サプライズでパパのお誕生日をお祝いしたい!!

Shy-da(シャイダ)

第1話

友輔ゆうすけ、今ちょっと良い?」


 晩ごはんを食べ終わってリビングを出ようとする友輔――弟を、私は呼び止めた。当然だけれど怪訝そうな目を向けられる。お腹いっぱいになったから自分の部屋でゆっくりしたいのは分かるけれど、今はそうも言っていられないのだ。これから非常に重要な話し合いをしなければならない。

「……ああ、何?」

「うん、ちょっと待って。ママ! 一旦お片付けを止めて貰っても良い? お話したい事があるんだけれど」

 立ち止まり、振り返る友輔にそう伝え、キッチンで洗い物をするママにも声を掛けた。ママも友輔と同様に、頭上に「?」を浮かべながらリビングへと戻って来る。二人とも何の話をするのか見当も付かないようだ。……本当は薄々気付いているんじゃないかな? とは思うけれど、今回のような『計画』を立てたのは友輔が幼稚園を卒園する年が最後だったから、かなり久しぶり。

「はいはい、どうかしたの? あっ、友輔、私にはお紅茶お願いできるかしら? いつも通り、お砂糖とミルクは少な目で」

「はいよ。姉貴は? コーヒー、要る?」

「じゃあ私もお願いするね。ブラックで」

「ん。了解」

 自分の椅子に座る前にママからお紅茶のリクエスト。頼まれた友輔も、文句を言わずにてきぱきとお紅茶を淹れる準備を始めた。それと一緒に私のコーヒーが必要かも聞いてくれる。こういう気遣いができるから我が弟は高校でも人気者なのだろう。因みに彼自身はホットココアを準備していた。たぶん部屋に戻って小休憩した後、高校の課題や予習復習をするのだと思う。私達姉弟が真面目なのは、同じように真面目で几帳面なパパとママからの遺伝。中学生になりたての頃は「親からの遺伝」に表現し難い嫌悪感があったけれど、今は概ね素直に受け入れられていた。きっと私の思春期は大体終わったのかな? と思う。

 ……さ、ママのお紅茶も私のコーヒーも友輔のホットココアも、冷めてしまう前に『計画』を固めておかないと!

「……聖羅せいら、何のお話? お父さんには言わなくても良いの?」

「うん。その、パパのお話だから」

「……分かった。親父の誕生日だろ?」

 勘の鋭い我が弟は、見事にお話の本題を当てて来た。友輔の洞察力には聖羅――姉である私も驚かされる。

「友輔は鋭いね。そう、来月に迫った、パパのお誕生日をお祝いしよう、っていうお話。……でもね。今回はサプライズでお祝いしたいなぁって思うんだ」

「……今回も、だろ? 別にサプライズで親父の誕生日を祝うのは、これが初めてって訳でなし。親父は俺達、家族の様子が普段と違ったらすぐに気付くし、な。『計画』を立てておくのは大事だと思うぜ」

 友輔の飲み込みが早くて助かった。この調子なら、パパに気付かれずにお祝いする準備を進められるかも!……懸念があるとすれば、ママがちょっと天然で抜けている所がある事――かな。だって、ママにいつもと違う事をさせてサプライズを失敗してしまうのだけは避けたいもん。『計画』は慎重かつ丁寧に練っておかないと。

 因みにママのお誕生日のお祝いは毎年サプライズになってしまっている。理由は単純で、ママのお誕生日はクリスマスイヴ――12月24日なので、私と友輔にクリスマスプレゼントを贈ってくれるお返しに、パパと3人でママにお誕生日のプレゼントを贈るから。ママは完全に「贈る方」の意識でいるから、「貰う方」の感覚がイマイチ抜けているのだ。でもプレゼントを贈って喜んで貰えるのは、素直に嬉しいので良いけれど。

「聖羅も友輔も、小さい頃はお父さんにもお母さんにもお誕生日プレゼントを贈ってくれたわねえ。懐かしいわ。ねえ、どうして急にプレゼントしてくれなくなったの? お母さんは悲しかったのよ」

「『せっかくサンタさんが来てくれたのに、お母さんが2人からプレゼントを貰ったら申し訳ないわ』って言ったの、お袋だろ」

「友輔、言い方! ママが可哀想だよ!」

 我が弟の言う事は間違っていないけれど、言葉のチョイスというのがあるよね。今みたいにママを責めるような言い方は良くないと思うんだ。……でも、ママが天然である事は、これで分かって貰えたと思う。

「……こほん。本題に入りましょ。流石に『計画』は私と友輔が幼かった頃と同じ、と言う訳にはいかないよね。久しぶりだから良いアイデアがどんどん出て来る訳じゃ無いけれど、でも、やっぱりパパには喜んで欲しいな」

 これはウソ偽りない私の本心だ。きっとママも友輔も私と同じ気持ちに違いない。普段穏やかで優しいパパを、良い意味であっと言わせるにはどうお祝いすれば良いだろう?

