14 あ、やらかした

 ゲオルグと彼の取り巻きは廊下を一目散に逃げる。



「クソッ。クソッ!」

 私は走りながら悪態をつく。


 先程あんなにひどい目にあったのにもかかわらず、傷一つ無い身体を見るたび、本気を出さなかったあのエセ領主に虫酸が走る。


 あれだけ痛みつけられた痛みは体の中に確かに刻まれたのに、完璧に治癒されてしまった。

 治癒されたあと、反撃される可能性を考慮していない。

 つまりアイツは私を脅威とみなしていないと言うこと。


 イライラする。


 もしかしてさっきまでの光景は全部幻?


 そう思って逃げてきた方向を見てみると、ぽっかりと開いたクレーターがこちらを覗いている。

 その光景が私を現実へと引き戻す。


 あれは化け物だ。

 なんだあの衝撃波呪文は。アイツの内包するエネルギーが全部襲いかかってきたようなあの感覚。

 そして極めつけは圧倒的な魔力制御だ。

 あんな無茶苦茶な呪文は体に負荷を掛け過ぎる。

 威力を制御できずに体がバラバラになるのが落ちだ。


 それをわざわざ私を殺さない程度に制御してみせるなど・・・。とても人間の成せる技ではない。


 生まれ持った魔力以上に、訓練された魔術だ。


 自分のポテンシャルを発揮しきれない魔術師などこの世に五万といる。

 生まれ持った魔力に対抗できず、もしくは活かしきれず、制御することが出来ない。


 それを完璧に律するなど・・・。大魔道士レベルだ。とんでもない者に喧嘩を売ってしまったようだ。


 しかしアイツにティルスとブルガンディは任せられんな。


 力が強すぎる。あまりの強さに他領に侵攻を開始して、きっと独裁が始まって民は苦しむ・・・。

 やはりアイツが在学している途中にティルスは奪いきらないといけないな。


 そしてそのティルスを手みあげにすれば、あの子もきっと喜んで私の求婚を承諾してくださるだろう。


 ああ、私はやはりティルス領主になるために産まれてきた天性の逸材・・・。


 負けることで、私の考えは固まった。


 まずはアイツを暴力ではなく、内側から潰さねば!



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 私とティルス出身の一年生の女子がカイくんの元についた時は、現場は騒然となっていた。


「あーあ、やっちまったなあ」

「まあしかたねえよ。あれだけやんないとアイツラもわからんだろうし」

「もう少し最大半径を小さくしなければな」

「ええ?これ以上小さくなるのか?」

「ああ、理論上は可能なはずだ」

「嘘だろ・・・」


 私達がついたときは、男子寮にポッカリと開いた穴を覗き込みながら、カイくんとストマックくんがお話をしていた。

 カイくんは何やら考え事をしているらしい。


 真面目なカイくんカッコいい♡


 するとおもむろにカイくんは壊れた男子寮に向かって歩き出す。この荒廃した景色と周りの人よりも少し背が大きいカイくんの銀の長い髪が揺れているのがとても絵になっている。


 ああん♡後ろ姿もステキ♡


 いやいやそーじゃなくて、なんでこんな大穴あいてるの?

 もしかしてカイくんが開けたの?カイくんってもしかして悪い子?


「カ、カイくん?」

 私がカイくんに尋ねる。カイくんが振り返って驚いたような表情をとる。


「エリ!なぜここに!」

「カイくん?」

「え、えと、これはーそのー」

「何をしたの?もしかしてカイくんって悪い子だったの?」

 私はカイくんとの距離を詰めていく。


 キョドるカイくんもかわいい♡


「カイは俺の決闘に助太刀してくれたんだよ」

 横からストマックくんが乱入してきた。


 もー、折角良いところだったのに。


「ちょっとー!今私はカイくんとおしゃべりしてたんでしょーー」

 もうストマックくんったら。いっつもいいムードのところを邪魔してくるー。


「俺が助太刀する時に使った魔法の威力が大きすぎたみたいだ。済まない。そっちにも迷惑をかけたかもしれない」


 大変!カイくんがしおらしい態度を取り始めた!たまにあらわれるネガティブカイくんだ!


 そんなカイくんも好き♡


「ご、ごめんな・・・」

「い、いや、その、だ、大丈夫だから!」


 私の言葉にカイくんが頭を上げて私を正面から見つめる。


 や、や、も、もう!カ、カイくんったら・・そんなにジロジロ見て♡


 じゃ、じゃなくて!カイくんがネガティブカイくんになっちゃったから早く誤解を解かないと・・・。

「ほ、ホントに大丈夫だから・・そ、その、物干し竿が吹っ飛んで私の下着がどっか行っちゃっただけだから!」


「やっぱり被害でてんじゃねえか・・・」

「カ、カイくん、大丈夫?ってキャアアアアアアア!カイくん倒れちゃだめ!大丈夫だから!私は大丈夫だから!干してた新品の制服がどっか行っちゃったりしただけだから!」

「グハッ」

「キャアアアアアアア!!!!」



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 や、やばい。被害が出ている。


 お、終わった・・・。


 そらそうじゃん。最上位魔法の掛け合わせなんてヤバい威力出るに決まってんじゃん!

 しかも風魔術織り込んでるんだから威力も広がるに決まってんじゃん!

 ゲオルグ達の命しか心配しなかった俺が馬鹿みたいじゃん!


