女体変化の怪


「探し物相談……ねぇ」


 と、エリカが首を傾げる。

 その眼前には少年がソファーに腰掛けている。年頃は自分達と同じくらいで、学ランを几帳面に締めている。それが本日の依頼人であった。


「とは言っても、何を探して欲しいんだい?」


 所長兼この事務所唯一の探偵であるアツコが続ける。

 突然訪ねてきたかと思いきや、開口一番にそれである。何が何やらと言いたい気持ちはエリカも同じだった。


「それなんですけど、まずは経緯からお話させてもらいたいんです」


 と、少年は答える。

 来るもの拒まずがモットーの探偵事務所(というか拒むほどの客もいない)だ。アツコはどうぞと先を促す。


「ありがとうございます。実は僕、最近この街に引っ越してきまして」


「転校生ってこと?」


「はい。それで恥ずかしい話ですけど、この歳で迷子になってしまって……」


 彼は言う。

 生まれた時からずっと田舎暮らしだったから、初めての都会に興奮してしまったのだと。

 そうして気づけば『放課後のちょっとした散策』のつもりが、奥へ奥へと入り込んでしまい、夜の帳が降りることには帰り道すら分からなくなったそうだ。


「昼間はあれだけ楽しそうだったビル群が、夜のネオンに変わるとギラギラと威圧されてるようで……かと言って財布に大きなお金を持ち歩く習慣もなくて、どうしようかって心細かった」


 この街は大都会というほどではない。

 が、何駅か先の繁華街はそれなりにゴミゴミとしていて、そこで迷ったのではないかとエリカは思う。


「でもそんな時でした。おろおろとする僕に救いの手を差し伸べてくれたのは」


 と、更に彼が続ける。


「僕よりも少し背が小さくて、それでも堂々としてる、凛々しい男の子でした。『お兄さん大丈夫?』って、僕を不安にさせまいと、優しい笑みを浮かべながら」


「夜道で……だよね? それ変な客引きとかじゃなくて?」


「いえいえ! とんでもない!! 彼は僕の手を引いてちゃんと分かる場所まで帰してくれましたし、それに聞いた話では彼も学生らしくて、習い事の帰りでたまたま僕を見つけたとのことでした」


「ふーん」


「だから……だから僕は……」


「なるほど、ね」


 エリカはアツコに目配せをして、互いに頷き合う。

 話が見えてきたのだ。要は『その人にお礼がしたいから探してくれ』と、そう言いたいのだろうと。


「うん分かった。ならまずはその人のことをもっと詳しく教えてくれるかい?」


「へ……どうしてですか?」


「いやどうしてって」


 が、何故か話が噛み合わない。

 アツコの発言に、少年は不思議そうに目を丸くする。


「その人のことを探してほしいんじゃないの?」


「あ、いやその人のことはもう分かってます。ここから三つ隣の駅が最寄りの、相葵高校に通っている二年生ってことも」


「……は? じゃあ何を探せというんだい?」


「そこから先の話が重要でして……あ、話を続けていいですか?」


「う、うん」


 アツコはぽかんとしつつも頷き返す。

 エリカはあんぐりと口を開いている。


「で、ここからが本題なんですが…………僕はその宝石のように美しい笑顔に、澄み切った川のように優しき心に、後光が差していると言っても過言ではない姿に……」


 そんな彼女達に構わず、彼は一呼吸置いて続ける。


「心から惚れてしまいまして」


「「――――」」


「あ、もちろん男女的な意味です。まぁ向こうもこっちも男なんですけどね。わははははは」

 

 二人は絶句した。

 セクシーコマンドの一種かと思わんばかりの、突然のカミングアウトを前にして。


「もっとも今では笑えてますが、当時の僕は散々思い悩みましたよ。ええ。これまでノーマルだと思っていたのに、よりにもよって男の子に心を奪われてしまうだなんて、ね」


 なおも彼は続ける。


「自問自答の日々でした。本当に彼のことが好きなのか? 窮地を助けてもらったから吊り橋効果でそう感じているだけではないのかと……しかしどれだけ言い聞かせても夜は眠れず、眠れたところであの笑顔が夢に現れ、目を覚ませば心の空洞を感じてしまい、何度も何度も涙を流し続けました」


