4 大きくなるカイ。

 あれから1週間後



 とりあえず助かった俺は実家に帰った。すぇんすぇいと離れるのは名残惜しかったがそんなことよりそう、実家だ。あの実家だ。俺は実家を初めて見た。そもそも一軒家に泊まるのも初体験だ。


 周りに広がる黄金色の小麦畑の間を馬車は進む。そして割と大きな集落に到着した。入口の小さな看板に、


 ティルスの里


 と書いてある。


 その里の中で一番大きい建物の前で、馬車は止まった。



「さあカイ!ここがお前の家だ!」


うーうーあーでっか


 くそでけえ。サッカーコートぐらいはありそうだな。庭も合わせてだが。移動式浮橋いどうしきふきょうなんか比にならんぐらいでかい。因みに移動式浮橋ってのは水陸両用車で、歩兵が渡る橋を作るやつね?


「おかえりなさいませ御主人様!」


 そんなどうでもいい知識を脳内で披露していた俺達に、屋敷からでてきた赤色の髪でメガネを掛けた若いメイドが話かける。

 黒色こくしょくの禍々しいオーラを放ちながら。



 うーわでたよ伝説のポケ◯ン。

 このメイドはやばい。性格終わってる。芯が途中で折れて完全に曲がっている。何があったのだろうか。

 まあいい、コイツには抱っこされないようにしよう。俺には秘技、泣くがあるからな。リスクは避けるに限る。


「若奥様、私に抱かせていただいても?」

 そういってこのメイドは俺をじろりと一瞬睨む。



 不意に嫌な思い出がフラッシュバックする。

 そう、この目人を見下す目。

 俺が散々浴びてきた蔑視の目。

 孤児院の先生も、俺を振った女の子も。俺を殺した現地住民も。

 俺を見下し、見捨て、去っていく。



 このメイドに抱かれそうになってとっさに俺は泣きわめく。決して打算的に泣いたわけではない。

 本能で頭が拒絶している。こいつに抱かれたら人生が潰れる。


 そんな気がした。



「こらこらカイ?」


 そういってエリナは俺をあやす。だが泣き止むわけがない


「泣かないよ?ほーら。ごめんねえルル」


 エリナがそういって俺をこの風邪薬みてえな名前の女に引き渡そうとする。

 俺、必死の抵抗。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ」


「もうカイったらー。まあ抱いてあげて?」


 まずい。ひきわた・・された。


「おんぎゃああああああああああ!」


 とっさに手に魔力を送る。


 メイドは吹き飛ば・・・なかった。うーん肝心な時に魔力の使い方がわからん。


「可愛らしいお子ですわね〜」


 とルルは褒める。


 だが目は笑っていない。コイツとはなるべく関わりたくないな。



 家の中に入ると、ヒゲを蓄えた老齢のコンパスみたいな体型の男性が俺を出迎える。

 泣いてる。だがオーラは美しい透き通った色だ。

 芯は柔らかい。ずっと小刻みにしなっている。

 長い年月を生きた人の余裕がうかがえる。


「おおこれがカイか!わしの孫か!おーよしよし!」


「はいカイ〜ソリドおじいちゃんですよ〜?」

 すげえ名前だなsolid固体って。


「カイにあてがう部屋を改装しておいたぞい。きっと気に入ってもらえると思うのじゃが」


「ありがとう父さん」


 おお、デキるじいちゃんやん。


 ソリドに連れられ、大広間に行くと、豪勢な階段が真ん中にあり、両脇に扉があった。


 二階へ上がり、長い廊下を進んで、一番奥の部屋から一個前の部屋。ココが俺の部屋となった。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 あれから3年。俺はすくすくと育った。


 ルルは何故か蔑視の目を向けてくるが、世話はしてくれる。仕事も完璧だ。


 杞憂だったのだろうか。


 両親や爺さんは俺のことを甘やかしまくった。

 愛を受けたことのなかった俺は喜んだが、これが本当の愛なのかがわからなかった。

 俺はこの家族の誰とも一定の距離を置いて過ごした。


 ダンは魔術師で、この里の里軍を束ねていた。

 銀髪を後ろに束ね、コートを羽織ってでていくその姿は素直にかっこいい。


 エリナは騎士だった。鎧を着込んだ姿は見たことがないが、いつも銀髪を後ろで団子にして、Tシャツとショートパンツに大剣を背負って出勤していた。



 この世界は週休1日。日曜日のみだ。時間軸も曜日も、それどころか言語に至っても元の世界と同じである。


 さらにこの世界は誕生日を成人するまでは祝わない。その代わりに月に一度、祝日があり、里の皆とエギジャというお祭りをするのだ。そこでその月に誕生日の者が盛大に祝われる。



 だが俺は1,2,3歳までは家の外に出ることができなかった。

 それもそのはず。俺の家はこの里の領主らしい。いまの領主はソリドで、その跡継ぎがダンらしい。

 この家は都の高名な貴族の傍流で、(つっても血が分かれたのは600年も前だが)この地を開拓したらしい。

 だから俺の本名は、カイ・ティルス・ブラッドリーとなる。

 俺はこの里の長の後継者で、一人息子。さらわれでもしたら大変である。


 俺は暇すぎて、俺の手の届く距離においてある本を片っ端から手にとっていた。これは呪文書らしい。複雑な呪文が書いてある。


 前世で培った歩く感覚により、俺は筋肉がつき次第行動を開始できた。その時の家族の持ち上げっぷりは見ていられない。やれ天才だの、やれ神童だの。そのときのルルの視線が怖すぎて漏らしてしまったことは秘密だ。俺、あの人に前世でなんかしたんか?




 そして4歳になった頃、ついに俺はエリナに連れられ、家の外に飛び出す。

 そして連れられたところは、学校だった。


「お母様?ここは学校ですか?」


「あら、よく知っているわね。あなたと同い年の子もいっぱいいるからお友達を作ってくるのよ?」


「わかりましたお母様!」


「いい子でいるのよ〜」


 そういってエリナは俺を置いて仕事に行った。学校の先生らしき人がその後姿を羨望の眼差しで見つめていた。不純すぎるなこの学校。


「あら、あなたがカイくんね?」


 後ろから声をかけられたので振り返ってみると、身長が有に三メートルありそうな女の先生が上から覗いていた。


「ヒエッ」

 わおびっくり。


「私はシエータ・ビスト・ロンスコートよ。巨人族なの。よろしくね?」


「あ、ああ、えと・・・」

 うまく声が出せない。すげえ威圧感だ。


「えーとーあなたの教室はここね?」

 そういっておもむろにしえーたが俺を片手でつまみ上げる。


「え、ちょ、なにするんですか!うわあ!!」

 シエータが俺を持ち上げて2階の窓にほおりこむ。


 ダアーーーン!!


 俺は盛大に2階の床に尻もちをついた。


「いってて・・・。」


「だいじょうぶ?しえーた先生はちからもちなんだね!」


 尻もちをついた俺に手を差し伸べてくる女の子。その手をとり俺は立ち上がる。


「あ、ありがと・・・う・・・」


 目を合わせて挨拶しようとした俺はとっさに動きを止めてしまった。

 目の前の女の子が可愛すぎて。


 その子は、栗色の髪で、クリックリの目、きっちりと通った鼻筋。真っ赤な唇を持ち、太陽のようにはにかんで、俺に話しかけるのだった。


「私の名前はエリ・コークス。よろしくね!」

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