 なんで気づけなかったんだ・・・。


 あれ以外にも一杯方法あったよな。

 あー、入学したてなのに退学決まったわ。


 詰んだ。


 やっべえ。規則ってどうなってたっけ。


「あの?これをやったのはあなた?」

 おもむろに後ろから話しかけられる。

「は、はいそうで――」


 俺がふりかえった先には、怒りで肩を震わせるブリッジナ生徒会長の姿があった。

「生徒会室へのご同行願えますか?」

「え、え、いや、その」

「捕縛しなさい」


 すると俺の体にどこからともなく縄がへばり付いてきた。

「ギャアアアアアア!」


「げ、不味いことになったなカイ。まあ頑張れ!」

「お、おまえ!」

 この期に及んで裏切りかよ。冗談じゃねえ。だから人間は嫌いなんだ――


「あら、あなたも連行対象ですわよ?」

「「ですよねー」」



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「さて、あの呪文の名前はなんでしょうか?というかそもそもなぜあんな愚行に及んだのでしょうか?」

 手を組んだブリッジナが氷のような声で質問する。

「え、えと、それは・・・」


 俺達は今、テーブルを挟んで生徒会長ブリッジナの眼の前に立って事情説明をしている。

 捕縛され、屈強な男どもによって連れてこられた。


「カイは俺の決闘の助太刀をし――」

「今私はカイ・ブラッドリーに質問をしているのです。黙っていてください」

「おい!話を――」

「ストマックくん?今はカイくんに質問をしているのですよ?」

「はーい。わかりました。黙りますよ」

 ストマックが一瞬で窘められる。


 まるで蛇に睨まれた蛙だ。


「さて、カイ・ティルス・ブラッドリーくん。なぜこのようなことを?」

「そ、それはですね、入学式の際に、三年生のゲオルグ・バーボルシュタットが私怨から僕に強い当たりをしたのを見て、そこにいるストマックが仲裁に入ったんです」

「それで?」

「それで、仲裁に入ったストマックに腹を立てたゲオルグが、脅しでストマックのファミリーネームを聞き出そうとして、家訓からファミリーネームを明かすことの出来ないストマックがそれを拒否し、代わりに決闘となったということです」

 俺は早口で説明する。緊張から上手く舌がまわらない。


 前世でもこんなことあったけど、前世では何があっても俺のせいにされて終わりだった。親のいない俺に味方する者は誰もいなかった。


「そして、決闘の際にゲオルグの方が先に助太刀を呼んだので、僕がストマック側の助太刀として参加したという事です」


 だ、大丈夫かな。俺上手く言えたかな。


「いくつか疑問点があります」

「な、なんでしょう」


 落ち着いた態度でブリッジナは尋ねる。

「なぜゲオルグ・バーボルシュタットはストマックくんのファミリーネームを聞き出そうとしたのですか?予測でも良いのでお聞かせ願えますか?」

「はい。バーボルシュタット家はブルガンディ地方での力がブラッドリーの次に強いので、恐らくブラッドリー家に味方するストマックの家に何らかの妨害を加えようとした物と思われます」

「なるほど。そして貴方が使用した呪文は?」

「僕の使用した呪文はワースオブスピリットといい、僕の編み出した独自複合呪文です」


 ブリッジナの目の色が変わる。

「独自複合呪文?命を奪う気だったのですか?」

「いいえ、命は奪わないようにリミッターはつけていましたし、呪文発動後すぐに治癒魔術を実施しました」


「その命を奪わないリミッターとやらをもう少し学校の施設の方に向けて欲しかったのですがね・・・」


 うッ!痛いところ!


「か、返す言葉もございません」

「まあ最初なので許しましょう。ただ弁償費はいくらか払ってもらいましょう」


 うーわダンに怒られる。


「しかし話を聞くところゲオルグ・バーボルシュタットの方が過失がありそうなので、あくまで弁償額は少額だと思っていてください」


 た、助かった?


「当学園は、様々な魔族とのしきたり故、決闘は全面禁止ではありません。あくまで命を取らず、学園の施設、地形等々に影響を与えないことが条件ですが」


 やっぱダメじゃん。


「しかし壊れた区画は幸いにも寮の中でも生活に関わる部分ではないため、処分はいくぶんかは軽くなると思いますよ。まあまだ一年生ですしね。校内に変な噂は広まるでしょうけど」


 まあなんとか助かったっぽい。


「それより、当学園では家庭環境を理由に恫喝をかけることは重罪です。事実確認が終わり次第ゲオルグ・バーボルシュタットには然るべき処分を下すつもりなので、そこは心配しないでください。彼は議会内のある派閥の末裔ですので」


 おお、素晴らしい。


 というかやっぱりこの学園は家柄での差別に頭を痛めているようだな。

 でなければこんな校則はできないはずだ。


 まあ当然か。この学校からは未来の三頭議長が誕生する可能性が高い。今のうちから根回しするのは当たり前だよな。


 にしてもこの様子じゃ議会も相当腐敗が進んでいるんだろうな。

 子供世代にまで派閥の醸成を任せるこの国の議会もだいぶひどい状況のようだ。


「まあ家柄勝負も相手を見てやらねば恫喝にすらならないのですけれどね。ゲオルグはどうやら少々お頭がよろしくないようで」

 すごい煽り文句を並べるブリッジナの話は止まらない。


「ねえ?ストマック・ジルス・グラックス殿下?」

 そしてブリッジナがストマックの方を一瞥する。


 ストマックの目には、怒りと困惑が浮かんでいた。


「え?ジルス?」

 そう復唱すると、頭の中にある人物が浮かんできた。


 俺は電流に打たれたかのように固まる。


「お前、その名前を言ったな?」


 今まで見たことがないような怒り方をするストマックは、糸をだして拘束を簡単に打ち破っていた。

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