13 破壊

 翌日、各教科のオリエンテーションが終わったあと、ストマックは中庭に仁王立ちで立っている。

 それを俺達は一年寮の窓から覗いている。


「まあやることはやったし、ストマックが一対一で負けるのは俺ぐらいだからな」

「いやいやエリちゃんも勝ってたんじゃないの?」

「エリちゃんあんなにかわいいのに強いのずるいよな!」

 エドワードとルイが鼻息荒く言う。


 まあ・・・それには同意するがな。


「そんなことよりストマックを見ろよ。決闘だぞ?決闘。どっちがどっちの舎弟になるか決まるんだろ?」

「何いってんのカイくん。舎弟なんてもんじゃないさ。決闘は命と命の奪い合いだぜ?」

 ルイが獲物を狙う狼のような笑みを浮かべる。


 イケメンが台無しだよ全く。


「大体ストマックが負けるわけ無いだろ。そんなに怖いのか?カイは」

 ルイがさも当然かのようにとぼけた表情を作る。


「お前らなあ・・・」

「お、ご登場だ」

 エドワードが指さした先には、ゲオルグとその取り巻き達が邪悪な笑みを浮かべて立っていた。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 俺は、産まれたときから孤独だった。


 産まれたときからずっと籠の鳥。


 父親の顔も知らない。


 いるのはお母様だけ。でもそのお母様も一年前に遠いところに行ってしまった。


 母は俺の養育を数年したあと、住処をお父様のところに移してしまった。


 家臣に、俺の父親がどれだけこの国の発展に寄与したかを説かれた事がある。


 俺はその時に、「いくら英雄でも自分の子供をろくに見れないようじゃそれは英雄なのかい?」

 と言ってやった。


 その家臣は口を噤んで、俺とは他人行儀に接するようになった。



 俺はこんなところは離れたかった。


 何が巨大都市だ。


 そう思っていると、不意に俺の眼の前の扉が開いた。


「はじめまして・・・なのか?ストマック。私はお前の父親、アラステアだ」

「母さんからお話は聞いています。なんのご用件で?」


 扉から出て来たのは、20代後半ぐらいの男性。俺が本で読んだことのある人だ。


 黒髪で、俺に似た切れ長の目、長身。そして深い深淵のような奥行きのある声。


「そんな他人行儀で・・・。まあ仕方ない。私が構ってあげられていないだけだ」


 仕方ないだと?


 ふざけるんじゃねえ


「なんの、ご用件で?」


「ふむ、5歳児らしからぬ余談を許さぬ質問、流石は我が息子よ」

 そういって前置きし、アラステアは続ける。


「そんな我が息子に、学びの機会を与えよう。旧友である私の知り合いの息子といっしょに学び舎で学びなさい。ソリド・ティルス・ブラッドリーの孫、カイという名前だ。お前の良き”親友”になるだろう」

 そういって、まるで演技のようにアラステアはストマックに語りかける。


「使用人も、お前が退屈そうにしていると言っていた。どうだ?行ってみないか?」


「い、行きます!」


 俺はとっさに答えていた。こんな家の外にもろくに出れないこんな生活なんか早くおさらばだ!


「ただ、条件がある」

「な、なんでしょう?」

「まず1つ、いかなる理由であれ俺の名前を出すな。まあ賢い我が息子のお前ならわかるはずだ。よって、絶対にファミリーネームを名乗るな。名乗れば必ず悪い虫がやってくる」


 なぜだ?意図がつかめない


「まあそう気にするな。こちらの話だ。お前はこれからストマック・バローとでも名乗るが良い」

 一瞬アラステアが顔を引きつった気がするが、まあ続けてもらおう。


「2つ、お前はティルス小学校を卒業したら、タイトンの貴族学校に帰ってこい。もちろんカイ・ティルス・ブラッドリーもいっしょにここに帰ってくる手筈になっている」


「3つ、一ヶ月に一回タイトンに帰ってくるのだ」


「父上、私は2と3は受けますが、1は受けかねません」


 アラステアが目を見開く

「というと?」


「私は自分の名前を偽ってまで生きようとは思いません。ですから、ただのストマックとして過ごすことをお許しいただけないでしょうか?」


「ほう、ではもしお前に無理やりファミリーネームを聞き出そうとした者がいたらどうするのだ?」


「その時は力で退けます」

「ハッハッハ!大きく出たな!ストマックよ。自信はあるか?」

「あなたのむすこですゆえ」


 俺は、コイツに与えられた名前を名乗りたくなかったのだ。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「じゃあ、おれたち、きょうからしんゆうな!」


 俺は猫をかぶりつつ、カイとついでにいたエリと言うかわいい女の子を親友にした。ちょろいもんだった。


 これで父上との約束は果たせたし、好きに行くぜ!



