振り回されたと言ったところか。


「支払い後に商品箱解錠とか色々試してはいたんですけど。無理矢理開けようとする方も居て、割と不評で」

「悪い人達からは不評でしょうね」


 呆れたように箱を眺めて答える。


「でもシビィは考えましたよー。未払いでの商品受け取りは一旦許しますが、憲兵に通報するんです! 現行犯なので悪い人を一網打尽! 盛者必衰の理をあらわすわけです!」

天網恢恢てんもうかいかいにして漏らさずね。適当に言えば賢く見えるだろうと思わない方がいいわよ」


 シビィが冗談で言っているのか時々分からなくなる。

 棺の中央に組み込まれた結晶体へ手を載せる。プシュ、と空気を抜くような音がして、自ら蓋を開けた。

 シルク製の紫の布に守られた、薬品の入ったガラス管が二つ入っている。


「ああ……ダウナ嬢から善性マシーナのポーションを頼んでいたわね」


 商品を抜き取り、自走箱オートボットから重量が減ったことを感知する。大きく口を開けた貨幣投入口へ支払おうとした時、


「ビービー! ドロボウ、ドロボウ!」


 三秒待たずして、けたたましく泥棒呼ばわりされた。


「せっかち過ぎるわ」


 銅貨を投入して、騒ぐ棺を黙らせる。


「防犯性に重きを向けすぎました……」


 えへへ、とシビィは後頭部を掻いて誤魔化した。


「今プレテスト中なんで、五日後には改良して本稼働させますから。今後ともシビィ・デリバリーをよろしくですー!」


 シビィは、自走箱オートボットのフレームに足をかけ――本来乗るような設計では無いだろうが――そのまま去って行った。


「五日後か」


 その頃には、自分もこの街には居ないだろう。

 リーレニカは少し、瞳を暗くさせた。


     ****


 廃棄場エリアの一角。

 数少ないスラム民の住む一帯。ぽつんと建つボロ小屋。青白い光を放つ、不思議な花を提げた女性が入っていく。


 不気味なほど、薄暗い屋内。散乱した家具が床を埋めつくしている。


 しかし、中は辛うじて生活水準を満たしていた。水道も通っており、産業用デバイスで火や電気は賄える。

 バスケットを提げた女性――ソフィアは、目深に被ったフードを取った。


「今日ね、街で機人きじん化しちゃった人がいたの。でも、リーレニカさんが助けてくれたわ。覚えてる? この前話した人よ」


 バスケットを薄暗闇の奥に降ろす。

 すぐにガサガサ、と乱暴にバスケットを漁る音がした。

 ソフィアは暗闇に向かって話しながら、散らかった部屋の中を片付けていく。


「あの人凄く強くてねっ、機人きじん化した人も抑え込もうとしてて――。それに機人きじんに物知りでね、もしかしたらスタクの病気も何かわかるかも……」


 少し寂しそうに、言葉を呑み込んだ。


「ハグッ、ハグッ――」


 が聞こえる。


「……ごめン、聞いて無かっタ」


 暗闇の奥から、男性の声。聞き取りにくいのは滑舌によるものとは少し違った。

 ――骨格が人とは違うような声音。

 ソフィアは「ううん」、と少し微笑むと首を振った。


「ねえスタク――『花』、美味しかった?」


 ソフィアはキッチンの白熱灯を点ける。

 部屋の奥の暗闇が微かに晴れた。床に倒れたバスケットと、無惨に食い散らかされた「月ノ花」が床に広がっていた。

 暗がりの奥にいた男が、こちらへ顔を向ける。


「――あア。うまかっタ」

「そう……良かった」


 そう答える彼女の辛そうな顔は、直ぐに笑顔に隠れる。

 暗がりの奥。ソフィアの恋人――スタクの体は一部、のように変異していた。

 顔の半分が根を張った薔薇で構成されている。もう片方の、人の面影を残す目は金色に染まっていた。


「また買ってくるからね」


 スタクは聞こえなかったのか反応を示さず、両手で掬った〈月ノ花〉を、口いっぱいに放り込む。


「……いつか、治るよね」


 ソフィアの足元には、埃を被った薬品と、かなり読み古された医学書が山積みになっている。どれも、機人きじん症に関する文献。

 それらが成果を生んでいないことは、スタクの体を見れば明白だ。


 ソフィアの恋人もまた、機人きじん症に蝕まれていた。

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