「「お、おう」」


 彼女達はハモる。

 そう返す他ないという反応である。


「だから僕は決心しました。不幸にも僕は男に生まれ、彼も男に生まれてしまった。その事実が変えられないのであれば、僕自身が変わらなければならないと」


「…………」


「次の日からBL漫画を読み漁りました。LGBTをテーマにした映画を梯子しました。そっちの出会い系サイトにもアクセスして、彼等と交流を深めました」


「……………………」


「そうして向こう側の世界を学ぶこと三ヶ月……僕はこれまでの性癖を捨て去り、ホモになることが出来たんです!!!!」


「「いやそうはならんやろ」」


「なっとるやろがい!!!! だって今ではほら、この通りっ!! 同じ年頃の貴方達を見てもちっともムラムラしない!! 一歩引いた目で『もっと女の子らしくしたら?』って、心の底から思ってるんですから!!!!」


「ねぇなんでアタシ喧嘩売られてんの? こいつ殴ってもいいかなアツコ?」


「まぁまぁ」


 理不尽過ぎるディスにエリカが腕まくりをしたところで、アツコに止められてしまう。


「ともあれ、キミが同性愛に目覚めたことは良く……はないけど、一応は理解した。しかしそうならそうで依頼はどうだと言うのだい? 意中の彼の居場所は分かってるんだろう?」


 そうアツコが言うと、


「それが……『彼』じゃなかったんです」


「え?」


「もちろんすぐに告白しようと思いましたよ!! でも相葵高校に行ったら!!」


 少年は苦しそうに胸を押さえ、張り裂けんばかりの声で言った。


「彼は――女子の制服を着ていました」


「まさかの――女の子だったんです」


「中世的な顔で、ボーイッシュな格好をしていた彼は『彼』じゃなくて――『彼女』だったんですよ」


 と、まるで追い詰められ、罪の告白をする犯人のように項垂れた。


「えぇと……なら良かったんじゃない? その…………ヘテロで済んだなら?」


 しかしそれを聞かされた身からすればだ。

 エリカは何とも言えない表情で言った。


「よくありませんよ!!!!」


 次の瞬間、少年はバンと机を叩いて怒鳴る。


「僕はもうホモになってしまったんですよ!? あれだけ恋焦がれた彼が女の子だと知った瞬間、何一つドキドキしなくなった!! 僕はこの迸るパトスを何処にぶつければいいんですか!?」


「や……だったら同じことすればいいんじゃない? アンタがそっち系のを色々読み漁ってそうなったんなら、逆のことをして元に戻せばさ」


「駄目です!! そんなことをしてはいけない!!」


「どうして?」


「情欲とは不可逆的なものなんです! 一度傾いてしまったら、もう二度と同じ形には戻れない! だからもしも仮に……無理やりヘテロセクシャルに戻そうとすれば……!」


「すれば?」


「僕は――ふたなりしか愛せなくなってしまう!!!!」


「ならねーよ」


 大真面目な顔で語る少年に、エリカはすっかり白け顔だった。

 やれやれ。また頭のおかしい客が来た。コレどうしようか、と目線でアツコに訴える。


「ん、そうだね」


 アツコは軽く頷き返し、少年へと向き直る。


「あいキミの言い分は分かった。しかしそうならそうで我々にどうしろと言うんだね?」


「良くぞ聞いてくれました!!」


 待ってましたと言わんばかりに少年は答える。

 