 いつもニコニコ、笑顔を絶やさないパパ。そんなパパの怒った姿を、私も友輔も見た事が無い。仮に何か悪い事をしたとしても、決して怒鳴ったり高圧的になったりせず、落ち着いた口調で諭すように注意してくれる。些細な理由で姉弟喧嘩をした時も然り。

 逆に何か人の役に立つ事をした時なんかは満面の笑みで褒めてくれる。私はその時のパパの笑った顔が大好きだ。だから本当ならパパを悲しませるような事はしたくない。騙すような形で心苦しい気もしないではないけれど、最終的に笑ってくれるのなら、パパもサプライズのお祝いを好意的に受け止めてくれるはずだと信じられる。

 さて。本題に入りましょ、とは言ったけれど、正直お祝いする具体的なイメージを描けずにいた。詰めが甘いのは充分に承知している。だけど私は遠くない未来に環境が大きく変わるので、その準備に追われていたため精神的にも体力的にも余裕が無かった。もちろん言い訳なんて格好悪い。格好悪いけれど、訪れる変化は私の今後の人生にも大きく関わって来るから、パパも分かってくれるはず。むしろ、『今は聖羅にとってとても大事な時期なんだから、僕の誕生日をムリにお祝いする必要なんて無かったのに……。聖羅に負担が増えてしまうのは、僕としても本意では無いから』と気遣われてしまうだろう。それでも私はパパのお誕生日をお祝いしたいんだ。時間が経過して環境が変わってしまえば、私とパパの間に物理的な距離ができてしまう。つまり日常生活においてパパと接する機会が減ってしまうのだ。だからどうしても離れる前にお祝いしておきたかった。……とは言え何もこれがパパとの永遠の別れ、という訳では無い。時間を調整する事でパパと自由に会うのも可能なのだから。

 結局、何が言いたいのかというと、私・はやし聖羅は――

「ところで姉貴。親父の誕生日を祝いたいのは分かるけど、どうしてそこまでサプライズに拘るんだ? 普通に祝えば良いじゃんか」

「……普通じゃなくなるから、よ」

 友輔の問いに反応するより早く、ママがやんわりと遮るように答えていた。そうなのだ。林一家は生活がじきに一変する。だけどそれは決して私達の家庭だけに留まる話ではない。毎年、どこの誰に対しても、その季節は平等に訪れる。ママが今言ったように、私の、私達の生活は、家族の団らんは、もう『普通』ではなくなるのだ。

「……そか。そうだった。姉貴は向こうへ行くもんな。ワンチャン親父が泣くかもしれないし。その時は微力ながら俺もフォローしとく」

「うん、ありがと」

 弟の優しさが、私の心にスッと沁みた。普段はこんなに素直な一面は見せないくせに、今日は何だか友輔にパパが重なったように思えて、不思議な気持ちだ。私がいなくなっても、きっと弟がパパとママを励ましてくれるに違いない。家族想いの弟がいて、私はなんて幸せな姉なんだ。

「聖羅も友輔も、本当にお父さんっ子よねぇ。羨ましくて、お母さん妬けちゃう」

「べっ、別に俺は、お袋がどうでも良いと思ってる訳じゃねぇし! 姉貴だって、向こうで泣くかもしれねぇし!」

「いいのよー、友輔、恥ずかしがらなくても。二人が優しい子なのは、お母さんが一番良く知っているから」

「っ!」

 姉弟でパパを気に掛けていたら、ママが少し嫉妬してしまったみたい。思わず本音が零れてしまったようだ。天然由来100%のママに揶揄われて、友輔は気色ばみながら声を荒らげる。でも友輔だって分かっているはず。ママに悪気は無いし、茶化す気だって一切無いって事に。私達のママはあくまでも自分の気持ちに素直なだけで、そこに相手を傷付ける意図は一ミリも無い。

「さあさあ、早くサプライズの『計画』を立てましょう。早くしないとお父さんがお仕事を終えて帰って来ちゃうわ」

「……釈然としねぇなぁ……」

 納得が行かなそうに友輔がぶーぶー文句を垂れているけれど、ママの指摘した通り、もうすぐパパが帰って来る頃だ。無駄話をしている時間は無い。

 早く『計画』を纏めて準備を進めなければ!

