女子高生探偵の変な事件簿
弱男三世
種付けおじさんの怪
「いやはや、それにしても暇だねまったく」
そこは前時代的な雑居ビルの一室。
フリーマーケットで安売りされていた回転椅子に腰を下ろし、粗大ゴミとして捨てられた事務机に足を乗せながら少女が言う。
感情っ気の乏しそうな目は大人びていれど、全体的にちんちくりんであり、また来ているものが制服ということもあって、単なる中高生にしか見えない。
「ああ――何処かに事件は転がってないものかね? このままじゃあ探偵の名折れだよ」
しかしそんな彼女こそが、この事務所の主だ。
現役女子高校生探偵アツコと、地元ではちょっぴり有名だったり、そうでもなかったりする。
「言うほど探偵してるかって話だけどね」
そして
ビーズクッションに身を沈める、天然パーマのサバっとしてそうな少女――エリカがそう突っ込む。
「エリカ。仕事がなければオマンマも食い上げなのだよ?」
「や、別にここで暮らしてるわけじゃないし」
「それに君の給料だって払えない」
「給料って何よ。あの駄菓子代がそうだって言うの?」
「ぐぬぬぬぬぬ」
……とまぁ、二人揃って実家暮らしで、それで生計を立てているわけではない。
半ばアツコの趣味のような活動に、エリカは付き合わされてるだけなのだ。
「ふーんだ。今に依頼が入って来るからな」
アツコはぷんすかとしながら、自分のスマホを手に取る。
パソコンもない(というか使えない)から、受注はもっぱらフリーのメールアプリである。
「む、エリカ。ご主人がオオサンショウオに殺されたマダムがいるらしいぞ」
「何時の時代のスパムよ。とっとと消しなさい」
「ならばこれはどうだ? 今すぐイギリス女王に即位してくれとの訴えが」
「消しなさい」
「これは妙だ。南米で私の荷物が預かられていると」
「消せ」
エリカは悉くを突っぱねる。
あと南米じゃなくてAMAZONだろうと思いつつ。
「むむっ! だったらこれはどうだ!?」
と、不意に目を輝かせたアツコが、スマホの画面を押し付けて来る。
今度はどんなスパムなのかと、エリカは呆れながらその画面を見ると、
『女子高生探偵アツコ様。貴方に是非お願いしたいことがあります』
文章はそんな風に始まっていた。
これまでとは違って、ちゃんとした宛名が付けられている。
「まぁ……これなら」
「ふふっ、そうだろうそうだろう♪ 私ほどの名探偵となれば、座して待っていても依頼が飛び込んでくるものだ♪」
「はいはい……。で? どういう依頼なのよ? またツチノコを探してこいとか、雪男を捕まえてこいとか、そういう感じのじゃないでしょうね?」
「まさか! そんなオカルト的なものではなく、ちゃんとした依頼さ!」
そこでアツコは薄い胸を張り、ドヤ顔で一杯になっては、
「種付けおじさんを取っちめてほしいそうだ!!!!」
と言った。
あぁまたロクでもないのが来たと、頭を抱えるエリカを尻目に。
「この辺りに出るそうだ」
と、スマホのライトで地図を表示させながらアツコが言う。
時刻は夜の九時。直線五十メートルもない小さな公園は、たむろする若者の姿もなく、虫の鳴き声くらいしか聞こえてこない。
「こんな場所に? まったくそんな感じがしないんだけど?」
と、エリカは首を傾げる。
自宅で夕飯を食べた後だからか、押し寄せる眠気に目を擦りつつ。
「確かに狭いがここは電灯が少なく、暗がりも多い。種付けおじさんが息を潜め、獲物を待っていても不思議ではないだろう」
「いや種付けおじさん何もんよ。草食動物を狙うライオンかっての」
「ふふふ、言い得て妙な例えだねエリカ。か弱く無力な女子に牙を剥き、己が欲望を満たすという意味では、確かに草食動物と猛獣の関係に近いのかもしれない」
「そこじゃねーよ」
あと別に上手い例えとも思えず、エリカはドヤっとしているアツコの頬を抓りたくなった。
「だからこそだ、例えばこことか――」
それからアツコは山型遊具のトンネルの中、草むらの中、滑り台の影、用水路などなど、余すところなく探り始める。
しかし、だ。
「むぅ……見つからないね」
「もうその辺でいいんじゃないの? そんなもんはいませんでしたってことにしてさ」
時刻は更に一時間が経って夜の十時。
種付けおじさんとやらどころか、人の気配すら感じられない現状に、エリカは欠伸を隠さず提案する。
「いいや、まだだ」
それでもアツコは食い下がった。
「そもそも相手はプロだ。こちらからトラッキングしようという発想が間違いだったのかもしれない」
顎に手を添え、マジな推理顔でだ。