「ここまで話を聞いて貰った上で、二人に依頼したいのがこれです!!」


「えぇと……なになに?」


「テイレシアースの秘石?」


 何やら古めかしい書面に、掠れたインクでそのように書かれていた。

 これなに? とエリカが聞こうとしたところ、 


「女体に姿を変えられるという秘宝です」


 と少年は言った。


「これを使えば正真正銘、身も心も女の子になれると聞きます」


「……えぇと? それを見つけてどうすんの?」


「もちろん僕が使う為です」


「…………なんで?」


 エリカは――もう本日何度目となったか分からぬが――首を傾げて聞き返す。


「さっきも言った通り、僕はホモになってしまいました。もう同性以外は愛せません」


 そこに少年は至極当然のように言い返す。


「しかしゲイになったわけじゃない。ゲイとホモは似て非なるものです。僕はただ自分の情欲が自分と同じ性別でなければいけないという想いがあっただけで、彼が男の子だと思っていたからこそ、男の子を愛す道を選んだだけのことでして」


 だけの範囲がデカ過ぎるっぴ。

 

「だったら彼女に負担を強いることなく、今回も僕が変わるべきなんですよ!! この秘宝を使って!! 女の子になって!! ホモとして彼女を愛する為に!!」


 いやどんな判断だ、とエリカは思った。

 もう色々と倒錯し過ぎている。探すのは秘宝じゃなくて黄色い救急車だ。


「なるほど……つまりこの秘石とやらを探し当てればいいんだね?」


 が、そこでアツコだ。

 何故か意気揚々と、ふふんと鼻息まで鳴らしている。


「え、ちょっとアツコ? マジで前向きなの? こんなアタオカな依頼に?」


「ああ。経緯はともあれ、ワクワクさせてくれるじゃないか。秘宝を追い求めて冒険すると言った、まるでルーカス作品のような探偵らしい依頼だ」


「と、言うことは?」


「うん、キミの望む通りにしよう。長旅になるが覚悟は出来ているかね?」


「は、はい! もちろんです!! 道中の旅費はちゃんと用意してきましたので、幾らでも使って下さい!!」


「だそうだ。エリカも今すぐに準備を整えるように」


 と言って、アツコと少年は意気揚々と部屋を後にする。

 ポツンと取り残されたエリカは『えぇ……マジでやんの?』という想いで一杯一杯だった。

 あとインディジョーンズは探偵じゃなくて考古学者だ、と突っ込むタイミングも逃しつつ。




 その後、彼女達は危険な冒険の旅に出た。

 人里離れた秘境。そびえる古代遺跡。侵入者を撃退するトラップ。

 その全てをなんやかんやで乗り越え、現地民との出会いと別れがあったりなかったりしつつ、好敵手とのシノギの削り合いや、ドラマティックな回想とかも挟んだりしながら――


「よ、ようやく着いたね」


「これが、その秘石か」


 彼女達は宝の下へと辿り着いた。

 遺跡の最奥の、仰々しい箱に入っていた光り輝く一品である。


「お望み通りの品だ」


「は、はい」


 アツコは少年にそれを手渡す。

 少年はそれを躊躇いもなく飲む。

 あ、それ飲むものなんだと今更ながら知るエリカ。


「なっ!?」


「こ、これは!?」


 そして次の瞬間、少年の身体が発光した。

 目も開けていられないほどであったが、明らかにシルエットが変わりつつある。

 肩が下がり、胸部が膨らみ、筋肉の代わりに程よい脂肪が付いていって――


「お、驚いたな」


「まさかマジだったなんて」


 やがて光が収まり、視界が開けると、そこには一人の少女が立っていた。

 面影はあれど別人だ。彼はもう『彼』ではなく、『彼女』へと姿を変えていた。


「はっ!?」


 が、彼女はあっと驚く。

 自分の身体をペタペタとまさぐった上で、何かに気付いたようだった。


「どうしたんだい? キミのお望み通りだというのに」


 アツコが言う。

 すると元少年であった彼女は――自らが触れていた股間から手を放し――震えた声で答える。



「つ、付いてる」


「「え?」」


「アレが、付いたままです」


「「――――」」



 彼はふたなりになった。



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