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「が、ガハッ」

 俺は血を吐くも、即座に回復魔法をかけてもらい、復活する。


 俺の前には、真顔のカイ・ティルス・ブラッドリーが立ちすくんでいた。


「ふむ、ここで負かすと芯が徐々に真っ直ぐになっていくのか・・・ではこのオーラは傲慢?いや――」


 そういって、カイは独り言を喋っている。


 俺は完膚なきまでに叩きのめされた。


 勝てるわけがない。


 これが俺の本気だぞ?それをあいつは、いとも簡単に・・・。



 ちなみにそのあとのエリにはワザと負けておいた。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 俺はそれ以来、カイに畏敬の念を抱くようになり、エリは諦めた。


 だってどう見てもカイにベタ惚れだもん。


 カイは俺と話がよく合う。まるで父上と喋っているみたいだ。

 俺達はもうすっかり”親友”となっていた。


 そして決めた。

 俺は将来カイの臣下になることを。


 カイはめったに人を褒めないが、嘘も言わない。

 そんなカイに褒められたくて仕方がないのだ。本心から自分を褒められると人間は嬉しいものだ。

 さながら父親のような褒め方をしてくれると、懐かないわけにもいかんと言うものよ。


 だから先輩の小物にダル絡みをされてたカイを助けた。あいつにはもう二度とカイに話しかけられないようにコテンパンにしてやんよ。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「ほう、ストマックとやら、ずいぶんと自信があるようだね」

「ああ、お前如きに負けるほどよわかねえ」


 ゲオルグの額に青筋が走る

「ほう・・、まあいいよ。尋常に勝負!」



 そういって戦いが始まる。

 最初はストマックの炎弾。


 だがそれはゲオルグが難なく躱す。


 かわされた弾はゲオルグの後ろの三年寮に激突した。


 今度はゲオルグの攻撃。ゲオルグは剣で攻撃する。なんと真剣だ。

 突き、突き、突き。出どころのわからない剣捌きは、ストマックを迷わせるのには十分だった。


 おそらく身体強化を使っているだろう。


「スキル・縮地しゅくち

 ゲオルグがつぶやく。


 一瞬でストマックの近くに立ち、その低い姿勢のまま、足を切りつけようとする。


「おおっと!」

 ストマックの大勢が大きく崩れる。


「ストマックくん!」

 ルイが助太刀にいこうとするが、俺がそれを静止する。


 少なくとも相手が卑怯な手を仕掛けてこない限り、こちらから助太刀に行くべきではない。


 ストマックはまるで糸に操られたかのように後ろに倒れ込みつつ足を浮かせ、宙返りして難を逃れる。

「―・・・・ 」


 そして何かをつぶやいたのを、俺は見逃さない。


「スキあり!」

 ゲオルグがトドメの一撃を空中のストマックに放つ。


「俺の勝ちだな」

 ゲオルグがストマックの喉元に剣を突きつける。

 が、ストマックの残像がハラリと四散し、そこには糸が形作った人形が転がる。


「な!」

「残念、俺の勝ちだ」

 ゲオルグが後ろを向くと、ポケットから取り出した魔法の杖を突きつけるストマックの姿があった。


 魔法の杖は、魔力の精度を高めるのに有効な道具であり、かつ自分の魔力が誰を標的にしているかを相手に示す事ができるため、このように決闘では、魔術師からの降伏勧告としてよく用いられている。


「俺の言う事を聞け!今すぐ剣を捨てろ!」

 そう、ストマックが告げると、


「いいや、そうはならないな」

 余裕の笑みを浮かべるゲオルグが返す。

「後ろを見てみろ」


 ストマックの後ろには、ゲオルグの取り巻きがみな杖をストマックに向けていた。

「こういうこともあろうかと策は練っておいたのさ。残念だったな。お前は最期まで手のひらの上なんだよ!ハッハッハ」

 ゲオルグが一騎打ちで負けかけたとは思えない高笑いをする。


 こちらの計算どおりに事は進んでいるのにもかかわらずに。



「まあちょっとだけ痛めつけてやるよ。やれ!」

 ゲオルグが取り巻きに指示する。


「さっさと降伏しろ!」

 そういって取り巻きたちは後ろのゲオルグに飛んでいかないよう、ストマックの下半身を狙い氷弾を放つ。


「スキル・幻惑デレードオブの糸イリュージョン

 ストマックは、飛んできた氷弾を寮にあらかじめ張っておいたスキルの糸を引っ張って移動し、上空に逃げる。


「誰が降伏するんだお前らなんかに!」

 ストマックが言い、再度魔法を放とうとする。


 しかし剣を捨てたゲオルグがストマックに高精度ファイアーアローを放つ。土魔術と火魔術をかけ合わせた技だ。そしてこの魔法は上位種で、通常は7級相当だが、高精度となると3段相当の難しい技なのだ。


「あぶね!」

 それをストマックは糸でギリギリ防ぐが、他の魔法も飛んできたので止むなく糸で殻を作る。



 潮時だな。


「まあ待て、済まなかったストマック。今回は俺が出る」

「いや、まだ行けるぞ!」

 火魔術の陽炎によって空気の流れを変化させ、殻の中にいてもはっきりと俺だけに聞こえるように大きくなった声は、若干の焦りを孕んでいた。


「いいや、今回は元はといえば俺が悪いんだ。相手も卑怯な技を使ってきたんだ。こっちだって助太刀させてくれ」


「お前は今回よくやったよ。それに正直、嬉しかった。お前が俺のためを思ってやってくれたことだしな。だからお前に俺の尻を拭ってほしくない。俺が原因なんだ。頼む。俺にやらせてくれ」


