第二章 タイトン国立貴族学校編

10 旅路

「ねえねえカイくん。カイくんは貴族学校で何がしたいの?」

「んー、剣術!」

「ストマックくんには聞いてない!」


 冬が終わり、まだ残雪が残る春。俺達を乗せた金色の紋章が先頭に刻印された大型の馬車は、護衛の騎士と魔導士を脇に二人づつ従える。物々しい集団はこのティルスを出発し、首都タイトンで待つ国立貴族学校へと出発した。


 タイトンまでは2ヶ月。まだ親元を離れたばかりである8歳の俺達にとってはあまりにも長旅だ。



 俺達はティルスの小学校の成績優秀者だ。


 上から順に、


 俺、カイ・ティルス・ブラッドリー(男)


 親友(?)ストマック(男)


 親友(?)エリ・コークス(女)


 エドワード・ブリュッセル(男)


 エルマンダ・オルテグード(女)


 ルイ・デジョン(男)


 ジェイダ・ファルジー(女)


 アデレード・フォスクルックル(女)


 の八人である。



 一年前、俺は家中のメイドと決闘し、殺した。

 その際、俺の投げたショートソードとルルの作り出した火球の衝突で、とてつもない轟音が里中に響き渡った。そのせいで、俺の存在が里内に知れ渡ってしまった。もしティルスの里に迷い込んでしまったら、「「神童」の部下です。」と里民に言ってみてほしい。きっといい返事が得られるはずだ。


 あのあと、じいちゃんは俺達に平身低頭していた。聞いている感じ、昔の政敵であるルルをなんとか更生させたかったみたいだが・・・。少々やり方が荒すぎた。ダンがここまでブチギレているのを見たのは初めてだった。まあ怒るのも無理はないが、ダンはどうやらルルの件以外でも怒っているようだった。


 もしかすると、あの二人は仲があまり良くないのかもしれないな。



 そう考えながらぼやっとしていると、横から小突かれる。

「おいカイ!」

 ストマックが鼻息荒く俺に告げる。


「なんだよ?」

「今度こそ俺が首席で卒業してやるからな!見てろよ!」

 そういってストマックが腕を組む。


「ああ、それができたらな。まあ勝てるとは思わんが。存分にかかってくるといい」

「そうよ!アンタがカイくんに勝つなんて百年早いわ!」

 エリが肯定する。


「う、うるせえな!エリはずっとカイの味方じゃねえか!卑怯だぞ!」

「でもカイくんの方が強いのは事実よ!」


 ありがたいこったい。やっぱりおさななじみっていいね。



 因みに卒業時の成績は俺の圧勝だった。まあ無理もない。ストマックは社会術が苦手だが、俺の脳内に苦手など無いからな。算術だって微分積分の世界からやってきたんだ。ストマックが勝てるわけがない。



