第4話

「痛い!痛い!あぁぁぁぁぁぁ!!」



 座敷牢の中はぐちゃぐちゃだった


 割れた化粧台の鏡


 綿の出た枕


 シワだらけの布団


 その上で、星夜は泣き叫んでいた



「星夜!?どうしたの?!」



 痛みと叫びの間に、姉の声がして涙で歪んだ視界で座敷牢の外を見た


 格子に張り付く様にしてこちらを覗いている星の姿があった



「あっ…おねぇ…ちゃんっ————うぅぅ!」


「星夜!あぁ、どうしよう!なんでこんな時間から…いつもと違う…!なんでこんな日に!」



 この座敷牢を閉める扉の鍵は、長老しか持っていない


 特殊な木と金属で作られたこの格子を壊すなど不可能だ



 星は、長老に対して強い、と自分のことを言ったが、確かに星はそこらの男性よりかは遥かに強かった


 星夜が巫女と分かってから、星夜を守るために密かに鍛えていたから


 でも、そんな力でもこの格子を壊すことは不可能


 それは星も分かっていた


 だが、目の前で苦しんでいる妹をこのまま見て見ぬふりはできない


 どうすれば良い?


 どうすれば星夜の痛みは回復する?


 そこでふと、ポケットに何かが入っているのに気がついた


 手を入れてみるとそこには小さな巾着袋



「!星夜!こっち来れる?金平糖があるの!星夜、好きでしょう?食べれる?」


「っ————!あ…うっ…」



 一瞬こちらを見たが、すぐに目を閉じてしまう


 あんな激痛の中、食べれる方がおかしいのだ



「あっ…ごめんなさい…ごめんなさい、星夜…」


「おねぇ、ちゃん…痛いよっ————助けてっ————」


「助けるっ!助けるから!まってて!なにか…何かよくなるもの…」


「おね…ちゃ…」



 キュッと、星の手を誰かが掴んだ


 その手は、冷たく、カタカタと震えている


 気がつくと格子越しに星夜がいた


 どうにか痛みを堪え、荒い呼吸で、大粒の涙を浮かべて、星を見つめている


 すぐにその手を握り返す



「星夜、待ってね、金平糖…金平糖があるから、一回食べよっ、ね?」


「おね…ちゃ…」


「あ、そう…上にアップルパイが作りかけでおいてあるの。あとは焼くだけだから…ね、星夜好きだったでしょ?すぐ持ってくるから…」


「待って!」



 強い声が響き、ようやく星夜は我に返った


 動きに動いた思考と混乱した頭が一度止まる


 それに星夜は少し安心したようになり、それでも痛みに耐えながら声を出した



「おねぇ、ちゃん…きいて…ほしい…ことがある…の…」


「うん、聞くよ!大丈夫。私はここにいるから…」


「はぁはぁ…っ…お願い…お姉ちゃん…逃げてっ…」



 あまりにも衝撃の言葉だった


 逃げて?


 逃げてって…なぜ?


 妹を1人残して逃げろと?


 確かに星は今両親に追いかけられているわけだが…



「そんなこと…出来るはずないでしょう?私が逃げるって…そう、星夜も一緒でしょう?それなら…」


「私は…ダメ…お姉ちゃんだけでも…逃げて欲しいの…」


「っ!そんなこと出来るはずないじゃない!私は星夜のお姉ちゃんよ!?妹を守れなくてどうするの!?」



 星夜の星を掴む手が強くなり、星は口を閉じた


 焦った瞳で、こちらを覗いている



「私…ようやく…分かったの…『星海』が…なにか……『星海』は…私たちが…思っているような…っ…美しいものなんかじゃなかったの…」


「へ…?」


「さっき…もう一度…神託が来たの…でも…今までとは違う…別の『神』からの…神託…それで…確信したの…確かに、『星海』は…神によって作られたもの…でも…『星海』を作った神は、決して…美しい神なんかじゃなかった…ねぇ、お姉ちゃん…不思議に…思ったことは…ない?この国は…国っていうのに…一つの街しかないこと……ねぇ、おねぇ…ちゃん…お姉ちゃんは…この街の人以外の人間と…出会ったことは…ある?」


「え?そんなの…」



 ない



 星の言葉が止まる


 そう、ないんだ


 記憶にない…


 そんなのおかしいじゃないか


 一つの国が他の国との交流をしないはずがないし、その上他国からの入国もない


 そこで、星はもう一つ気がついた



「…この国の全員…知ってる…」



 普通に聞けばなんらおかしくないことだ


 一つの街しかない国なら、いる人間如き知れている


 だが、星はそれがおかしいと感じた


 それは星夜も同じようで


 苦しみながらも頷いた



「おかしい…でしょ?…他の国から…人が入ることも…この国から人が…出て行くこともない…お勤めをしていて…思ったの…星海ノ巫女なら…なんで、他の国には行かないのか…前から思ってたんだけど…神託で理由が分かったの」


「ねぇ、星夜、その神託はなんだったの?」



 星夜は呼吸を整え、ゆっくりと言う



『その『星海』、偽りの空なり


 その『星海』、禁忌の星なり


 その『星海』、人々の魂なり


 黒に堕ちた神の遊び


 それに過ぎない


 貴君の体の紋様


 それ即ち人々に災いを齎らす堕天の呪い


『星海の病』


 紋様が体全体を覆う時


 貴君の国の人間


 全てが偽りの星空の元となる』



「…つまり…あの星空は偽物?そんな…本当…いや、星夜が言うんだから本当に決まってる…そうとなれば…」


「お願い…お姉ちゃん…逃げて…欲しいの…本物の神様から…神託を受けて…『星海』の…神が…反抗してるの…ちょっとずつ…模様が広がってきてる…だから…その前に…」



 よく見たら、顔の模様が右目は完全に覆われ、この間まで左目は完全に見えていたのに半分以上覆われている


 元から身体中のほとんどがやられていたが今や手も殆どやられている



「そんな…だからって…置いていけるはずないじゃない!私は…星夜のお姉ちゃんなんだから…!」


「だめ!はやく…逃げて…今…病の…進行を…神様が…抑えてくれてるの…でも…私の心が…弱ってしまったら…ダメなの…お姉ちゃん…私の…弱みは…お姉ちゃんだから…」


「でもっ…」


「お姉ちゃんが死んじゃったら…私…もうダメなの…お姉ちゃんが…1番大切で…宝物…だから…だから…」


「星夜…」


「だから…生きて…お姉ちゃん…」


「…分かった」



 ドゴンッ



「へ…?」

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