そもそもプロの種付けおじさんって何やねんとエリカは思う。アマチュアとか存在すんのかって。
「じゃあどうすんの?」
エリカは肩を竦めて言う。
「網を張ろう」
と、アツコは持って来た鞄のファスナーを引く。
「網?」
「これだ」
そうして彼女がバッグから出したものは――切れ目の入ったコンニャクであった。
「おい」
「本当ならちゃんとした玩具が良かったんだがね。年齢制限で断られてしまった」
「おい」
「これに紐を括りつけて……っと。さぁしばらく待ってみようじゃないか」
「おいコラ」
突っ込む暇もなく、アツコは準備を終わらせる。
とは言っても、まるでスズメか何かを捕まえるかのような罠だ。
ザルをつっかえ棒で立てて、その下に切れ目の入ったコンニャクが置かれている。
エリカは冷ややかな目でその様子を見る。
こんなもんに引っかかる奴がいるわけないだろうと――
「グオオオオオオオオオオ!?!?」
「よし!! 網にかかったぞ!!」
「うそぉ!?!?」
が、秒で引っかかった。
仰天するエリカを余所に、アツコは暴れる身体を抑え込む。
「コラ!! 大人しくしたまえ!!」
「うぐぐぐぐ」
ザルにはトリモチでも付けられていたのか、外そうとしても外せないようで、三度笠みたいになっている。
しかしそれ以外の部位は露わになっており――汚れたタンクトップに、ぷくりとした中年太りに、独特な加齢臭を漂わせる――如何にも種付けおじさんっぽかった。たぶんザルを取った先の頭髪は薄いに違いない。
「えぇと……これどうすんの?」
と、遅れて駆けつけたエリカが言う。
「取っちめろという依頼だったからね。とりあえず大人しくなるまで叩けばいいかな?」
「ひぃ!?」
すっと鞄からトンカチを取り出すアツコに、男は恐怖の悲鳴を上げる。
「発想が怖いわよ。もうちょっと穏便な感じとかないの?」
「じゃあエリカはどうすればいいと思う?」
「え? 種付けおじさんでしょ? それを取っちめるってなると…………去勢?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
それはそれで恐ろしい提案である。
アツコの下で肉の塊がぼよんぼよんと上下し、太い指が慈悲を乞うように組まれる。
「まぁそれは冗談として、とりあえず警察でしょ」
「うん、その辺りが妥当だね。目白警部に繋ぐよう言ってくれ。名探偵アツコからと言えばすぐに分かってくれる」
「いや普通に掛けるわ。なんでたかだか不審者の通報にそんな回りくどいことせにゃならんのよ」
「そっちの方が探偵っぽいじゃないか。警察にコネがある感じとか」
「知るか。じゃあ普通に掛けるから……1、1、0と」
「ちょ、ちょっと待て!! 待ちたまえ少女達よ!!」
と、彼女がスマホでプッシュした時だった。
そこで初めて男が悲鳴以外の声を上げ、静止を訴えかける。
「私は怪しいものじゃない!! だからリンチや通報はやめてくれ!!」
「「…………」」
二人は顔を見合わせ、それから男を見下ろす。
怪しいものじゃないらしい。半裸で、タンクトップで、切れ目の入ったコンニャクを片手にしている中年は。
「それは『怪しい』という言葉の定義を問うたものかい?」
「い、いやそんな哲学的な観点じゃなくて」
「じゃあ何だ? キミは種付けおじさんではないのか? 一度も種を付けたことのない善良な市民だと証明出来るのかい?」
「そ、それはまぁ…………ガッツリ付けてるけど」
「自分で認めてるじゃないか。だったら大人しく警察のお縄に」
「ち、違う!! た、確かに私は種付けおじさんだが、君達の思うような存在ではない!!」
「は? それは一体どういう――」
「私は『光の種付けおじさん』なのだ!!」
「「…………はい?」」
アツコとエリカがぽかんと、再度顔を見合わせる。
そこに拘束から抜け出した男が立ちあがり、頭部に張り付いたザルをぶちぶちと剥がしたかと思えば――
「見たまえ! 私の目を!!」
「「う……こ、これは!?」」
ずっと隠れていた顔は――やっぱり禿げ散らかしてはいるものの――清流のように澄み切っていた。
そう思わせるのは目だ。体格に似合わぬつぶらな瞳がキラキラと瞬いていて、まるで疑うことを知らぬ少年か、生まれて間もない子犬を感じさせる。
こんな目をする男に、どうして種付けなどという業があり得ようか?(反語)
「これは大変な失礼をした」
そんな目に射抜かれてか、アツコはすぐに姿勢を正し、ペコリと九十度で腰を曲げる。
