27 限界

「”龍殺し”?」


「ああそうだ。龍殺し。龍の弱点を突く、一撃必殺であり、10段どころではない。この世で最強の呪文だ。この魔法は魔力総量が多い者しか使えん。でなければ威力が出んし、そもそも使用できんからな」


「お前の魔力総力は異常なのだ。明らかに人の持てる最大を越している。普通なら赤子の時にとうに死んでいるはずだ。器が耐えきれなくなるはずだからな」


 いや、死にかけたぞ。

 俺の精神力でなんとか耐えたが。ホントに危なかったんだからな。


「この技は、龍族しか使えない特殊な物だ。それも龍神だけしかな」


 まあそうだよな。ん?龍神しか使えないならなんでアラステアが使えるんだ?

 まあそりゃ研究の賜物か。アラステア自身が魔法をときほぐして魔術にしたんだろうな。多分。

 てかそれより、


「俺と黄龍神が戦うのはいつになるのでしょうか?」


 これを聞いておかないと心の準備と仮想敵とのシュミレーションに支障がでそうだ。


 季節や時期は、戦闘においての重要な指標だ。

 雪ならスリップや視界不良を考慮に入れておかねばなるまいし、夏なら暑さによる体力のリカバリーが重要だな。


 なにせ相手は世界最強の生物の一種なのだからな。



 俺はこれから最強の生物と戦うことになるのか。



 そうだよな。相手は最強なんだよな。


「どうした?怖気づいたか?まあ、大体1年後ぐらいだろう。なーに。心配するな。お前との一騎打ちに邪魔は入らせん。」


 そうか。1年後か。強くならなくてはな。


 アラステアがこちらを見ている。


「俺は・・・勝てますか?」


 分かってる。勝たなきゃなんないことぐらい。


 黄龍神率いるブルガンディ攻略軍の本体がどこにいるかは分からないが、黄龍神を殺さなければ確実にエル・コスタ城は落城する。


 エル・コスタ城が落ちれば、俺の家族や里のみんなが逃げる先は幼気の森しかない。そこに敵兵が襲い掛かればひとたまりもないだろう。


 死線だ。ここが死線なのだ。


 だけど確証がほしい。俺のやっていることが無駄ではないという。


「勝てる。必ず勝てる。この”狂気王”に二言はない」


 アラステアは力強く答えた。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 小雨が降ってきた馬車の休憩場所の泥炭地。アラステアからの魔術の講義が始まる。


「さて、この”龍殺し”だが、誰しも一日に一回しか使うことができん。最も龍族以外の誰もが、だが」

「それは何故ですか?」


「この”龍殺し”は持ち主の持てる魔力を全て奪い去る。最期の必殺だ。使えば、魔力が全回復するまで意識を失う反面、体にある魔力総量全体を前借りする形で魔術が発動される。威力は折り紙付きと言っていいだろう」


 魔力の前借りか。要するに未来の体から魔力をローンするということだな。

 そして前借りされた魔力ともども、回復するまでは昏睡状態となると。


 面白い。寝てる間に悪い大人に体を弄られていないかが少々心配だが。


「まずはお手本を見せる。一回しかしない。よく見ておけ」

「はい」


「私が倒れたら抱きかかえ、馬車に戻してくれ。誰にも見られるでないぞ」

「え?」


 そういって右手を空に突き出したアラステアは呪文を唱える。


「我が体に眠りし龍の力よ。その力を持って、同族をここに打ち破らん!”龍殺しデストロイ”!」



 ギュン


 魔力の弾が手に形作られ、大きくなる。


 ドン!


 風で形作られた魔力弾の中から一筋の光。それは天を穿ち、アラステアは苦悶の表情を浮かべる。


 ドサッ。

 空から鳥が落ちてきた。心臓がえぐれている。



「ぐ、ぐう」

 同時にアラステアはうめき声を上げ、その場で倒れた。

 その音で俺は我に返る。


「アラステア様!」

 俺は倒れ込むアラステアを抱きかかえ、意識を問う。


「ああ、大丈夫だ」

 アラステアは残る意識で俺に言う。


「今ので分かっただろう。最小の威力に調整しても、最強の生物である私が耐えきれない程の魔力を奪われる。だがその精度と威力はとてつもない。コツも大体は伝わっただろう。これをお前には習得してもらう。寝る前に一度、空に撃つのだ。くれぐれも・・・誰にも・・・見られるで・・・」


