5 失敗

「私の名前はエリ・コークス。よろしくね!」

 そういってエリは俺の手を取る。


「あ、ああ・・・。」

 産まれてこの方こんな太陽みたいな笑顔を向けられることのなかった俺はキョドってしまう。


「え、えと、俺の名前は・・、カイ・ティルス・・ブラッ」

「カイ・ティルス君ね!」

 そう行って強引に俺の手を取ったまま、エリはうれしそうに飛び跳ねる。うーんぎりぎり不正解だ。人の話は最期まで聞いてほしい。


「初めてのお友達、できちゃったあ!」

 うわーうれしそう。俺が初めての友達なんだね。いや俺はすげえ心臓バクバクでそれどころじゃないんだけどね。


「え、えと、ティルス・ブラッドリー・・・」

「え?カイくんじゃなくてティルスくんなの?」

 エリがこくんと首を右に傾ける。あーいやいや、そうじゃなくて。


「お、俺の本名は、カイ・ティルス・ブラッドリーって言うんだ」

 キョドりながらなんとか自己紹介を終える。


「えー名前が3つ?変なの〜」

 そういってエリは頬を膨らませる。

 変、変ですかそうですか。まあ仕方ないね、前世から俺は異性に縁がないもんね。別に淋しくないもんね


 そんなことを考えているとエリの後ろから、金髪の男の子がひょっこり顔を出す。

「あー!君カイって名前でしょ!」


「そうだけど、君はなんて名前なの?」


「俺の名前はストマック!君はりょーしゅさんなんでしょ?だから名前がみっつあるんだよね?」

 ほう。俺が偉い人ってわかるのか。こいつはいい舎弟になりそうだぜ。


「ちょっとー今私がカイくんと話してたんでしょー」

 エリが頬を膨らませる。


「そういえばキミの名前は〜?」


 そんなのお構いなしにストマックがエリに尋ねる。こいつの頭には空気という言葉は無いようだ。


「私のなまえはエリ・コークスよ!そんなことより今は私がカイくんと話してるんだからどいて頂戴!」


 そういって、エリがストマックを押しのけようとした時、ストマックが俺とエリの肩を無理やり組んで言う。


「じゃあ、おれたち、きょうからしんゆうな!」

 大声が教室に響き渡り、他の生徒がこちらを訝しそうに伺う。


「おっとっと」

「ちょっと!なにするのよ!」


「えーいいだろー、しんゆう」

 そういって俺達がじゃれ合っていると、


「こらこら!みんな席について!」

 と先ほどのシエータとは違う、男の青色の短髪の先生が号令をかける。


「さあ、ようこそティルスエレメンタリースクールへ!ご入学おめでとう!」

 そういって先生が教壇に登る。


「俺の名前はデルヘン・ワンダラッカー。半魚人族だ。これからお前たち一年生の担当になる。」

 そう、デルヘンが言うと教室から歓声があがる。


「先生人魚なの〜?」

「すごい!人魚なんか初めてみた!」


「先生は人魚じゃない。半魚人だ。まあそんなことより、授業の説明をする。お前たちはこれから、四年間この学校に通う。ここまではいいか?」


 俺達は頷く。俺達はまだ4歳のちびっこだ。そんな俺達にもわかりやすいようにデルヘンは話す。まあ俺にとっては退屈な話し方だが。


「授業は全部で5術目ごじゅもく。魔術、護身術、迷宮術ダンジョンじゅつ、算術、社会術だ。これを一日にすべて行う。」


 へえ、科目とは言わず、術目と言うんだ。なるほど。てか、魔術と算術と社会術はわかるが、護身術と迷宮術ってなんだ?


「魔術は昔からこのオルタン共和国に伝わる秘密の術を学ぶ」

 おお、秘密。いいね。少年少女の好奇心を刺激するね。てかこの国ってオルスタン共和国っていうんだね。


 案の定、俺の周りからは歓声があがる。


「護身術と迷宮術は、魔物との戦い方を学ぶ。護身術は主に剣術を、迷宮術はもし、迷宮ダンジョンに迷い込んだときのためにどうするかを学ぶんだ。ここ、ブルガンディ地方は、いつ、どこでダンジョンが発生するかわからないし、野生の魔物もよくスポーンする。これをいっぱい勉強すれば冒険者にもなれるかもな」


 ぼ、冒険者!


 案の定、俺の周りから(以下略


「算術と社会術は、この広い世界で生きるための知恵を授けてくれる。もし仮に、これ以外の術がうまくいっていたとしても、使い方を間違えればそれはただの凶器だ。この術をきちんと習うことで君たちは大人になることができるのさ」


 俺達は神妙に頷く。


「よし、まずは護身術の授業だ!」



 そして授業が始まる。まずは護身術の授業。今日は素振りだけ。先生は人間だった。俺はブレずにできているらしい。あたりめえだ。剣で負けてたまるか。


 そして算術と社会。これはデルヘンの受け持つ授業だった。俺は算術を一瞬で解いた。社会はとてもおもしろかった。まず、この世界には中央に大きな大陸、キウェルディア超大陸がある。その中の西側に、俺達の国、オルタン共和国があるようだ。オルタン共和国は巨大な国で、王都タイトンには各国の富が集結しているらしい。