「……今の姉貴に良いアイデアが浮かんでいるとは思えねぇけど、何かある?」

「……ごめん、無い」

「提案者がノープランかよ、しょうがねぇなぁ」

 ……最近の友輔は何だか口が悪い気がする。私だって真剣に考えているんだから! 今回は見切り発車っぽくはなってしまったから反省しているけれど。それに……姉も分かっているぞ。言葉にこそ出さないものの、友輔も私と離れるのが寂しいんだって。私だって、パパに似て優しい心を持っている弟と離れてしまうのは悲しいんだ。

「はいはい、喧嘩しない。実はね、お母さんも聖羅と同じ事を考えていたのよ。ふふっ、母娘おやこはやっぱり似るわねえ」

「ママも同じ事を? えっ、パパのサプライズのお誕生日会?」

「そうよー」

 友輔との軽い口論を宥めつつ、ママが言う。その顔にはいつもと同じ、慈愛に満ちた笑みが湛えられていた。

 驚いた。まさか天然ゆるふわ系のママが、私と全く同じ『計画』を立てていただなんて……! ママの言った通り、やっぱり母娘は似るんだな。

 ふと視線を感じ、ちら、と友輔の顔を覗いてみた。弟は私を見ながら口をあんぐりと開けて言葉を失っていた。驚くのは分かるけれど、口は閉じた方がいいぞ、我が弟よ。そのままだとまるでバカ丸出しだ。

「……本当はね、お母さんの方から今回の事を提案しようと思っていたの。だって聖羅はもうじき家から出て行っちゃうでしょう? その前に何かお祝い事をしたいなあと思っていて……。お祝いを纏めてしまうのはどうかなとは思ったけれど、ほら、お父さんは大らかな性格の人でしょう? 大事な娘の門出を祝うばかりで自分のお誕生日は二の次にしちゃう人だから。お誕生日をお祝いするなら、もうサプライズしかないかな? ってお母さんは思った訳です」

 ママがこんなにしっかり者だった事に驚きを隠せなかったけれど、過去を思い返してみれば、ママは全てにおいて要所要所で締めていた事に気付いた。今のママの姿を見て、私は納得する。人は誰しも子供から大人へと成長し、変化していく。その過程で気付くのだ。いつまでも無邪気な子供のままではいられない、誰だって大人になれば責任を持たなければいけなくなる、と。ママだっていつまでもいたいけな10代の子供ではいられない。成人し、社会人となり、パパと結婚して妻になって、そして私と友輔が生まれてママになった。節目節目で覚悟と責任を求められ、ママはそれらをパパと手を取り合ってクリアし続けた。だからこそ今の林家の団らんがあるのだ。本当に、パパとママには感謝しか無い。

「……それなら」

 ホットココアを一口すすり、友輔が呟いた。何か良いアイデアがあるのだろうか? 丸投げする訳では無いけれど、思わず私も期待してしまう。……ノープランだった事は言い訳にできない。言い訳なんか、私の怠慢の正当化でしか無いから。ママや友輔の提案に乗っかるようで申し訳無いけれど、今回の家族会議(パパ不在)で決まったプランには全力で応えようと思った。

「親父の事だから、きっと姉貴の件を重要視・優先するだろ。その上で、自身のパーティーは遠慮するはず。だからサプライズで祝うしかない、と。なら、姉貴の件とは別にした方が良いだろ?」

 うん、別々にお祝いする事には私も全面的に賛成だ。パパのお誕生日の主役はパパであって、私はモブなのだから。決して主役を食ってはいけない。

「親父の誕生日に何をどうやって驚かせるかだけど……。正直、得意分野に乏しい俺は準備以外だと金でどうにかするしかできねぇ。姉貴とお袋が親父に何かプレゼントするなら、俺みたいに金じゃなく、持てるスキルを存分に発揮すれば良いんじゃねぇか? と、ワタクシは思う訳ですヨ」

 ……何故にカタコト? とは思ったけれど、これは友輔なりの照れ隠しだ。我が弟はオールラウンドに何でもこなせるが、コレ! といって特化した技術は持っていなかったりする。要は器用貧乏なのだ。お金で解決する、というのはちょっと無責任だと思われる人もいるだろう。けれど友輔は近所のコンビニでバイトをしていて、そこそこのお金は稼いでいる。それは友輔が働いた事への対価だから、遣い方だって友輔の自由。その上で弟は準備に携わってくれるのだ。弟の気遣いが、有り難かった。

