12 ヤなやつ
そういって笑みを浮かべる男、ゲオルグ・バーボルシュタット。俺は一刻も早くコイツから離れたかった。
「いいですよそんな、敬語なんて・・・」
「おや?どうやら未来のご領主様は物わかりが少々お悪いようで?」
そういって、ゲオルグは俺にどんどん青ナスのような顔を近づける。
いやなオーラが滲み出ている。
また俺の脳内にちらつく前世の残像。何回目なんだほんとに。
俺に借金を背負わせて、傭兵に堕とされるきっかけを作りだしたあの部下。
もう名前も覚えていない。
「あいつも、こんな感じの性格だったなあ」
口ではこういうものの、内心は焦りと苦痛に塗れている。
逃げたい。
離れたい。
「おーいカイ!一年の部屋はあっちらしいぜ!」
そんな俺にストマックが声をかける。
助かった。
お前天才。
「いやいやそこの下級生くん。今私はカイ様とお話しているのです。あとなんだいその口調は?目上の人に対する礼儀がなってないんじゃないか?フルネームを教えてくれ、私からお父様に話をつけておいてあげよう」
ゲオルグが言う。
「俺のフルネームを知ったら何になるんだ!それとカイが困ってるじゃないか!」
ストマックが怒る。
「ふーん、このゲオルグ・バーボルシュタットに喧嘩を売るんだ。いいよ、さあ早く、フルネームを言いなさい。さもないと決闘で決着をつけることになるよ?」
こいつのお父さんとやらはどんな奴なんだ?ダンにも対抗出来うる人物なのだろうか?
「俺のフルネームは、言えない」
俺がそう考えていると、ストマックが今まで聞いたことのない冷たい声色で言う。
「ええ、怖くなっちゃったの〜?まあしょうがないよね、謝ってくれるなら――」
「決闘だ」
ストマックが済ました顔で言う。おいおいイケメンが廃るぜ?お前はクラスでヘラヘラ笑うモテヤンキーポジションだから輝くんだよ。
「ふーん、僕に決闘ね?いいよ、ブルガンディ議会議長、イデロ・バーボルシュタットが
そういってウィンクを残すと、センター分け青ナスは去っていった。
「いいのか?お前、決闘なんて」
「ああ、ファミリーネームを聞こうと迫ってくる奴には力で勝ってひれ伏せさせろってお母様が」
「ええ・・・」
ストマックはどうやらなかなかいいクセの貴族家の出身みたいだ。
「で、一年の寮はどこなんだ?」
「あ、どこだったっけ」
「ええ・・・」
こいつに入学許可を取らせた校長を今すぐぶん殴りに行きたい。
こいつ今んとこ学校の害にしかなっとらんぞ。
「おーい、なにしてるんだ!早く荷物置きに来いよ!」
金色の短髪をなびかせ、寮内の扉からひょっこりと顔を出したルイが言う。
「ああ、わかった!おら、ストマック、行くぞ・・・ストマック?」
ストマックに呼びかけるも、ストマックは気の抜けた顔で地面を凝視している。
「おい、どうしたんだ?」
俺はストマックの肩を揺さぶる。
「あ、悪い。考え事をしていたんだよ」
ストマックが、似合わない丁寧な言葉遣いで俺に返す。
そして立ち尽くす俺を尻目にズカズカと歩いていく。
「お前、見栄張ってるだろ・・・」
俺のつぶやきは聞こえているのかわからない。
風でローブが靡くイイ男の後ろ姿は、俺の記憶の誰かと重なり合う。
俺の胸を、一抹の不安がよぎる。
「おーい!カイ!」
ルイが呼びかける。
「ああ、すまんすまん」
どっかで見たことあるんだけどなあ。
そう思いながら、俺は風の強い中庭を進む。
胸に取り残される不快感を思い出せないことに不思議がりながら。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
俺達は、貴族学校らしく一人に一つ与えられた部屋に荷物を置ききり、一年寮のリビングに集まっていた。
「あー、それにしてもいろいろあったね〜」
開口一番、紫のマッシュヘアー、エドワードが椅子に座って言う。
「そうそう、ゴブリンの返り血を浴びた時はびっくりしたよ」
ルイが同意する。
「そういえばストマックが先輩と決闘の約束を取り付けてたぞ」
俺が寝転びながら気だるそうにこの事実を述べる。
「「は?」」
「ああ、あいつが俺に喧嘩売ってきたからな」
