17 ストマック・ジルス・グラックス(3)
「私の名前はアラステア。そこのストマックの父親だ。息子を傷づけた奴は何人たりとも許さん」
そうアラステアは言い、翼を広げて優雅に背伸びをする。
「久しぶりの生きた人間という極上の獲物だ。精々俺の糧になれ」
「それはこちらのセリフですね。確か龍神の兄?でしたっけ」
気にする素振りもなく、アオイは攻撃を仕掛ける。魔力の回復玉を使用したようだ。
回復玉とは超貴重な代物で、基本は水晶の中に閉じ込めた、ある地方で採れる貴重な薬草の養力を浴びる。浴びすぎると体を壊してしまう危険な代物だ。
それを一瞬で容器から出したアオイはその光を浴び、跳躍。一気に斬りかかる。
「ほう、これは凄いな。とても人間とは思えん」
少しアラステアは驚くが、次いで失望する。
「武器と魔力頼りの攻撃か。つまらんな」
ドガッ
アラステアの爪が正確にアオイの腹を穿く。
穿かれたアオイは冷静に容器から回復玉を自分に当て続け、次の攻撃を繰り出す。
捨て身の攻撃は、完全にアラステアの首を捕らえる。
「肉を切らせて骨を断つ」
アオイはそう呟いた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
元来転移者はスキルを持たない代わりに莫大な魔力を付与され、王侯貴族や強いスキルを持つものも圧倒できるようになっている。
その与えられた莫大な魔力で魔王を倒したアオイだが、魔王討伐が終わった後に自分を召喚した国家から捨てられた。
その手柄を全て国家に奪われた挙げ句、謀略により魔力を制限する手錠を掛けられ放り出れ、挙げ句家族を残してきたのに帰り方が判らないアオイは途方に暮れた。
自分の婚約者や父、母を残してきたアオイにとって、元の世界に帰るのはまた彼女にとって”悲願”なのだ。
だがそこである国家がアオイを捨てたという情報を手に入れたバッカス家がアオイに接近し、ドラゴンスレイヤーとしてアオイを雇う。
ドラゴン。それもストマック・ジルス・グラックスを殺すことができれば、ルシファーからギフトを受け取れるアオイと契約を破棄できるバッカスでwin-winの関係になるのだ。
最初はストマックの方だけ殺せたら良かったが、なんとアラステアの方まで出てきたのだ。これはチャンスだ。拾ってくれたバッカス家に恩返しができる。
これはアオイの集大成と言える攻撃方法。会ったら殺してくれと言われた、対”狂気王”アラステア・ジルス・グラックス専用の戦術だ。
あえてその身を穿かれ、回復玉を使用し、回復をし続けることでアラステアが自分の間合いにとどまるようにし、確実に仕留める。
アオイは勝ち誇った笑みを浮かべ、攻撃を開始するのだった。
「肉を切らせて骨を断つ」
アオイは確実に殺すためにアラステアの翼、首、後ろ脚に斬りかかる。
この三箇所を一気に確実に仕留めることで、アラステアの命を完全に断つのだ。
シュパパパパパパン!
龍の体が細切れにされていく音が聞こえる。
人間の目にも終えない速度を感覚で切り裂くアオイはその音を聞いて感慨に耽る。
勝った!これで元の世界に帰れる!