「少女よ、頭を上げてくれたまえ。分かってくれればいいんだ」
と、男も寛容だった。
怒るどころか謝罪すらも求めぬその姿は、まさしく『光の種付けおじさん』という名に相応しい。
……そもそも光のおじさんって何やねん、という話は置いといて。
「や、光の種付けおじさんって何よ」
いや置いとかなかった。
許し合える美しき光景の中、エリカはただ一人呆れ顔で、冷静にマジレスで返す。
「この世界の種を守る者さ」
すかさず男は説明する。
「か弱き乙女を欲望のまま手籠めにするような輩とは違う。我々光の種付けおじさんは種の存続を第一に考え、そこに種を巻くことを第一に考えている」
「いや、なんか大層なこと言ってるけど、要は種付けして回ってるんでしょ? アタシ達みたいな女子を押し倒して」
「ん? 何か誤解をしているようだが、私は人間の女の子を相手にしたことはないよ?」
「は?」
「私ほどの種付けおじさんとなると、どんな相手でも孕ませられるものさ」
「えぇと? たとえばそれって……どんな?」
「コオロギくらいのサイズまでならギリギリいけるね」
「すげえ」
「実のところを言うと今日もバッタの希少種を三匹ほど孕ませてきたところでね。いやぁ良いことをした後は清々しい気分だ」
「すげえ」
色んな意味でアレだとエリカは思う。
あと清々しいのは出すもん出したからじゃないのかと。
「しかし……この世は我々のような種付けおじさんばかりではなくてね」
と、さっきまで誇らしげに語っていた光おじ(光の種付けおじさん)が、そこで眉を曇らせる。
「さっきも言った不届き者も潜んでいるのだよ。ただ己が欲望を果たす為だけに、無作為に種を巻き散らすような」
「それって――」
「グヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!!」
誰のことなのかと、訪ねようとした時だった。
アツコでもエリカでもない、闇夜の奥から下卑た笑いが響いたのは。
「き、貴様は――!!」
すかさず振り返った光おじが言う。
見れば暗がりから、同じような見た目をした汚っさんが近づいてきているではないか。
「あれは何だい?」
アツコが言うと、光おじは汗を垂らしながら答える。
「闇の種付けおじさんだ」
「闇の種付けおじさん」
エリカは反射的に復唱してしまう。
「闇の種付けおじさんはメスとあらば手当たり次第に犯し回る。種付けすることしか能がなく、言語能力すらも失われていて、ナチュラルボーンレイパーと言っても過言ではない」
「ナチュラルボーンレイパー」
「気をつけろ少女達よ!! 『ぐへへへへへへ』は我々を威嚇してる鳴き声だ!! 絶対孕ませるマンに形態変化しようとしている!!」
「絶対孕ませるマン」
矢継ぎ早のパワーワードを連呼している内に、闇おじ(闇の種付けおじさん)が立ち塞がる。
確かに闇っぽいオーラは出ていた。口端からヨダレが零れ、目がどんよりと濁りきっている辺り、本来の意味での『種付けおじさん』をしている。
「下がっていたまえ少女達よ!!」
と、光おじが二人の前で壁になる。
どうやら盾になってくれるつもりらしいのだが――
「え、でも」
「なぁに気にすることはない。道を踏み外し、暗黒面へと落ちた種付けおじさんを浄化することも、我々光の種付けおじさんに託された責務だ」
「いや、だって」
「大丈夫。私は負けないし、君達の日常は決して侵させない。だから君達はここから立ち去って、今日のことは忘れるんだ。ただの悪い夢だったんだって、どうか何時も通りの日常を」
「や、だから――」
何やら恰好つけてるところ申し訳ない限りだが、エリカの手にはずっと握られている。
さっき110番をタップして、通話状態になったままのスマホが。
「警察だ!! 全員動くな!!」
「――――」
もうとっくにそこまで来てるからと、エリカが伝える暇もなかった。
三人組の警察は拳銃に手を付けつつ、通報にあった通りの、半裸でタンクトップ姿の中年不審者を拘束する。
そこに光だの闇だのという言い分が無関係であることは、言うまでもなかった。
「…………ええと?」
かくして種付けおじさんは去った。
帰ってきた静寂に、エリカの間の抜けた声が響く。
「これって一応、依頼達成?」
「南無」
両手を合わせ合唱するアツコ。その背後に刺している時計の針はすっかり深夜だ。
また寝坊しなければいいんだけど、とアツコは思った。
お わ り
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