「……持てるスキルって言うと……私はやっぱり、ピアノの演奏かな」

「そうねえ。聖羅はお母さんのピアノで随分練習したものね。良い案だと思います。日頃の練習の成果を見せるのならば、絶好の機会ね」

 私は幼少期から、ママのピアノを使わせて貰って、練習を重ねて来た。因みにこのピアノはママが結婚する時の嫁入り道具だったらしい。そしてママ曰く、私が将来結婚する時に、嫁入り道具として譲りたいと言ってくれていた。ゆくゆくは使う事になるのだから――と言う事で、私はママのピアノを使わせて貰っていたのだ。大切な想いの込められたピアノを弾く以上、中途半端な演奏をしていてはバチが当たってしまう。だから私はこのピアノを大事に弾いていた。だから私の将来の夢は自然と、かなり早い段階からピアニストと決まっていた。そういう事で、私がパパにピアノの演奏をプレゼントする案が採用!

「……そうすると、お母さんはどうしましょう? ヤダ、お母さん、これといって人様にお見せできる特技なんて持っていないわ」

「えっ。ママの特技と言ったら、お料理があるじゃない」

 そうなのだ。ママは高校生の頃から近所の洋食屋さんで働いている。最初はアルバイト、パパとの結婚後はパート勤務に切り換わったけれど、気さくなマスターと温かな常連さん達に囲まれ、愛されている。それでマスターからもメニューの調理をほぼ任されているのだ。ゆくゆくは後継者に、とも思われているらしい。因みに今はパートで週4日勤務している。ママ本人も洋食屋さんでのパートを気に入っているらしく、毎日ウキウキしているのが微笑ましい。

「そう? なら、頑張っちゃおうかしらね」

 と言う訳で、ママの得意料理でパパをおもてなしする案も採用。更に友輔はパパのお誕生日当日のお料理の食材費、ケーキ代、飲み物代などを負担する事で纏まった。

 最後に、当日の流れを決めなくてはならない。ここ重要! これが甘かったらせっかくのサプライズパーティーが台無しになっちゃうんだ。

「親父をどうやって驚かすかは、俺に任せて欲しい」

 おっ、友輔に考えがあるらしい。一体どんな作戦を思い付いたんだろう? ちょっとプランを聞かせて貰う事にした。思わず前のめりになってしまうけれど、仕方無いよね。

「誕生日当日は、親父の会社の同期の方に協力して貰って、親父の足止めをお願いする。その間にお袋が料理を作って、姉貴はピアノ生演奏の準備と最終チェック。俺は親父の会社の同期の方と密に連絡を取って、『計画』が破綻しないように進めて行く――。こんなとこじゃね?」

「……友輔、アンタもしかして、私やママみたいにパパのサプライズバースデーパーティーを計画していた?」

「さあ、どうかね?」

 弟は悪びれもせず、私の問いにひょいと肩を竦めた。ちょっと待って! もしかしなくても、私達家族は全員、パパのお誕生日をサプライズでお祝いしようとしていた!?

「でも、言い出しっぺは、姉貴だから」

 怪訝な顔を見せる私に、友輔から止めが刺された。弟はニヒルな顔まで面に貼り付けている。うう、悔しい! でもパパは悪くない。と言うより、私達は考え方が重なるくらい、似た者家族なんだって事が分かった。家族って似るんだなあ……しみじみそう思った。

 弟の指摘で私が言い出しっぺになっちゃったけれど、でも後悔はしていない。むしろパパのお祝いを真っ先に提案した事で、誇らしい気持ちになっている。自分で言うのも烏滸がましいが、パパ想いの孝行娘だ――と。

「ただいまー」

 パパが帰って来た! ここで『計画』に関する話し合いは終了。しかし有意義な家族会議になったと思う。私だけじゃなく、ママも友輔もパパが大好きだって分かったから。仲の良い家族で、本当に良かったな……