 今度も俺が勝つ。そう、心の中で決心した。


 そして、ふと気づいた。


 俺に今までいなかった、切磋琢磨できる存在が、眼の前にいることに。


 俺に今まで封印されてきた、「闘志」が燃え盛っていることに。


 俺はストマックを見つめてみる。


 ストマックは、どこか寂しい微笑を横顔に浮かべる。


 それは、俺から首席を奪えない悔しさか、はたまた別の何かかから来ているのかはわからない。


 ストマックは、まだ自分のファミリーネームを明かしていない。


 前世の俺なら、そんな不気味なやつとは近づかなかっただろう。


 俺は、変わった。そして、変わり続ける。


 それでも、この友情は変える気はない。



 俺の笑みに気づいたストマックも、俺にニカッと眩しい笑いを返す。


「お前が素直に笑うなんて珍しいな!」

「・・・るせえな」

「えー、ストマックくんだけずるい〜、エリにも笑ってよ〜」

「いいや、カイは俺のもんだ!」

「いいえ、カイくんはエリのよ!」


 そういって、カイとエリは俺の逆側の手を持ち、渾身の力で綱引きを開始する。

 腕が千切れそうだ。


「ス、ストップ!腕がちぎれるよ!」

 俺がそういうと、


「「カイはどっちの「なんだ?」「の?」

 二人が俺に聞く。


「あー、ど、どっちものだよ〜えへへ」

 俺は苦笑いをしながら返す。


「じゃあ、今は俺のカイだ!エリは後でな!」

「いいえ、あなたこそ後でよ!」


 そういって、幼馴染は懲りずに喧嘩する。


 微笑ましいもんだ。



 そう思いながら、俺は眼下に広がる黄金色に輝くライ麦を見やる。

 ブルガンディは二期作の地帯だ。


「ここも、一旦は見納めだな」

 そう呟き、俺はほうっと溜息をつく。



 馬車は夕日に照らされる一本道を進み続ける。地平線を越え、さらに先へ、先へ。延々と続く黄金色の先には何があるのか。


 俺はまだ、知らない。


 この世界でも、まだまだ知らないことだらけだ。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 すっかり日が暮れて、フクロウが鳴いている。


 俺達は宿場町に到着した。この町を超えると、もうブルガンディ地方、ティルスではなくなる。

 俺はベッドの上で膝を抱えながら、この先の未来について考えていた。


 首都に行ったら、まず、転生者についての情報をさがす。


 俺に本当に救世主としての任務が帯びているのかを確認するのだ。


 さらに俺の血筋についても調べるつもりだ。

 そうすればじいちゃんがルルを雇った意図が見えるかもしれない。そもそもじいちゃんは本当に里長だけの役職なのだろうか。


 俺は違うと見ている。例えば、ルル。


 素人目の俺でもわかる。ルルのスキルは異常だった。だが、あの力を我が家の使用人程度に押し込めるじいちゃんの力はもっと異常だ。


 今思えば、ルルも被害者だったのだろうか。じいちゃんに無理やり使役させられ、我が家の使用人となったのだろうか?


 ルルが生きていれば、聞けたのだろうか。だが、その身に刻まれた思いはもう誰にも伝わることはない。


 惜しいことをしてしまったのかもしれない。


 今になって後悔が俺の体を蝕む。



 そしてその根拠はもう一つある。


 我が家だ。我が家には秘密の空間がある。二階の俺の部屋の更に一つ奥。俺の部屋は角部屋のはずなのに、その壁は叩くと響く。秘密の部屋だ。


 そして偶に人のくぐもった声が聞こえる。そしてわずかではあるが、魔力も感じる。


 さらに我が家の装飾には、都の技術がふんだんに使われている。


 都の伝統工芸と授業で教わった龍と龍人族の装飾。それも巨大なのが大広間の天井に描かれている。

 その他にも、都だけの技術が家の至る所に施されているのだ。


 もしかすると、じいちゃんは都の中でも相当の実力者の可能性がある。


 いや、最早断定してもいい。はっきりいって異常だ。いくら一地方の中心都市とはいえ、あそこまで豪勢な装飾を片田舎の豪族が施せるわけがない。


 謎は深まるばかりだ。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 翌日。


 ついにティルス領を出た。


 ティルスの先はヴィルヌーブ地方。中心都市は最近になって体制を整えだした森のど真ん中の新区画、冒険者の町ジエニューだ。


 このあたりにはツンドラの大森林が広がる。

 大森林の名を「幼気の森いたいけのもり」またの名を、”思いの果てる亡霊”という。


 数世代前までは忌み地として恐れられてきた、ダンジョンの混在する森だ。


 今なお数千年前の未踏破ダンジョンが眠り、一説には原初の魔王、サタンの隠れ家があるとされる。


 そのことからこの地域は冒険者によって栄えている。



 昔、首都を追われた人々は、この森を経由してまだオルタン共和国の領土ではなかったブルガンディに抜け、そして隣国のソゼウ王国に逃げ込むルートを取ったらしい。

 なぜならこのルートには衛兵が極端に少ないからだ。


 それもそのはず、この森があったからだ。装甲馬車でしか通り抜けないこの地に衛兵を生身で配置すると、必ず魔物に食われる。


 魔物に食われるだけならまだいい。だが、この地には人狼が住み着いているのだ。人狼とは獣魔族じゅうまぞくと呼ばれる、魔族と魔獣の両方の性質をもった、人間や魔族に敵対する種族の中でも最も恐ろしい存在である。人狼に食われたものは、食われて肉が無くなった骨が再構成され人狼としてまた活動するのだ。