 そういうとアラステアは意識を失った。

「アラステア様!」



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 俺は風魔法でアラステアの体をほんの少し浮かせ、馬車に乗せた。

 風魔法は己の体以外は持ち上げられる。


 もっともとんでもない量の魔力を食うのだが。


 俺がアラステアを運んできた時に馬車は跪いてくれた。とても助かった。

 伊達に発明の”狂気王”というわけではないということだろう。


「ああ、カイか。すまん」

「アラステア様は総大将なのですから無理をなさらないでください。お体に何かあったらどうなさるおつもりだったんですか!」


 俺はまくしたてる。こんなところでアラステアが倒れたら俺達は確実に負けるからだ


「すまん・・・その・・・興味というか・・・自分でもあまり使ったことのない技を使うので無理をしてしまった・・・」


 なんだこの態度・・・。まるで反省していないような・・・。


 ああそうか。気になっちゃったんだ。”龍殺し”の指向性と威力が。

 あんまり見たことないって言ってたしなあ。

 アラステアって生粋の研究者なんだな。

 もしかするとほんとなら大陸統一だの革命だのもしたくなかったのかもしれないな。


 自分の愛した相手とずっと研究に明け暮れていたかったのかもな。


 まあ俺が言うだけ野暮だが。


「まあそういうことだ。これをお前には習得してもらう。期間は一年間。その間に習得できなければ、お前を待つのは”死”のみだ。心得ておけ」

「ははっ」


 まあこれで俺のやることはこの魔術を寝る前にぶっ放すだけだ。


「通常で戦う魔術に関してはお前はもう十分だ。遠征中は戦術とこの世界についての知識、そして”龍殺し”を習得してもらう。あと、これはお前に近しい人物には話しておくように。よいな!」


「ははっ!」



 こうして俺の、”龍殺し”訓練が始まった。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「どこ行ってたんだよ!カイ!」

 日が暮れたので、講義から解放され、ティルス傭兵団の野営場所に戻ると、エドワードから手痛いお出迎えをされた。


 どごっ!


「いってえな!殴ること無いだろ!」

「うるせえ!勝手に消えたのが悪い!」


 エドワードはとても怒っていた。


「頭の貴族のお前がいなくなったんだぞ!貴族の礼儀も知らない俺達が移動するのは大変だったんだぞ!」

「そうだよカイくん。僕たちは君がどこで何をやっていたのか聞く権利がある!」


 ルイも激おこぷんぷん丸だ。


「ああ、それはいまから――」

「カイくん!」


 エリが走ってきた。


「どこにいたの?大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ」

「ほんと?」


 ふー、みんなに心配かけちまったな。


「ああ、大丈夫だ」

「よ、よかったあ」


 エリがその場にへたり込んだ。


「よし、アデレードとジェイダとヘルマンダも呼んできてくれ」

 俺はみんなを見回し、言う。


「みんなに話すことがある」



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 俺はことの顛末を所々端折って話した。みんなよく話を聞いてくれた。とても10歳とは思えない集中力だった。