「お帰りなさい、あなた。晩ごはんは?」

「ああ、有り難う。お昼に連絡した通り、今日は取引先との食事会があったから、大丈夫。……どうしたの? 僕の顔に何か付いている?」

「何でもねぇよ。付き合いで食事とか、親父も大変だなぁって思っただけ」

「そうだね。友輔達、家族が笑って過ごせるなら、僕は全然大変じゃないよ」

 ははは、と軽快に笑いながらパパが友輔に説明した。パパはやっぱり愛する家族のためなら、例え火の中水の中、なのだろう。その言葉が示す通り、私は今までパパが苦しそうな顔を見せている場面を知らない。守るべき存在のいる人って、強いんだな。いつか私にも、そういう人が見付かるのだろうか? 心の底から愛しいと思えるような、そんな存在……

「聖羅、大丈夫かい? 何だか顔が赤いよ?」

「ううん、何でもない! 私、明日も早いから! そろそろ寝るね! お休み、パパ!」

 物思いに耽っている所をパパに指摘され、私はそそくさとリビングを後にした。友輔は飄々と質問をかわしたのに、私は動揺を隠しきれなかった。……あー、これ、絶対怪しまれるやつだ。わざとらしく話題を逸らして逃げ出した、と思われているはずだ。失敗したなぁ……。


『もしもし、友奈ゆうな? 突然済まない。明日は急遽、仕事が入っちゃって。納期も近いし、今夜から会社に泊りになると思う。明日は絶対に予定を空けておいてと言われたけど、この様子だと帰れなくなりそうだ。本当にごめんよ』


「……さて。お父さんからこんなメッセが入っていました。非常に由々しき事態です。このままお父さんが帰宅しなければ、どうなりますか?」

「ンなの簡単だよ。明日――誕生日当日に主役の親父がいないんだから、お袋の作る手料理も、姉貴が練習したピアノの生演奏も、俺が根回ししたお膳立ても、全部パーって事」

「そうなのよねぇ。このままだと友輔の言う通り、お父さんのサプライズバースデーパーティーが開けないわ。聖羅は何か良いアイデア無いかしら? もちろん、最初の提案者だから、って気負う事は無いわよ」

「……うーん」

 ママに話を振られた私は苦悩する。現在絶賛家族会議中(ただしパパを除く)。議題は明日のパパの47回目のお誕生日についてだ。いつも優しくて穏やかなパパだから、ママも私も弟の友輔もビックリさせたくて、サプライズのお誕生日会を計画していた。そこに来て、この事態。ママは特別なディナーを作るため食材の仕込みを始めているから、余計に、ここでのキャンセルにはしたくなかった。私も勉強の合間を縫ってピアノの特訓をし、家のリビングにあるママのピアノで練習の成果を披露する予定だったけれど……

 今回のサプライズでは黒子に徹し、先月の秘密家族会議からの計画を陰から一番支えてくれたのは友輔だ。二歳下の我が弟はパパの同期の方数名と面識があって、今回のサプライズに協力を事前にお願いしていた。もちろんパパには一切バレないように。……姉としては、一介の男子高校生に過ぎない弟が、何故パパの会社の同期さんとお知り合いなのか、全く分からないけれど。

 私は春から大学生になる。高校の成績は中の上くらいだから、それなりに知名度の高い、都会の国立大学に進もうと思って受験し、合格を勝ち取っていた。

 本当なら練習に励んだお陰で、今では私の特技になったピアノを続けて、将来的にはピアニストになりたいと思っていたけれど、私より上手な人は高校にも沢山いた。結果、音大への推薦は貰えなくて、私は夢を諦めざるを得なかったのだ。……一時的に。音大に進めなくてもピアノは続ける事ができる。ピアノを弾き続けてさえいれば、どこかでお声掛けがあるかもしれない。

 それだけじゃない。今は誰でも動画配信する事が可能だ。流石にガッツリとYoutuberを志す訳では無いけれど、私がピアノを演奏する姿を動画に撮って配信・拡散する事で、世間の注意を引く事はできるし。有名人にならなくても構わないけれど、配信を観た音楽関係者の目に私の姿が留まってくれれば、そこからピアニストになる道も見えてくるかもしれない。……自分に自信が持てるようになったら、ストリートピアニストに挑戦するのも悪くはないかも。

 閑話休題。

 都会に進学するなら、実家を出て一人暮らしは必須。ウチは割と裕福な家庭なので、入学金や授業料、一人暮らしに必要な生活費やアパートの家賃などは心配要らない、とパパもママも言ってくれていた。もちろん、甘えてばかりではダメだからバイトをしようと思っているし、大学を卒業して就職したら、パパとママに仕送りする事も考えている。育ててくれた恩返し、という訳じゃないけれど。

 そういった経緯もあって、今回の発案者は『一応』私だ(実際はママも弟の友輔も、サプライズバースデーパーティーを計画していたのだけれど)。

 大学進学が決まったので、親元を離れて都会に行ったら、今のようにパパとママ、弟とも近い距離で接する機会は減ってしまうから。

 ママも友輔も、意外と乗り気で良かった。やっぱり家族って、愛し愛されていると分かると、幸せも実感できる。私はパパとママの娘で本当に良かったな。

「姉貴、どうすんだよ? このままじゃ親父は誕生日に帰って来ねえじゃん」

 友輔の言う通りだ。このままだと、主役不在のままサプライズ当日を迎えてしまう。どうにかしてパパを帰って来させないと!

