29 嘘(1)

 あれから一時間ぐらい二度寝して、起きるとルシファーが浮かんで寝っ転がりながら本を読んでいた。


 急速に覚醒した意識が現実を突きつける。



 堕天使ルシファー



 この世界の創始者。

 それに、俺は選ばれた?


 正直俺の中でおえらいさんに会った事になってない。威厳がなさすぎる。

 確かに声は深みがあって、声変わりしてなくても威厳は感じる。

 だけどその風貌からは威厳より親しみやすさを感じるぞ?


 そういうことだ。


 まあいずれにしろ敬語なんかバカバカしかったな。



「それで、堕将ってなんなのさ」

「堕将?特に意味はないよ。俺が周りからそう呼ばれているだけさ」


「この世界における強者は二つ名を冠する必要があるんだ。僕が管理しきれなくなるからね」

「管理?」

「ああ、こっちの話」


 そういってまたルシファーは本を読む。


 そして急に指を鳴らし、玉座の後ろに振り返り、俺に目を合わせる。


「それよりも、君にも二つ名がいるよね!」

「いや、いらないです」

「よし、それじゃあ・・・え?」

「いや、いらんわ」


 いらないな。面倒事が目に見えてる。かっちょよくてもかっちょよくなくても。

 俺の高校時代のあだ名知ってるか?”師匠”だぜ?


 そんな冗談は置いておいて、二つ名はいらない。

 そんな二つ名で人の価値は決まらない。

 むしろ俺に挑んでくるやつが増えるのが目に見えている。


 トマーゾとか、ゲオルグとか。


 そういえば今回の遠征、ゲオルグはついてこなかったな。


 あ


「遠征!」


 帰らねば。家族がピンチだ。

 俺の故郷は確かに日本かもしれないが、家族はブラッドリー一家だけだ。

 助けねば。


 無償の味方ほどありがたいものはない。

 前世にはそんなものいなかったからな。


「おいおいどこに行くんだ!」

「家族の所に」

「お前よお。少しは周り見ろよい!」


 べしっ!


 俺はルシファーから頭を叩かれる。


「いてっ!」

「お前の状態見てみろよ」


 そう言われて体を見ようと下を見ると、俺の胸からはナイフが飛び出していた。

 それに身長が高い。


 前世の姿だ。


「お前、今は体から魂が抜けてるんだぜ?」


 え?


 じゃあ俺、死ぬの?


「そんな顔をするなよ。お前は死んでない。臨死状態だ。少なくとも死にかけではあるが、死なないよ。僕が付いてるんだ。大丈夫さ」


 へえー、これが世に聞く臨死かー。

 あ、じゃあさっき見たのは・・・。


「君がさっき見たのは走馬灯。危なかったね。まさか天界一の愚か者が君を消滅させようとするなんて思わないじゃないか」


「魂を食すのは悪魔のお家芸だと言うのにね。とんだ愚か者だよ。ましてや僕の客人相手にそれをするんだもんね。罰があたって当たり前さ」


 え、じゃあホントに死にかけたの?


「走馬灯?」

「ああ、走馬灯。あのまま走馬灯に魅入られてたら君は死んでいたよ」


「え?じゃあ助けてくれたの?」

「そうさ。助けた。感謝しろよー・・・と言いたいところだが、そうも行かない。なにせ僕は君に助けられたからね」


「俺も助けたのか?」

「ああ、助けた。あのままだったら君はガブリエルが僕を呼び出す生贄にするところだったんだからね。でも君が僕を呼んでくれたから、対策がたてられたのさ」


「まあいいよ。大事なのはここからだ」


 ルシファーがふわりと起き上がり、俺の前に立つ。


「なにをして君は臨死状態になったの?そして君の魂と体の違いは何?教えてくれ。永遠の客人よ」

「えー」


 俺は多分他の人が見たら嫌な顔になっていただろう。


「そんな嫌な顔すること無いじゃないか。まあいいよ。わかった。君が死にかけた理由だけ教えてくれ」

「俺は今、狂気王に師事している」


 そういうと、ルシファーは目を見開き、俺に詰め寄る。


「きょ、狂気王?”狂気王”って、あ、あのアラステアがでででででで弟子いいいいいいい?」


 え?そんなに珍しいことなの?


