31 この世界

 ああ、そうだよ。考えなしだよ。俺は。


 この日何回も言われたな。それ。

 別に俺だって考えようとしてるんだけどな。


 別にね。考えたくなくて考えてないんじゃないんだよ。俺の中では考えようとしてるんだよ。

 それで自分の中で可能性を狭めて、最大限、全力でやっているように思ってしまう。悪い癖だ。そう思っていても、治すことができない。


 ああ、腹が立つ。


 やろうとしてるんだよ。こっちは。仕方ねえだろ。考えなしの俺を止めてくれる都合の良い存在なんて存在しないんだから。


 わかってんだよ。俺のやるべきことはよ。



「あの?入ってよろしいですか?」


 ベッドに拳を打ち付けていると、ドアがノックされ、女性の声が聞こえる。


「いいですよ」


 俺は許可を出す。ちょっとぶっきらぼうでも勘弁してくれ。俺は今機嫌が悪いんだ。


 ドアが開いて入ってきたのは絶世の美女だった。

 ボン・キュッ・ボンという言葉がよく似合う。

 肩を出したピンクのドレスが良く映えている。


 年齢は18歳にも見えるし30代前半にも見える。


 言葉が出ない。こんな美女がこの世にいるなんて・・・。


「私の名前はテーラー・ドラゴニアス。先程は曾孫がごめんなさいね?」


 え?この人がテーラー?マジかよ!神かよ!

 え?曾孫?


「曾孫?」

「アラステアは私の曾孫よ」


 あ、そうなんだ。え?でも龍族の寿命は2000年なんじゃ・・・。


「アラステアは焦っているのよ」

「焦って・・・?」

「そう。悲願を達成しなければなんないのよ」

「悲願?」

「彼は取り憑かれているわ。暴走よ」


 また?いい加減暴走って何なのさ?


「暴走って?」

「暴走は暴走よ。持つべきでない力に踊らされるの」


 暴走?力?もうヤダ!わかんない!わかんない!


「簡単よ。自分の力に溺れてるだけ」


 力・・?

 なにそれ、おいしいの・・・?


「あのシトラスの馬鹿も暴走しているものね。もう救えないわ。龍族は。この先、近い内に滅びるわね」

「え?貴方は龍の祖では無いのですか?」

「ええ。アラステアもシトラスも私の子孫よ」

「じゃあ、なんで・・・?」


 一瞬考えたテーラーは答える。


「自分を見誤った者は滅ばないといけないの。これが世界の法則よ」


 だからさ


「さっきから何なんだよ2人揃って!そんなに俺の力は俺に過ぎたるものなのか!」


 うるさいんだよ。

 どうでもいいんだよ。

 早く俺を元に戻せよ。

 考えなしでもいいだろ。


 俺はお前らにこの世界の崇高な理念を聞くために死にかけたわけじゃないんだよ。


 少し怒ったテーラーは、眉間にシワを寄せている。

 美人が台無しだ。


「あまり調子に乗るなよ」


 そしてこの言葉。


 ああ、この言葉は嫌いだ。



 調子に乗る。


 便利な言葉だ。日本ではこの言葉が溢れている。

 人は自分よりも下に見ている存在が自分を超えて行きそうな時、この言葉を使う。


 風で今にも崩れそうな不安定な足場に片足で立つ虚像を、他人を見下し、避難することで必死で守るのだ。



「調子に乗る?なんの話だ」

「力に溺れるなと言っているんだ。君は魔力総量だけで言ったら魔王並だ。その力に溺れて――」

「俺は家族を助けたいだけだ」


 俺は続ける。


「ルシファーを呼んできてくれ。話がある」

「なんでまたあのお方に・・・そもそも貴様如きが呼び捨てにしていいお方では・・・」

「いや、いいんだよ。そいつは俺の永遠の客人。どんな無礼も許す」


 いつの間にかテーラーの背後にたったルシファーがテーラーを諭す。


「それで?なんの話だい?」

「俺は、皇帝にはならないかもしれない」

「かも?」

「そう、かも」


 そう。まだ決める必要はないんだ。

 じっくり考えれば良い。


 たしかに俺は、前世は傭兵で人を殺したり、人を使うことには慣れている。

 けど、死ぬ間際、俺のせいで死んでしまった非戦闘員おんなのこを見て、戦争という行為に嫌気が差したのも事実だ。


 結局、何がしたいのか考えていなかったのだ。

 考えなしだった、というわけだ。


「取り敢えず黄龍神は殺す。俺の故郷と平穏な学校生活を奪い、俺の家族を脅かした、悪だ」


「暴走してようがなかろうが、殺す」


 俺は真っ直ぐ、ルシファーを見つめて、言う。


「まずはアラステア師匠から戦闘と戦術について学ぶ。話はそれからだ」

「でも君の力は強大過ぎるし、それが君にふさわしくない力だ、と言ったら?」


「ふさわしくなるように鍛錬を詰んで見せる!」


「ふさわしくう?アンタね――」

「いや、やめろテーラー」

「な、なんでよ!」


 俺に噛みつこうとするテーラーを剥がして、ストマックは一歩、歩み寄り、そして破顔する。


「よく言った!カイ!僕は君に協力は惜しまない。いつでも僕を呼ぶと良い!君の呪文、”天の怒り”は僕の魂を君の座標にテレポートできる呪文だ。使用して僕を呼んでくれ」

「え?良いのか?」

「良いとも。まあ、僕にも打算がないかと言われるとウソになるがね」

「・・・言って良いのか?」

「良い。君に信用してもらいたいんだよ」


 そう言ってルシファーは俺に手を差し出す。


「よろしく」

「ああ」


 俺は手を取る。


「やっぱり君は面白い。次の行動が気になるよ」

「それなんだが、知りたいことがあったら呼び出していいか?」

「・・・僕を便利屋と勘違いしてないかい?」

「い、いや、師匠の情報が間違っていたから、正しい情報が知りたいんだよ」

「僕の情報が間違っているとは考えないのかい?」


 ルシファーは首を傾げる。


「少なくとも師匠よりは信じれる」

「でも君はアラステアに師事はするんだろう?」

「家族のために利用するに過ぎない。・・・ダメか?」

「いや、良いとも・・・っと、時間みたいだね」


 見ると俺の体が消えかけていた。


「精々頑張ってくれ」

 ルシファーがそう言うと、俺の意識は落ちた。

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