5話 殺します
「街中で
路地裏まで音を消しながら走り抜けたリーレニカは、改めて耳飾りのデバイスに手を当てた。
淡く光る耳飾りに触れたまま、デバイス機能を用いて連絡を試みる。
「定時連絡、ソンツォ。こちらリーレニカ」
『はいよ、こちらソンツォ。お疲れさん。調子どう?』
軽口を叩く男の子の声。同僚との通信は良好だった。
「この街では〝生体型デバイス〟の情報はありませんでした。ただ――」
『ただ?』
「街で
『皆大袈裟だなあ。平静でいればマシーナウイルスは毒どころか金になるのに。ま、リーレニカにはまた隣国の入国許可証を手配してやるよ。ほら、兵器型デバイスを取り扱ってる「スカルデュラ家」とか、使用人になれたら何かと情報入りそうじゃね?』
通信越しに、ソンツォがピザを一口食む気配がする。仕事中だろうがこの子供はお構い無しだ。
「そう、任務は続行というわけね」
――任務。
リーレニカは生花店を営む傍らで、戦争の道具になり得る〈生体型デバイス〉の捜索任務を請け負っていた。
どちらかと言えば、「生花店の方が副業」である。民間の諜報員稼業がリーレニカの本業だった。
それをリーレニカの周りはおろか、フランジェリエッタさえも知らない。小さな店長も善良な市民の一人に過ぎなかった。
『花屋の嬢ちゃんは? いきなり姿消すと怪しまれるんじゃない?』
リーレニカの脳内を覗き込んだように話題を出してくる。当然フランジェリエッタの事を言っているのだろう。
リーレニカの勤めている生花店の、小さな女店長。
二年間、あの店ではだいぶ良くしてもらった。暗躍が主だった自分にしてみれば、堂々と人に関わるような場面は一生来ないと思っていたくらいだ。それくらい、フランジェリエッタには恩を感じている。
「フランジェリエッタは――五日後に殺します」
諜報員としての答えを口にした。
殺す。
天真爛漫で、首を捻れば簡単に壊れてしまいそうなあの子を。
通信越しに、ソンツォの狼狽える声がした。
『早くないか? つっても、確かお前ら二年の付き合いになるのか。「妥当な期間は過ぎた」ってやつか? 人間味無くて好きだぜ、そういうの』
「茶化さないでください。私の生体型デバイスが彼女の殺処分を最適解としただけです。それに、この仕事は
『そんな事言ったっけ。でもまあ、その真面目さはある意味
「何か言いました?」
『いいや。あの子もリーレニカの〝本業〟に気付きかねないし、仕方ないね。生花店はどうするよ』
「店は適当な理由をつけて畳みますよ。彼女の遺族も大切にしていた店のようですから」
彼女を殺すという事は、自分の存在を危険に晒すリスクも当然付きまとう。死体は勿論、死の瞬間に濃く現れる、「感情に影響されたマシーナの
フランジェリエッタは人当たりがよく、彼女を気に入っている客も少なくない。「敵が少ない」と言った方が正しいか。商業区を取り纏めているミゲルからは敵視されているが。
殺害から処理に至るまでの方法をいくつか検討していると、ソンツォが他人事のようにため息をついた。
『
「くどいですよ。思い出話なんてする気も無い。マシーナウイルスは人の感情が大好物なの、知っているでしょう?」
『感情抑えるためのデバイスだっけか。餌やりも程々にな。あんまし心食わせてると、また懲戒処分が出ちまう。俺はまだ仕事続けてたいんだぜ。お前とはな』
今日はやけに好意的な態度をとるソンツォに、少し調子が狂う。いつもなら軽口で「殺しの後のソーダが一番うめぇよな」とか言うくせに。彼の心根がリーレニカにはよく分からなかった。
ただ、悪い気はしない。
「……過度なストレスを抱えたまま死ぬと、当人が
『そんな忠告してねえよ』
通信が途絶える。どうやら一方的に切られたらしい。
改めてソンツォにフランジェリエッタの殺害を進言した事で、己の中でその現実味が増した気がした。
だからリーレニカ自身、この思考が歪んでいると自覚していても、考えるのだ。
――これから五日間、どう過ごしてあげるのが彼女の為になるだろうか。
「商品ヲドウゾ」
「――ッ!?」
気付けば、リーレニカの背後で語りかける何者かが居た。
無意識にコウモリスカートの中に潜めたナイフへ指を滑らせる。
迂闊だった。
――いつから後ろに居た?
――会話を聞かれていたのか?
最悪、口封じをしなければならない。瞳に鬼気迫るプレッシャーを宿しつつ、振り返った。
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