26 策略と決意
「そうか。ご苦労。我々はこれからエル・コスタ城に向かう」
「は?ははっ!」
落ち着いた態度のアラステアを見て面食らった騎士は、そのまま馬車から出ていった。
は?
ティルスが・・・落城?
家族は?みんなは?無事なのか?
「気にするなカイよ。これも作戦の内だ。気を保て。でなければこの先ついてこれぬ」
アラステアがそう言い放つと、俺は我に帰った。
「さく・・・せん?」
作戦ってなんだ?
もしかして俺の家族を囮にして・・・?
ふざけてんのか。
何が師匠だ。弟子だ。
俺はなるべく冷静なふりをしてアラステアに聞く。
今大声を上げても勝てないことは分かっているからだ。
「師匠は俺の家族と仲間を囮に使ったってことですか?俺の家族を見殺しにしておきながら戦えと、そう言うつもりだったのですか?」
アラステアは微動だにしない。
「師匠は俺と契約を結ぶ前にそんないけいけしゃあしゃあと俺の家族と仲間を見殺しにする策を講じたってことですか?」
金色の目は俺の方をずっと向いている。
「そんなことをして俺がいくら親友の父親であろうと、貴方に心から忠誠を誓うとお思いですか?」
「わかりましたよ、それなら――」
「のう、カイよ。この”狂気王”がそんなマネをすると本気で思っているのか。冷静になれ。”策”と言っておろう。策ならば他のバックアップとフォローをしているとどうして考えない。もちろんティルスの民もエル・コスタ城にとっくに避難しているに決まっておろう。その思慮の浅さは敗戦に直結するぞ」
アラステアはものすごく低い声で言った。
怖い。
怒っている。金目に力を込め、怒っている。
この世の何よりも怖い。足の震えが止まらない。
その眼光は真っ直ぐ俺を捉え、俺の内面をえぐるように見つめる。
「カイよ。お前の考え通りに行くと、お前はあの時の一瞬で家族の救出にこんな何時裏切るかもわからん相手を選んだのか」
冷や汗が止まらない。
俺は頭を抱え、頭を垂れてしまった。
俺はアラステアを信用しきっていなかった。
それは自明だ。
なぜならさっき、アラステアにとっては失礼極まりないことを口にしたから。
当然だろう。アラステアは人生を俺に賭けたのだ。
龍の契約を結んでまで、俺をアラステアの元に留め置いたのだ。
即決した俺を見て、きっと覚悟のうちに生きてきたなんと志の高い素晴らしい人格者なのだろうとでも思ったはずだ。
だが実際は、流されるまま、事の重大さは理解しているのにも関わらずなあなあで自分の人生を決める大馬鹿者に自分の残りの人生を賭けたと知ると、失望と怒りは大きくもなる。
頼まれたら断れない俺の悪い癖だ。
ついさっき覚悟したはずなのに、結局ヘタれてしまった。
アラステアは絶望に苛まれていることだろう。
「カイよ。もう二度とこの失敗をしないと誓えるか?」
顔を上げると、無表情のアラステアがこちらを向いていた。
ああ、もうダメだ。失望させてしまった・・・。
いや待て、またヘタれようとしてないか?俺。
ここでヘタれるのが最もいけないことだろ。
アラステアをまた舐めてないか?俺。
アラステアは絶対こんな俺なんかよりも器広いだろ。
覚悟をキメろ。
よし。
「はい。誓います」
「それは本心なのか?」
「はい」
俺は真っ直ぐアラステアを見つめる。
正直、怖い。
でも男にはおしっこちびりそうになってもやるべきことがある。
今はこれがそれだ。
「なので黄龍神の話については保留してもらってもいいでしょうか?」
「なぜだ?」
アラステアの眼光が鋭くなる。
怖い。
でも俺は、負けない。やり直せるんだ。まだ。
やり直さずに失敗したから。前世でも、今世でも。
その数々の犯してきた失敗をリカバリーできるチャンスは、今だ。今しかない。
「俺はちゃんと黄龍神との戦いについて考えてみたいんです。家族のためって分かってるんですけど、初めての強大な敵です。決心がつかないんです」
自分でもひ弱な考えって分かってる。