 そこで私はパパにウソを吐いて帰って来て貰う作戦を考えた。もちろんパパはお仕事で帰って来られないと言っているから、無理やり帰宅させる訳にはいかないし……騙してしまうのも不本意だけれど。


 理由一――ママが突然倒れて救急搬送された。意識不明の重体で予断を許さないから、パパもすぐに帰宅して欲しい――これはダメ! 結婚二五年のパパとママは今でもラブラブだから、ママの生命に関わるウソなんかついたらパパを深く傷付けちゃう!


 理由二――友輔が子犬を拾って来た。飼うかどうかパパの意見も聞きたいから、早く帰って来て欲しい――これも無い、かなぁ? 友輔は基本的に動物には興味を持たない……と言うか、TVの中で歌って踊るアイドルの女の子達や……えっちな動画にこそ興味津々だから、子犬を拾って来たなんてウソはすぐにバレちゃうよ。


 理由三――私に彼氏ができたので、パパに紹介したい――うん、これは絶対にダメだ。パパ、泣いちゃう。お誕生日に娘の彼氏を紹介されるって、パパにしたらこの世の終わりも同然だよ。


 時間だけが過ぎ、打つ手も無い中で私達は仕方無く、お誕生日が過ぎても、パパが帰宅した時、盛大にお祝いする事を決めた。

 そして、翌日。パパのお誕生日当日の夜。

 私達はもう開き直っていた。せめて、お仕事で疲れたパパを労って出迎えて、お祝いしようって。それ以外にできる事は無いんだけどね。だが……

「はい、聖人まさとさん?」

『友奈、聖羅と友輔は今家にいるかい? 外に迎えを用意したから、これから僕の所まで来てくれ』

 パパからママのスマホに電話が入ったのだ。何だろう? 疑問はあったが、私達はパパの指示通り家の外へと向かった。そこには……

「友奈さん、聖羅さん、友輔くん。聖人さんとの待ち合わせ場所まで送るから。さぁ乗った!」

『!?』

 なんと! 友輔と顔見知りの、パパの会社の同期の方が車で迎えに来ていた。

 実は、昨日のメッセージに入っていたパパの急なお仕事と言うのは真っ赤なウソで、私達を驚かせるために、予め会社の皆さんと仕込みをしていたらしいのだ!

「お父さん――聖人さんが無事なら、私は何も言いません……とは、言えないわねえ。最初の提案者こそ聖羅だったけど、私も友輔も、先月頃から今回のサプライズバースデーパーティーを計画していたから」

「ホントホント。今回は親父に一本取られたわ、マジで。……俺とやり取りしていた親父の同期の方は、もしかして二重スパイ?」

「はっはっは! そう言う事になるかな? ごめんごめん、友輔くんには特に悪い事をしたと思っているよ。でも許してくれないか? これは聖人さんたっての希望だったからね! 彼と同期の僕らとしても、その想いを無礙にはできないしさ!」

「……パパの、希望?」

 私の小さな呟きに、パパの会社の同期の方は頷く。

「そう! 聖羅さん、もうすぐ大学進学でご実家を離れられるだろう? 聖人さんは聖羅さんが一緒にいられるうちに、せめて何か思い出を……と思っているようなんだ」

 ……つまり、今回の逆サプライズは私のため、って事?

 ズルいよ、パパ。こんなの、こんなのって……

 私、その場に頽れて泣いてしまった。怒っているから? ううん、違う。呆れたから? それも違う。私は……純粋に嬉しかった。パパの優しさが心に沁みて、思わず涙が溢れてしまったんだ。

 パパは今、夜景の綺麗なフレンチレストランで私達を待っているらしい。何も、自分のお誕生日にこんなサプライズを――逆サプライズを仕掛けなくても良いのに……パパのウソつき!

 でも――私はそんなパパが大好きだ。有り難う、パパ。そして、お誕生日おめでとう!


 了

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