 その会話の間にも、ストマックの殻には魔法が突き刺さる。

「どうした!早くでてこい!」


「わ、わかった」

 一瞬考えたが、ストマックは同意した。


「ああ、ありがとう!存分にボッコボコにしてくるぜ!」

 俺の本心。前世とは違い、打算ではなく初めて”仲間”を信頼して言った言葉。初めて見返りを求めなかった言葉。


 その言葉が肯定されたことが嬉しかった俺は、ゲオルグを目一杯睨みつけた。



「最終勧告をする。決闘の邪魔をするな。武器を捨てろ」

 俺が告げる。


「んだと貴様あ!」

 ゲオルグがキレる。


「お、俺も出るよ!」

 エドワードが俺を心配する。


「いいや、ココは俺自身でやりたいんだ」

 俺はそういうと、窓枠から飛び出していた。



「なんですかご領主様。邪魔しないでくださいよ」

「最初に邪魔をしたのはアンタだ。ゲオルグ。認めろ。お前は負けた」

 俺は淡々と事実だけを述べる。


「ほう、それは認めかねますなあ。あそこの坊やも、もう戦う気はなさそうですしねぇ」

「いいや、ストマックは俺の隣にいるだろ。見えないのか?」

 そういうと、ゲオルグはぎょっとして、俺の隣に降りてきたストマックを見る。


「ふん、まあいい。ここで勝った方が将来のティルス領主ですね?カイ様」

 ゲオルグが勘違い妄想を展開しながら俺に尋ねる。


「そのような約束は出来かねるな。先輩。いや、ゲオルグ・バーボルシュタット。そんな口約束如きで将来のティルス、ひいてはブルガンディの未来を決めるなど」

「そ、そんな口約束・・・」

 ゲオルグの額に青筋が走り、オーラが怒りに変わる。


「大体なんなんだ、どうせお前は横のストマックとやらのガキ大将の下位互換なんだろうし」

「へッ。カイは俺よりも何万倍もつえーわ。勘違いすんなよゲオルグ。まあ存分に楽しんでくれ。地獄をな」

 そう、捨て台詞を吐き、ストマックは身を殻で包む。


「に、逃げるか!卑怯者!」

「そうじゃねえ。巻き添えはごめんだ」

 殻の中から、ストマックが答える。


「ま、巻き添え?」


「まあ、存分に俺の新しい魔術の実験台になれることを喜べ!ゲオルグ。ティルスとブルガンディがブラッドリーとバーボルシュタットのどちらにふさわしいか教えてやるよ」


 そして俺は、魔法の発動時の能力で三メートルほど空中に浮かび、ゲオルグを見下ろす。


「身の程を思い知れ!風林火山ワースオブスピリット!」


 実験なので無詠唱ではなくきちんと詠唱して唱えた魔力の衝撃波は同心円状に広がり、取り巻きごとゲオルグを発動範囲に取り込み、発動する。


 風、火、土の混合魔術で、俺の編み出した新術式。たまたま見つけた文字列を小学校で一回試して大惨事になった技だ。


 本来は風の斬撃も付いてくるこの魔術は、火の魔術によって火薬を爆発させ、風の魔術の衝撃波と折り込み、敵を吹き飛ばす最上位種の魔術。それをの大きさでブチかます。



 ドガアアアアアアアアアアアアアアアン!



 凄まじい衝撃波を放ったその魔術は、ゲオルグとその取り巻きを吹き飛ばし、後ろの壁に思いっきり叩きつける。


 地面にはクレーターが空き、洗濯物を干す物干し竿もものすごい速度で吹き飛んでいった。


 ビターン!


「ガハッ」


 血を吐いたゲオルグはその場に蹲る。みんな即死はしないようには心がけたので、これは差詰食道が傷ついた程度か。


 俺は壁にもたれ掛かるゲオルグに近づき、言う。

「二度と俺達に決闘なんぞ仕掛けようとするな!」

「くそ、こんなこと・・・。お父様に言いつけてやる!せめてストマックやらという下級生は排除する・・・」


「んだよるっせえな!もう一回喰らいたいのか!ああ?」

 またストマックに失礼なことを口走ったので、脅しをかける。


「も、もうしわけごゔぁいまふぇん・・お、おゔるじよ・・・」

 恐怖から呂律が回らないゲオルグに、ストマックが語りかける。


「だから言っただろ。ゲオルグ。カイは俺よりも何万倍も強いって」


「まあお前らの治癒はかけておいた。目障りだからさっさとここから立ち去れ」


 そう、俺が半ば脅しのような文句を立てると、悲鳴を上げながらゲオルグたちは去っていった。



 ゲオルグたちが去ったあと、俺は周りを見渡しながら、思う。

「やっちまったなあ」


 三年の寮と二年の寮は壁が一部崩れ落ち、一年の寮は半壊している。

 俺は中庭にポッカリと開いたクレーターを見ながら、絶望するのだった。

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