 社会が終わると迷宮の授業だ。迷宮はいつ、どこで出現するかの法則性がわかっていないらしい。これを、悪魔の気まぐれデーモンズウィンと言うとのこと。そして自分ひとりでは決してダンジョンには入らず、配られた警報装置を鳴らすことと言われた。どうやら悪魔の気まぐれデーモンズウィンの中には、人の住む集落を襲撃するものもあるそうだ。だからこの里には兵隊が存在する。このブルガンディ地方は不安定な土地であり、それはこのティルスの里も例外では無いのだ。


 魔術の授業、俺は盛大にやらかした。今日は初歩の呪文、発火の呪文を教わった。

 発火の呪文は、「この世の炎よ、我に集まれ、イグニッション!」


 ボウッ!


 それを脳内で思った瞬間、俺の頭が火で包まれた。


 なんとかデルヘンが消化に成功し、黒焦げになった俺の頭も元に戻ったが、授業はそれおしまいになり、俺はショックで立ち直れなかった。



 俺は才能が無いのだろうか。


 どうしようかと一人馬車帰りの馬車に乗って悩んでいると名案を思いついた。


「そうだ!ダンに相談しよう」



 相談は、俺にとってあまり縁のなかったことだ。


 俺はそもそも相談をしたことがない。あっても仕事の発注の確認作業のみ。


 親しい人が誰もいなかった俺は、部下にも相談できずに裏切られ、非業の死を遂げた。


 このまま誰にも相談できずにこのカイとしての人生を過ごしたら、また誰にも頼られず、そして自分も頼らない人生を過ごしてしまう。


 俺は傭兵時代に感情を捨てたつもりでいたのだが、やはりそこは異世界転生。一回他の人として過ごした人生を無駄にしてはならないと感じた。


 大西賢として生きた証のためにも、少しずつ他人と交流をしていこうと思う。



 そして夕食の時間、一家団欒。俺は、人生で初めて(賢時代も合わせて)の相談をする!



「あ、あの・・・お父様・・・」


「なんだいカイ?」

 ダンはにっこりと心からの笑みをこちらに送ってくる。


「笑わないで・・・聞いてくれますか?」

 心臓がバクバクする・・・破裂しそうだ。


「ああ、いつもは無口な息子の相談事だ。こんな俺でよければ話に乗ってやるよ」

 ああ、これなら話せるかもしれない。


「実は・・・


 こうして俺は事の顛末てんまつをダンに話した。


 ・・・ということなんです。先生にも迷惑をかけてしまいましたし、僕には魔法の才能が無いのでしょうか?」


「なんということだ・・・ウチの息子は無詠唱魔術が使えるのか・・・、おい、聞いたかエリナ!」

 一瞬考え込んでいたダンが、顔を明るくしてエリナに言う。


「ええ、この子は才能の塊だわ!」


「ああ、流石俺達の息子だ・・・」

 なんかすげえわざ、持っちゃったみたいねアテクシ。無詠唱か・・。使い勝手がいいのか悪いのか・・・。


「よしカイ!」

「はい」


 ダンがこちらに向き直って言う。


「これは誰にも行っちゃだめだぞ?約束できるか?」

「はい」


「お前は、他人が見たら羨む才能の持ち主だ、悲観するべきじゃない。むしろ誇るべきだ。まあ先生から言われた魔術を脳内で反復するのはやめておいたほうがいいな。」

「はい、肝に銘じます」


「そんなことよりだ。お前は努力を続ければ、きっと父さんを超える魔術師になれるだろう。ただ、このことをひけらかすようではお前は半人前止まりになる。人間としてだ。これからはこのことを忘れずに生きていきなさい」

「・・・はい」

 あれ?なんか俺、様子がおかしくないか?なんだこの胸の高鳴りと言うか、そう感じていても落ち着くと言うか・・・。


 気づいたら、ポタポタと大粒の雫がテーブルに滴っていた。


「まあ、なんだ、お前がもし失敗しても、父さんと母さんはお前の味方だ、なにも心配することはない。思う存分、やってこれば良いんだ。」

「はい」

 ああ、そうか。


「お前はもっと小さいときからあまり感情を出さず、達観した感じがあったな。でもそれで溜め込むだけじゃいけない。失敗したときや、辛いときは、せめて、俺やエリナの前では子供でいても良いんだよ。気にすることはないんだ。」

「はい!」


「フフッ。ようやくカイも私達の前で遠慮せずに泣いてくれたわ。」

 気づけばエリナもダンも泣いていた。


 ああ、こういうことなんだ。


 愛って、こういうことなんだ。


 家族って、こんなにも尊いんだ。


 自分を愛してくれる、いつでも味方でいてくれる。


 そんな存在が、今、僕の眼の前にいる。


 それだけで、こんなに幸せな気持ちになれるんだ。


 どうしてこの気持ちを、俺は前世で感じることができなかったんだ。


 この気持ちこそが、俺の求めていたものじゃなかったのか・・・。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 気づいたら俺は、ダンに胸を埋めて泣いていた。


 その夜はなかなか寝付くことができなかった。


 それでも、眠気には逆らえず、満ち足りた気持ちで、いつしか眠っていた。

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