でも、後悔したくない。大げさかもしれないけれど、前世とは違って、今や俺の背中には俺以外の人生も乗っている。
俺が死んで悲しむ人がいる。
だから俺は万全を期して戦いたい。
たとえ相手が誰であろうとも。
「このまま黄龍神と決心もつかずに戦えば、きっと後悔します。だから自分に決心をつけたいんです」
そう言って俺は頭を下げる。
「この一瞬で、成長したようだな」
見ると、アラステアは満足そうに頷いていた。
「やはり、人が成長する瞬間というのはどんな実験や魔術よりも美しいものだ」
アラステアは天を仰ぎながら微笑んだ。
俺の答えが正解かどうかはわからないが、絶対に正解にして見せる。
傭兵の頃よりも筋肉や力は無いけど、あの時よりも確実に強い俺が、そこにはいた。
その目は覚悟で燃えていた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
さっきの会話が終わった後、俺はアラステアから戦法についての説明を受けていた。
概要はこうだ。
ティルス軍は魔導、騎士合わせて2万程。
対してソゼウ王国軍は合わせて30万の大群らしい。
ソゼウ王国は別名、隷王国と呼ばれるほど、奴隷の売買と奴隷の労働力に国力は依存しており、そのおかげで大軍がが出動可能だったとのこと。
流石の15倍の軍をティルス城で防ぎきるのは難しいため、予めソゼウ王国が本気で攻めてきた場合についてはソリド爺ちゃんと合意がなされていたそうだ。
作戦同意の内容は、
ソゼウ王国軍が襲来した際はあらかじめティルス軍はティルスよりもタイトン側のエル・コスタ城に引いて籠城戦をすること。
民たちは残りたいものは残り、去りたいもの、エル・コスタまでついて行きたい者はついていくと言う方式を取らせておくこと。
山城とはいえ、ほぼ丘だった所に築かれた機能性重視のティルス城よりもエル・コスタ城は幼気は森に近いこともありとても堅固な要塞であるそうだ。
俺は遠目でしか見たことがないが、確かに巨大な城だったような気がする。
と、言うことでダン率いるティルス軍は現在エル・コスタ城で籠城戦を展開している。
あと半年は持ちこたえられるだろうとのこと。
なおこの話を知っているのはティルス領民と俺とアラステアだけらしい。
戦いの内容については既に考えが浮かんでいるようだが、それを言うのはまだ時期尚早なようだ。
今は馬車の馬をとりかえている最中。小一時間ほどかかるらしい。
「さて、魔術の訓練でもするか」
なんでもないかのようにアラステアが言う。
「魔術・・・訓練?」
この小一時間で?
「言ったであろう?私には時間が無いのだよ」
あ、俺に休みってない感じなんですね。
「もちろん寝る前は君はティルス傭兵団の下で自由時間だ。気にすることはない」
し、師匠〜♡
なお、ティルス傭兵団とは、俺と一緒に義勇軍として参加した者たちのことであり、義勇軍という言葉では連帯に欠けるので、きちんと報奨金を決めて、オルタン軍お抱えの傭兵団という立場となった。
因みに隊長は俺ね?当たり前だけど。
これからティルス傭兵団は俺の直属の部下としてアラステアからの特別命令をこなすことになる。
頑張らなくては。
「何の魔術の訓練をするのでしょうか」
「決まっておるだろう。風よ」
やっぱ風か。
風魔術はアラステアの研究の集大成だ。
アラステアの三大発明の中でも最大の発明と言われるのが、この風魔術。
この世の常識をひっくり返す大発明である。
「ところでカイ。お主は龍の弱点を知っておるのか?」
「いえ、知らないです」
だ・か・ら。知っとるわけ無いやろ!
「龍の弱点は、翼だ。翼がやられた龍は、平衡感覚を失い、戦えなくなる」
へ〜。要するに、龍にとって翼は耳石みたいなもんなのか。
初めて知った。めちゃくちゃ興味深い。
「そしてこれから教える魔術は、私の生涯の発明の中でも最高傑作。”
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