 そんな未開の地に踏み込んだ逃亡者、もといその家族は、助けを求め叫びながらこの森を彷徨う。

 その叫びは、さながら亡霊のよう・・・。


 逃亡者は、自分の理念を追い求め首都に乗り込むも政敵によって敗れ、自分の理念を必死に達成させるためにソゼウ王国に逃亡を図るが、その志半ばでこの地で力尽きる。


 このことから、この土地は思いの果てる亡霊と呼ばれるようになったのだ。


 不毛の土地であったのだ。


 だが、そんな悲劇の土地にも、脚光が浴びる。


 この世界最強の5大王の中でも別格の存在である、我が国の誇る天才発明家、”狂気王”アラステア・ジルス・グラックス。

 このアラステアの世界最大の発明、魔法陣結界によってだ。


 魔法陣結界により、安全にこの道を行き来することが可能になったのだ。


 そしてこの地を伝い、元々ソゼウ王国の領土であったブルガンディ地方はオルタン共和国に併合、開拓され、今なおソゼウ王国との戦争は終結していない。ティルスの里に軍があるのも、ソゼウ王国との戦争中だからなのだ。


 ココから見えるこの街の防衛戦である山城、エル・コスタ城もソゼウ王国から幼気の森の結界を守るために築城されたものだ。


 もっとも、今は休戦中だが。



 とはいえ、魔法陣結界を張っていても、所詮は薄い魔力の壁、結界に引っかからない魔物もいる。


 なので、此処から先は細心の注意を払う必要があるのだ。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 俺達は深い森の中を進む。


「前方!敵襲!」

 騎士の一人が言う。

 俺達が視線を前に向けると、小鬼族ゴブリンの群れが、こちらに向かってきていた。



 「ウガアアアア!」



 シュパン!

 騎士がゴブリンをいとも簡単に切り捨てる。



「ヒッ!」

 茶髪の女の子、アデレードが悲鳴をあげる。


 何しろ、切られたゴブリンの返り血が馬車にべっとりとついていたのだ。



 この日の襲撃はこれで終わった。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 この地方の中心都市、ジエニューの宿屋。


「もういや!帰る!」

 アデレードが叫ぶ。さっきの光景がトラウマになったようだ。完全なホームシックだ。


「どうやってかえるのさ!馬車は先に進むぜ?」

 ストマックが諭す。

「そうだよアデリー。あと少しなんだ!」

 金髪の男子、ルイがストマックに同意する。


 そうだ、実際あと少しなんだ。ここを抜ければナデリー地方。その次はもう首都特別県だ。


「大丈夫よ!たとえどんな敵が来てもカイくんが倒してくれるわ!」

 エリがおもむろに言う。


 全員の視線がこちらに向く。

「カイくん・・・ほんと?」


 おいおいそんな目で見るなよ・・・興奮しちゃうじゃないか・・・。

「ああ、大丈夫だ。俺は去年人を殺したからな」


 俺以外の全員が凍りついた。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 翌日、俺達は無事森を抜けた。幸い、襲撃はなかった。


「カイくんにビビって、魔物も襲ってこなくなったわね!」

 エリがまるで自分の手柄のように言う。


「それはラッキーだっただけさ」

 俺は謙遜する。


「でも、森を抜けたってことは、あと1週間後にはタイトンだよな!」

 紫の髪、エドワードが俺に尋ねる。


「ああ、そうだな。しかも次に里に帰るのは2年後だし。あと二年はこの森を見ずに済むぜ」

 俺達ブルガンディ組は、二年の周期で貴族学校から帰省をする。


 基本、里に帰れるのはこの二年周期の帰省だけだが、里長が発する緊急帰還命令によって強制送還されることもある。


 俺達は大人と子どもの間として扱われるため、結婚やタバコ、酒はだめだが、仕事や日雇いに親に無断で就くことができる。


 ここまでくると、みんなどんな仕事バイトに就くかで楽しみになり、森のことなどすっかり忘れていた。




 2ヶ月後、俺達はついに首都、タイトンに到着した。

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