7 いじめ

 そんなこんなで俺達の学校生活は進んでいったのだ。




 そしてそれから数日たったある日、社会術の授業を受けていたときだった。



「だから魔王は世界に6人おり、溢れ出しそうな魔力をこの世界の中に閉じ込め、太陽の守護者として悪魔と契約をしたのです。はい。これで授業は終わり。あと帰る前にコークスさんとブラッドリーくんとストマックくんはデルヘン先生のところに行くようにしなさい。」


 そう言われて俺達は顔を見合わせた。



「おれたちなにもしてなくないか?」

 俺が問う。


「そうだよな。なんで呼ばれたのかまったくわかんない」


「うん!なんにもしてないよ!!」

 そうだよな、俺達が問題を起こすわけな――


「カイくんとストマックくんは私を助けてくれただけだもん!」


「「あ」」


 そうだった。めちゃくちゃ暴力事件を起こしていた。




 案の定、指導室にはそれぞれの親が、それも俺とストマック以外のだが――が集結していた。


「なんでここに呼ばれたかわかるか?」

 デルヘンが冷たい声で言う。だがそれにしてはオーラは情熱を帯びている。


「お前たちが、才能を過信して上級生をいじめたと連絡が来た」

 うーわ、やってんなあコイツら。嘘の報告か・・。


 もう、眼の前にいるガキどもの芯は成長しきっていた。とんでもなくいびつな形に。


「もし本当なら然るべき処分をしなければならない」


 うーん、面倒な事になったな。ここは四歳児という外面を殴り捨ててでも勝利せねばなるまい。


 そう思っていると、おもむろに相手側の女性が立ち上がって、剣が跳ね返った傷がまだ治っていないのか、頭に包帯を巻いたガキを抱き寄せながら言う。


「本当に決まっていますわ!ウチのアンディちゃんがそんなことするわけございませんもの!」

 そういってビシッっとこちらに人指し指を向けて、そいつが言う。


「そのようなことはありません!カイくんはいじめっ子からわたしをたすけてくれただけよ!」

 目に涙を溜めながらエリが言う。


「なにを盲言を垂れ込んでいるの?」

 怒れる御母様は続ける。


「そんなことを言うならそこの小娘も同罪よ!早く謝りなさい!大体何なのあなた達は!この私、アヴィゲイル・ナプナリーゼルが誰の娘で、誰の夫かご存知?大司祭ルグンドの娘で騎士団長ヘルメス・ナプナリーゼルの妻よ!」

 ここまで必死に言ったあとデルヘンをウインクしながら一瞥する。が、デルヘンは表情を崩さない。


 なんなんだコイツは。


「さあ、早く謝って頂戴!」


 そう、アヴィゲイルが言うと周りの保護者も口々に同意する。


「そうだそうだ!」


「突っ立ってないでなにか言いなさいよ!」


 そして子どもたちは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


 ああ、うっとおしい。


 そして肩身の狭そうにしているエリの家族を尻目に、俺は口を開く


「あのですね――」


 そう言おうとした瞬間、ドアが勢いよく開いた。


 開いたドアからは、走ってきたからか肩で息をしており、一つに結んで肩まで下げた長い銀髪を揺らす美青年が飛び込んできた。



 ダニエル・ティルス・ブラッドリーは怒りで頬を紅潮させていた。


 ダンは口を開く

「カイ!お前が上級生をいじめたとは本当か?」


「ええ、そうですわ!証拠がありますもの」

 アヴィゲイルが頬を紅潮させながらダンに言う。


 コイツ既婚者だろ。


「なら俺はこれからお前を息子だとは思わない」


「ええそうよ!あなたはこの子の父親になるのだから!こんなバカ息子と妻なんか捨ててしまいなさい!」

 アヴィゲイルが爆弾発言をかます。


 場が凍りつく。幸いにもダンは聞こえていないようだ。


 アヴィゲイルは確かに容姿も整っていて、顔もいい。だが、確実にエリナ以下だ。

 まあもしエリナ以上の女性が現れてもダンは見向きもしないだろうが。


 だが今はそんなことを思っていても埒が開かない。


「・・・反吐が出ますね」


「ああ?」

 ダンが凄む


「こいつらが先にエリをいじめてきたから僕とストマックくんがエリを助けただけです。面白かったですよ。僕の作り上げた自然結界でエリを殴ろうとした木刀が跳ね返って痛がっている姿は!」