「つ、つまりお前はストマックの父さんからの授業を受けてるってことか?」

「そうだ。それに戦術の訓練も受けている。お前たちは俺の部下として、俺の親衛隊になってもらいたいんだ」


 そういって俺は日本式の土下座を繰り出した。

 これで誠意の形が伝わるかどうかはわからないが、一応これでも人に物を頼む時の態度はわきまえているつもりだ。


「私達はいいけど・・・。傭兵団の冒険者たちはどうするの?」

「え?いいの?」

「当たり前じゃない。断るわけ無いでしょ?」


 アデレードがさも当然かのように言い。みんなが頷く。


「それより、冒険者よ!どうするのよ!」

「あ、えと、アラステア様と俺で部隊の選別をする。忠誠心の高い者を選ぶ予定だ」


「え、えと、みんな、ありがとう!」


 俺は再度頭を下げる。


「なんでカイくんがお礼を言っているの?」


 エリが不思議そうに頬を傾げる。


「むしろ私達がカイくんに置いていかれちゃったのかな〜と思って心配していたのよ!」


 ヘルマンダが頷く。


「それで?カイくん。僕たちはこれからどうすればいいのさ」

「いい質問だね。ルイ。明日からお前たちには親衛隊の冒険者の選定を手伝ってもらうよ。その間に俺はやるべきことがある。大事な仕事だ。頼んだよ」


「ああ、任せておけ!」

「望むところよ!」


 みんなが口々に同意する。


 場違いかもしれないけれど、楽しい。

 ちょっと早いかもしれないけど、青春してる気がする。


 ここにストマックがいたらなあ。


「よし、これで終わり!みんなお休み!」


 そういってこの場はお開きになった。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 俺は今、漆黒の部屋の中だ。



 突然だが、この世界の魔術には二種類ある。


 手や杖から魔力を放出する詠唱型魔術と、空中に残した魔力を引き伸ばして変化させたり、特殊なインクで描いたりした陣に固定した魔力を放出する、魔法陣型魔術だ。


 俺は今、そのアラステアの謎の魔法陣により、謎の小部屋に連れてこられたのだ。



「さあカイ。ようこそ我がグラックス家の”龍の小部屋”に」

「龍の小部屋?」

「我がグラックスの祖、ジルス・アラルカインの作り出した小部屋だ」


 へえ〜。ジルス・アラルカイン。タイトン共和国の祖でもあると聞いている。

 やはりグラックス家は王国時代の王族だったのか・・・。


「お前にはここで”龍殺し”を練習してもらう」


 あー、まあな。夜にあんな魔力をぶっ放すわけにもいかんだろうしな。


「今、私の手には翼獣バードラットがいる。お前はこのバードラットの心臓だけを撃ち抜け」


 そう言うと、アラステアはマーモットに翼がついたような生き物をその部屋に解き放った。


「やれ」


 アラステアの眼光が鋭くなる。


 えーと、なんだったっけ。あー、思い出した。


 まあでも一応最初だし詠唱はするか。


「我が体に眠りし龍の力よ。その力を持って、同族をここに打ち破らん!”龍殺しデストロイ”!」



 俺の手に魔力が集まる。

 なんだこの形は。アラステアとは全く違う色と形だ。


 てか不味い!

 手が引きちぎられそうだ!


 こ、これは・・・凄い・・・。

 まずい。魔力が吸い込まれる。枯渇する・・・。


 落ち着け、的と蛇口を絞るんだ。

 いつもやってきただろう。


 制御だ。

 いつもの魔術がちょーっと大きくなっただけだ。


 そうそう、いい感じ。後は指向して・・・。


 いた!マーモット!

 あ、いやマーモットじゃなかったんだっけ。


 どうでもいいや。


 撃て!



 チュドン!



 撃ち抜いた魔法光線は正確にバードラットの心臓を撃ち抜いていた。



 俺はそれを見た後、気を失った。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「なんでまだ俺を呼ばないのさ。今か今かと待っていたんだぜ?」


 俺に話しかけるのは・・・誰だコイツ?

 美形だ。


 全身白の格好に頭には・・・天使の輪だ。

 天使だ。


 あ、よく見たら俺今空の上じゃん。


 眼下には懐かしい景色が広がる。


 東京スカイツリー。

 六本木ヒルズ。

 渋谷。


 日本だ。


「まあそう怒るなよガブリエル。お前はいっつもせっかちなんだ。少しは自重しろよ〜」


 振り向くと、これまた美形の男子がガブリエルと呼ばれた天使に話しかけていた。


「なんだよミカエル。それも全部コイツが悪いんじゃないか。少しぐらい罰があっても大丈夫だと思うぜ?俺は」


 はあ?罰?俺が?


「まあ確かにそうだな。コイツは我ら天界を蔑ろにした。だが今罰を与えてもなんにもならないじゃないか。情報を聞き出さないと。ご復活あそばされるガイウス様のご寵愛を我らの手に収めると言った仲だろう?それならどんな罰でも使って聞き出そうじゃあないか!」


 俺はその言葉を聞いて本能がアラートを発しているのが分かった。


「”天の怒りヘブンズワース”!」

 俺はとっさに詠唱していた。


 何故この呪文だったのかは分からない。


 俺はまた気を失った。

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