そう思った。
「スキル・”
そう、アラステアが唱えると、アラステアの体はどんどん元通りになっていく。
ぎょっとするアオイの前には無傷のアラステアが佇んでいた。
アオイは知らなかったのだ。アラステアが”狂気王”と呼ばれ、世界最強の生物のうちの一つに数えられる理由を。
「残念だったな。俺に物理攻撃は効かん。が、少しその技には興味がある。もっと使ってくれ」
「な、なんですって?」
アオイは半狂乱になりながら剣を繰り出し、針を投げる。
だがそれを深く観察するアラステアは面白いものを見るように余裕で佇む。
「なんで?どうして?なんで効かないの?」
アオイは涙を流し、狂ったように叫びながら技を連発する。
「ふむ、風魔術と土魔術の混合技と剣術の連動か。実に興味深いな。しかし・・・。攻撃が単調だ。つまらん。もっと、もっとこう・・・趣を出してくれないか・・・」
アラステアは嗤いながら懇願する。その声は落ち着いているが、どこか怒りを孕む。
「ああ、こんな、こんなことでは私の”探究心”は満たされない・・・・」
アラステアは心底残念そうに呟く。
「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!帰るの!!!!!!私は帰るの!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そういって加減を失ったアオイは所構わず魔術と針を連発する。
アオイは完全に正気を失った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「ストマック!!トマーゾを針から守れ!」
「了解しました!!」
俺は父からそう言われてトマーゾを魔法陣結界で守る。
恐らく”龍の契約”のためだろう。
初めての父との共同作業は、いくら日頃から忌み嫌っていても、俺の心を踊らせるのに十分だった。
「私は!私には家族がいるの!元いた世界に帰らなくちゃならないの!だから!だから!お願い!死んで!」
冷静さがいくぶんかは戻ったアオイがアラステアに頼み込む。
「家族・・・か」
「そうよ!家族がいるの!可愛そうでしょ?だから、お願い!私のために死んで?」
「私にも家族がいる」
アオイが目を見開く。
「か、家族?家族ってあの子龍?冗談言わないでよ!私の方が家族と過ごした時間が長いわ!でも対して貴方は一回しか子供に会ったことが無いでしょ?そんな軽薄な愛情で本当に家族と言えるの?」
「”本物の家族”がいる私に殺されてよ!じゃないと私が可愛そうじゃない!」
と、とんでもねえことを口走りやがったな・・・。
「ほう、そちは”会ったことがあるか否か”が愛情の大きさを決めると言うのか」
「そ、そうよ!大体会ったことのない家族に愛情が芽生えるわけ無いじゃない!」
そういってアオイはアラステアを睨みつける。
「ふむ、お主とはわかりあえんようだ」
「は?」
アオイが口を開ける。
「では、息子を痛めつけた罰を払ってもらう。”改変”」
「ギャアアアアアア!!!!!!!!」
父さんはその身に受けた物理攻撃を集約し、アオイにぶつける。
アオイは断末魔を上げ、一瞬で消滅した。
「さて、落ち着いたところで、トマーゾ・バッカス・ヘルデバルダよ」
「ヒッ!」
トマーゾはどうやら失禁したらしい。
「私と契約を結ぼうではないか」
「けい・・やく・・・?」
「そうだ。契約だ」
トマーゾは驚きから微動だにしない。
「これから、一切我が息子であるストマックとその友人、カイ・ティルス・ブラッドリーに触れることを禁ずる。破った場合は私が直々にお前を殺しに向かうので覚えておくように」
「ひ、ひい」
もうかすれた声しか出ないトマーゾはそれを聞くと気を失った。
ボン!
それを見届けたアラステアは人の姿になり、俺の方に歩いてくる。
俺も人の姿になり、アラステアの方に歩み寄る。
アラステアは俺の目線に合わせ、俺の頬を両手で持ち、言う。
「大きくなったな。」
「覚えておいてくれ。この先、お前にいつ会えるかはわからないが、私はお前を常に応援している」
俺は意を決して、返事をする。
「わかりました!父上!」
それを見届けた父は、扉を開けて、もう一度振り返り俺を見る。
「心優しき龍になりなさい。ストマック」
俺はこの光景を必ず忘れないようにしないといけないと感じた。
恐らくこれがアラステアとの今生の分かれとなるだろうと俺の勘は言っている。そしてそれは恐らく当たるだろう。直接会ったのはたった二回しかないが、ちゃんと俺の父だ。
その二回、たった二回。されど二回。
この記憶は、永遠に俺の頭の中で閲覧できるようにしなければ。
俺は龍の記憶力が良くて良かったと初めて思った。
「父上!お元気で!」
「ああ。お前には期待しているよ」
そういうと、アラステアは漆黒の空間から出ていった。
アラステアのスキルはリ・バイス。
自分の身体に触れたものの効果を書き換えることができると言う傍から見ればチートと思える能力です。
ですがアラステアがこのスキルの使い方を編み出したのはつい300年前の話。
偶然戦いの最中に発見したものです。
実は書き換えるのにも相当な胆力が要ります。頭の中にものすごい量の情報が流入するからです。
間違いなく普通の人間はおろか、他の龍種でさえも使いこなせないこのスキルを、アラステアは使いこなしました。
飽くなき探究心により、自分の体の奥深くまでを知り、切り開こうとしたその狂気とさえ思えるフロンティア精神。
これがアラステアが”狂気王”の称号を恣にする理由です。
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