風呂に入ったのか黒髪を濡らしたストマックが言う。
「いやむしろ俺に売られた喧嘩をお前が勝手に買っただけだろ・・・」
「そうだ!お前に売られた喧嘩は俺の喧嘩だ!」
ドヤりながらストマックがジャイ◯ン理論を展開する。
「え?先輩に喧嘩を売られたのか?」
ルイが俺の顔を覗き込みながら言う。
「ああ、多分俺が領主の息子だから嫉妬してるんだろう。それと多分俺の家族から領主の座を奪う気だな」
「あ、それバーボルシュタット家の奴だろ?」
エドワードが言う。
「知っているのか?」
「ああ、バーボルシュタット家は元貴族の出なんだが、数世代前に貴族ではなくなった。その原因がカイのブラッドリー家で、もともとブルガンディ全体の領主だったバーボルシュタットは、ティルスの里長とブルガンディの領主を兼任するようになったブラッドリーに取って代わられたのさ」
「へー、よく知ってるね」
俺が感嘆する。
「俺の父さんも、一方的にブラッドリー家に敵対するバーボルシュタットに手を焼いていたからな」
エドワードのお父さんはブルガンディ議会の執政官だ
「すげえや。貴族のことなんてなんにもわかんない。僕、この先どうやって生きていこう・・・」
暖炉で身を温めるルイが青い顔になる。ルイはこの中で唯一の農民出身だ。
「大体元から貴族なのはカイだけさ・・・ってストマックも貴族か。そういえばストマックのファミリーネームは何なんだ?」
「それを聞かれると今度はお前とも決闘しないといけなくなるなエドワード。すまない。俺は家訓でファミリーネームを明かしてはならないんだ」
「ふーん、家訓なのか。てことはストマックはいいトコの出身なのか?」
「ま、まあそんなところだ」
絶妙に気まずそうにするストマック。助け舟を出してやるか。
「そういえば決闘って何すれば良いんだろう」
「あー、そういえば。何をもって決闘となすんだろう」
ストマックが同意する。助かったな。
「剣術と魔術を使って相手が降伏するかノックアウトするまで殴り合うのさ」
ルイが言う。
「お、よく知ってるな」
「まあ僕は農民の出だからね。よく近所の村の子に決闘を申し込まれてたんだよ。ボコボコにしたけど」
ルイが邪悪な笑みを浮かべる。
ヒェッ。ルイは武術が得意だから、近所の子は完膚なきまでに叩きのめされたのだろう。コイツも貴族学校に入学できるぐらいには天才だし、近所の子に後遺症が残っていないか心配である。
「ならヨユーだ!そもそも俺に勝ったことがあるのはカイとエリだけだしな!」
いやいやお前エリにはワザと負けただろ。
「まあストマックは強いから大丈夫だよ。心配することはないよ!」
「ああ!」
俺のお墨付きをもらったストマックが満面の笑みを浮かべる。
「それはそうとして、ゲオルグ先輩ってほんとにヤなやつだよな」
エドワードが暖炉に薪を放り込みながら言う。
「そう、いっつも下級生を見下してきたよな!」
ルイが激しく同意する。
「え、お前らあの先輩と話したことがあるのか?」
俺が驚いて聞く。
「ああ、お前らが上の学年に飛び級してた時に、俺達はあいつの学年と魔術練場が一緒だったんだよ。その時にあいつ、「ボクは優秀なんだからこの施設を優先的に使う義務があるんだ!」って俺達の練習場所を奪ったんだよ。鼻につくったらありゃしない」
「でもその時はアデレードが怒ったら顔を真っ赤っ赤にしてどっかに行っちゃったんだけどね」
「そんなことがあったんだ・・・」
「そんなわけだから、ストマック、君があの先輩に負けて見ろよ。そん時は僕は君ををぶん殴りに行くぜ?」
ルイが優等生系イケメンをかなぐり捨てた邪悪な笑顔で言う。
「ああ、わかった!任せとけ!二度と立ち直れなくしてやるよ!」
眩しい笑顔でストマックが同意する。
「よし、そうと決まったら早く寝るか!明日は初めての授業もあるしな!」
エドワードが告げる。
「ああ、そうだな。頼むぜストマック!」
こうして俺達は眠りに就いた。これから起こる波乱も知りえずに。
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