「じょ、冗談じゃない。龍の呪いはどこに行ったんだよ。ん?ていうか遠征?もしかして今、タイトン王国は遠征しているのか?」

「ああ、総大将はアラステアで、俺は参謀。相手はソゼウ王国」


 ここまで聞くとルシファーはOMGと自分がどの立場か本当にわかっているのかわからない一言を呟いて後ろに仰け反り、そのまま空中を漂う。


「良くないねこれは。龍神の暴走だ」

 ルシファーは起き上がって俺の顔を覗き、言う。


「ああ、師匠も言っていました。ソゼウ王国には黄龍神が居て、そいつが――」

「いや違う。狂気王の暴走だ」

「へ?」


 え?なんで師匠が暴走してんの?


「君はアラステアがオルタン共和国の改革を行っていたのを知っているだろう?」

「はい」

「大体おかしいんだよ。あのアラステアが良い子ちゃんになって祖国のために政界に立つなんてさ」

「え?いやでも師匠は政界に関わり始めたのは1000年前って言ってましたよ?」


 それを聞いたルシファーがその綺麗な目をパチクリさせた後、目線を鋭くする。


「確定だ。完全に暴走している」

「ええ?」

「アラステアが歴史の表舞台に立ち始めたのはたった40年前だ」

「いやでも、アラステア様は龍神じゃないじゃないか!」

「関係ない。力の在りし者の暴走は止められないのだ」


 は?


「え?で、でも師匠は・・・」

「アラステアは確かにその研究の成果を祖国に技術提供している。それを初めてしたのは1000年前。アラステア自身が政界に立ち始めたのは40年前なんだよ」


「アラステアに何をされたのか洗いざらい話してくれ。何か糸口が掴めるかもしれない」


 いつの間にかルシファーは俺のベッドに正座していた。


「うっ・・。言わなきゃダメか?」

「ダメだ」

「仕方ねえなあ」


「俺は師匠からはこの世界の覇者になってほしいと言われた」

「皇帝・・か」

「皇帝?」


「やはり何処まで行っても脳筋だなあの馬鹿龍は。もはや奴も運の尽きか」


 堕天使の冷たく、小馬鹿にした音声は俺の背筋を凍らせるのに十分だった。


「何をされたんだい?」


 氷の目線は、俺をきっちりとらえていた。


「お、俺は師匠から、この世界の概要と、あと地図と、えーと、あと”龍殺し”を教わりました」

「龍殺し?」


 なんだそれはとも言わんばかりの困惑した目線でルシファーは俺の目を見る。

 そして指をパチリと鳴らして、何か納得したような表情を作る。


「もしかして、その技って、これか?」


 ルシファーが呟くと、光の一筋が俺の横を素通りし、後ろの棚のティーカップを破壊した。


「ああ。これだ」

「龍神の必殺か。懐かしいな。一発喰らったことがある・・・君がそれを使ったのか?」

「ああ。使った。使ったらこのザマだ」

「あ、あり得ない。龍神が訓練して使えるようになるこの技を、アラステアがとっかえひっかえしてめちゃくちゃにした状態で使うだって?」


「とんでもない魔力を食うだろう。不完全魔術を、それも最上級の魔術を不完全に使って、たとえ僕の力を使ってでも生き延びるって・・・。化け物かい?君は!」


 ルシファーが目を見開いている。


「家族を助けるためだ。なんでもするのは当然のことだ」

「なんということだ・・・。まるで2000年前の・・・!」

「なんだよ」


 俺の不機嫌な声を聞いて落ち着いたのか、ルシファーはフッと息を吐く。


「いや、いい。取り敢えずこの一週間は君があの馬鹿邪龍に教わった知識を一から洗い流す。良いね!」

「は、はあ」


 なぜか妙な事になった。

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