 全員がぽかんと口を開ける。


 そしてダンが、俺に問う。

「・・・そう、なのか?」


 それを見たアヴィゲイルが反論する。

「なによ!この私よりもそのバカ息子の方を信用するの?」


 アヴィゲイルは完全に色気モードに入っている。


 一体何なんだコイツは。


 ああもう、他人付き合いはこれだから嫌なんだ。すーぐにこうやって有象無象が俺の平穏な生活を妨害する。


 呆れた俺が口を開こうとすると、


「あなただってそのわたしをいじめた子からのじょーほうじゃない!カイくんがいじめなんてするはずないじゃない!いいかげんにしてよ!」

 そう一気に言うと、エリは泣き出す。


「カイくんが・・・カイくんがいじめなんて・・するわけ無いじゃない!」

 泣きながらも四歳児らしからぬ毅然とした態度で、エリは言う。


「なにをこの小娘・・・ちょっと親御さん。あなた達娘の教育がなってないんじゃありませんの?」


「そのような事実はないように見受けられますが?むしろいじめを行っていたのはあなたたちのようですわね」

 エリのお母さんが怒りをにじませながら言う


「なによアンタ!この私に逆らうっていうの?」


「逆らうも何も、何も悪くない娘を褒めこそすれ、叱責をしようとは思いませんが」

 エリに似た毅然とした態度で、エリのお母さんが返答する。


「ッ・・・よくわかりましたわ。あなた、エレン・コークスね?悪いことは言わないから私の言うことを肯定しなさい!」


「というと?」


「私の夫はですの。まあ肯定してくださったら夫にあなたを昇進するよう――」


「私はですが」

 エレンがそれを遮る。


「フン!魔導団も騎士団も微々たる違いですわ!しかも私のお父様はでこの里長と近しい存在ですの。この意味はおわかりよね」

 ドヤ顔でアヴィゲイルはそう告げる。


 盲言を垂れたかと思えば息を吐くように父と夫の役職を間違え、あまつさえ魔導団と騎士団を同じものだという。

 この女、ポンコツ過ぎないか。


「あのですね――」

 俺が口を挟もうとしたその時、


「なるほど、大司教と騎士団長は妻の盲言によって下の者の地位を決定するのか。よく覚えておこう」

 ダンが有無を言わさない口調で言った。そのオーラには静かな怒りが刻まれている。

 ダンは俺が産まれてから、うねっていた芯はまっすぐに矯正されていた。


「あら、あなたもおわかりになるのね。この私の――」


「地位の降格を検討しておくことにしよう」


「は?」

 場にいた全員が固まる。エリのお母さんと俺とストマックを除いては。


「俺の名前はダニエル・ティルス・ブラッドリー。この里の軍団長だ」


「ぐ、軍団長・・・そんな、そんな、降格なんて・・・で、でも、お父さんはこの里町と――」


「ここの里長は俺の父で、ついでにここのカイの祖父だ。そして、これを見ろ」

 そういってダンはおもむろに胸から一枚の紙を取り出し、アヴィゲイルに突きつける。


「な、ジ、ジルス・・・」

 そういってアヴィゲイルは口をパクパクさせながら、ストマックとその紙を交互に見る。


「ちょ、ちょっとダン叔父さん!」

 何故かストマックが狼狽する。


「大丈夫。君の母上からは了承をもらっている。心配するな。・・・さて、アヴィゲイル・ナプナリーゼルと言ったか?なにか弁明はあるか?」


「そ、そんな私のアンディが・・アンデルソン・ナプナリーゼルが嘘をつくはずがありません!」

 信じられないくらいの金切り声で、アヴィゲイルが言った。


「そ、そうです!僕は嘘をついていません!おい、いい加減にしろよ!エリ・コークス!母上の前でそんな軽々しく嘘をいうな!」

 そういってアンデルソンが反論する。


「カイ・ブラッドリーがあなたを攻撃するのに使った呪文はなんですか?」

 急に話に割って入ってきたデルヘンが静かに質問をする。


「コ、コイツは俺に岩飛ばし魔法ロックスキッピングで俺のおでこに岩をぶつけてきたんだ!」

「まあなんとかわいそうなアンディちゃん!!!」


 そういって泣きながらアヴィゲイルはアンデルソンに抱きつく。

 見事なまでのマッチポンプだ。


「み、見たでしょう、アンディちゃんが嘘をつくわけ――」


「直前呪文の結果、カイくんの証言が正しいことがわかりました」

 冷たい口調で、デルヘンが告げる。


「ショ、?」


「この学校の杖には呪文吐き戻し装置がついています。カイ・ブラッドリーが所有する杖からの直前呪文はカイくんの証言が正しいことを裏付けており、反対にあなたの息子さんが嘘をついているとの裏付けにもなっていますね。」


「な、ならショック呪文とやらが悪いんだわ!そ、そうに違いないわ!あ、アンディちゃんがいじめなんてそんな・・・」

 青い顔でアヴィゲイルが言う。


です。つきましては、ここにいる加害者側の生徒四名は今日を持ちまして退学となります」


「そ、そんなあ!」

「厳しすぎるじゃないか!」

「再審議を要求する!」


 加害者側からの抗議の声が上がる。が、デルヘンがそれを制する。

「静粛に願います。エリ・コークスに対するいじめは他学年の生徒から報告されており、さらに今回の虚偽の報告により、それは常態化されていると判断できるため、退学は妥当という決断です」


「そ、そんな―」


「これは決定事項です」

 そうデルヘンが言うと、口を開きかけた親はうなだれてしまった。


「じゃあ、高等貴族学校への推薦は・・」

 ハッとしたかのようにアヴィゲイルが言う。


「無論、取り下げとなります」


「そ、そんな・・・」

 そういってフラフラと立ち上がったアヴィゲイルはダンの方に歩いていく。


「わ、私の体をあげるから、なん、なんとかアンディちゃんの退学だけは・・・」

 そう、既婚者とは思えない発言をしたあと、驚きと呆れで行動ができないダンに寄りかかろうとした時、


 バアン!


 と大きな音をたててドアが開いた。

 そして、ダンとアヴィゲイルを見て、


「あらダン!もう来てたのね!その女の人は誰?」


 弾んだ口調から一気に沈んだ声で、俺の母、エリス・ブラッドリーがダンに質問する。


 その質問で我に返ったダンが、

「こ、これが俺の妻、エリナだ。そういうわけだから、お前の誘いには乗らない」

 と言い、それを聞いたエリナが


「あらあなた、アヴィゲイルじゃない。ふーん、私の夫を奪おうとしたのね・・・。あ、ちょうどいいわ!このあとヘルメス団長と会う機会があるの。言っておいてあげる。あなたのお嫁さんは私から夫を奪おうとして、あなたを捨てた泥棒猫ですよって!」


「そ、そんああああああああああ」

 そういって、アヴィゲイルは気絶した。



 因みに家に帰ったあと、ダンはエリナにボッコボコにされていた。

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