4話 デバイス起動


 機人の胸元から一輪、赤い花が咲いた。


『機人のマシーナ濃度、急速に低下中』


 化け物のコアが背中から長剣に貫かれているのを視認する。刀身がコアの液状マシーナを吸い、切先を通して気化させている。

 赤黒い光の粒子を散らす様は、禍々しい薔薇のようだった。


「剣のデバイス――」


 それもかなり質が高い。国税でやっと手にできるような〈兵器型デバイス〉だった。

 傷口から止めどなく、発光したマシーナウイルスが漏れ出す。機人の血液は気化しながらも、何とか肉体を動かそうとしているようだ。

 ――やがて、糸の切れた操り人形のように全身が弛緩し、事切れた。

 機人の体が機能停止し、原型を保てなくなる。徐々に肉体がマシーナ粒子に変換され、風にさらわれていく。


 ――助かったが、少し都合が悪そうだ。


 リーレニカは自身に覆い被さる死体の陰で、怯えるふりをしながら内心舌打ちする。

 この芸当ができる人間はそう多くないからだ。


『席外すぞ。ここは好かん』


 リーレニカの心情を察してか、Amaryllisアマリリスは不服そうにして、蝶型イヤリングへ意識を沈めた。

 直後、自身に乗っていた死体が軽くなる。


「お怪我はありませんか」

「ええ……助かりました」


 銀製の甲冑に身を包んだ金髪の男性は、空色の瞳を細めて紳士的に笑み、手を貸してくれた。

 躊躇いがちに手を取る。

 誰かが、「閣下だ」と呟き、街の人々がザワつく。


「皆、驚かせてすまない。私はファナリス騎士団の者だ。ここは我が隊が面倒を見よう。体調を崩した者は居ないか? それと、この店の主人は知らないか。破損した器物はこちらで保証する」


 早々に店から出て民衆の視線を集める騎士。

 この城下町に来て二年経つリーレニカは、嫌でも彼の事を知っている。

 機人対策部隊、ファナリス隊の隊長を務めるファナリス・フリートベルクだ。

 街の人々からは「剣鬼けんき」と呼ばれたり「閣下」と恐れている人がいる。閣下と呼ぶ人間は大抵彼に喧嘩を売った愚か者だ。


 リーレニカにとって、騎士は会いたくない人種の一人だった。

 言わば、保安官と似たような役職。「己の素性を隠している身」からすれば、これ程都合の悪い相手はそういない。

 先程はデバイスを使いすぎた。

 極力最低限の使用に留めていたが、デバイスの残滓ざんしが残っている可能性は否定できない。職務質問をされれば一発アウトだ。リーレニカの本当の職業がバレかねない。

 上手くこの場から消える算段を立てていると、


「リーレニカさんっ。大丈夫なの? 怪我はない?」


 店の中へとソフィアが駆け寄ってきた。

 こんな時に、またしても動き辛くなる。


「ええ、私は大丈夫。それより――」


 店の奥へ視線を流す。

 兄から吹き飛ばされていた少年が、首を抑えながら出てきた。

 心配するならあの子の方だろう。


「あれ、俺ここで何して……」


 Amaryllisアマリリスの視界を通して、彼が軽度の打撲で済んでいたことは認知していた。彼も自力で目覚め、店の奥から出てきたらしい。


「キミ、怪我は無い? さっきはかなりの力で吹き飛ばされてたから、ちゃんとした王立病院で――」

「おあっ。これ機人か!? 初めて見た。うわー……けっこーグロいんだな、機人って……」

「…………」


 先刻の出来事を知らないような口振りに、ソフィアは違和感を覚えたようで言葉に詰まっている。

 リーレニカにとって、この症状も見慣れたものの一つに過ぎない。

 ――心が壊れたのか。


「マシーナ性記憶障害……ストレス値が急上昇したのは不幸中の幸いと言っていいのかしら。あなたは機人にはならないわ。ここでの事は忘れて、人生をやり直しなさい」


 突き放すように、同時に哀れむように告げた。

 そしてソフィアと目が合い、お互い小さく頷いた。暗黙の了解というやつである。

 少年は何の事か分かるはずもなく、ソフィアに介抱されながらも恐る恐る店を出た。

 外で民衆の混乱を収めようとするファナリス騎士団長が、出てきた少年の様子に気付くと目線を合わせるように膝を着いた。


「キミ、ご両親は?」


 少年は初めからそうだったように、当然かのように首を横に振る。


「そうか、私もだ。……もし気が向いたならファナリス騎士団を尋ねるといい。『ファナリス・フリートベルクの客だ』と言えば通してくれるだろう。これは名刺代わりだと思ってくれ」


 ファナリスは、首に掛けていた自身のドッグタグを千切ると少年へ手渡した。


「助けられなくて、すまなかった」


 ファナリスの小さく呟く声は案の定届かない。少年は小首を傾げつつ受け取った。


「だんちょー。速いっすよ走るの……」


 遠くからファナリス隊の兵士と思わしき少数のグループが、甲冑をガチャガチャ鳴らしながら走ってくる。


「スクァード。民衆のストレス値を見てやれ。不安定な者には精神安定剤の支給申請書を。シン、この子を安全な場所へ。話も聞いてやれ」


 団長の元に合流するや否や仕事を振られた若い兵二人は、肩で息をしながらも敬礼した。


「君もストレス値を――」


 一通り事を済ましたファナリスがリーレニカの方へ振り返ると――

 彼女は既に店から姿を消していた。

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