第3話

 空一面に広がる『星海』に星が流れた


 それは神託が舞い降りたという目印


 普段杖がないと上手く歩けない長老ですら、それを忘れて走っていってしまうくらいだ



 あかりは今日も今日とて妹の星夜にお菓子を届けるべく家のキッチンでアップルパイを作っていた


 昨日取れたばかりのりんごをふんだんに使って、星夜が好きなカスタード無しのアップルパイを作る


 その横では母親が今日の昼食の準備をしていた



「星、今日も星夜のところに行くの?」


「ん?勿論、約束してるからね」


「…ねぇ、星。もうそれ、やめたらどうかしら」



 突然そんなことを口にした


 パイ生地を重ねる手が止まり、驚いた表情で母親を見た


 母は困った顔で、心配そうにいう



「だって、あの子は痛みを『星海』のせいにしているのよ?日中は叫んで…祈りを捧げるのは愚か、仕事を全うしていないのよ?そんなのが私の腹から生まれただなんて…思いたくもないわ。次の巫女様が現れるまでの辛抱よ。あなたも、はやめて、自分の好きなことをして良いのよ?」



 ひゅっ


 急に呼吸が苦しくなった


 目の前が歪み、顔を覆って近くの壁にもたれかかる様に立った


 それに心配して近寄ってくる母親


 だが星はその手を払いのけ、言い放った



「優しい…?笑わせないでよ!私は星夜が好きなの。大好きなの!あの子が星海ノ巫女だからじゃない。血の繋がった妹だから!たった1人の私の妹だから!なによ!お父さんもお母さんも、星夜が巫女だって知った時は盛り上げて、で?今は?あの子が痛み叫んでいるのに助けようともしない!むしろ放置して!勝手に盛り上げて勝手にほっぽり出して!それでも親なの!?少しくらいは自分の子供の心配でもしたらどうなのよ!ずっと、ずっと星夜は苦しんでるのに!」


「星…聞いてちょうだい。お母さんはあなたのためを思って…」


「私のため?バカじゃないの?お母さんも…お父さんもそうよ。結局私のことも、星夜のこともなんとも思ってないんでしょ?巫女が生まれた家ってだけで持ち上がって、愉悦に溺れて無駄なお金使って。そのお金はなに?自分のためだけに使って私や星夜のために使ったことある?ないでしょ?分かってるの?今もそうやって魚とお肉を切って焼いてるけど、それを買ったお金はどこからきてるか知ってる?全部私が働いたお金よ!私が服を一着だけ着回してるのも理由は知ってる?全部全部、お母さんとお父さんが作った借金のせいよ!2人とも働かずお金ばっかり使って贅沢してるけど、うちにはお金はないの!借金してるのよ?分かってて言ってるの?」


「星、落ち着いて、お母さんは…」


「五月蝿い五月蝿い!星夜を見捨てた、自分の家のこともろくに理解できていない奴がよく母親なんて言える!いい加減我慢の限界よ!なんで全く苦労してないあんたたちが楽して贅沢して、1番頑張っている星夜が痛みに耐えて叫んでいるのよ!ふざけんじゃないわよ!もういい。あんたたちとなんてやっていけないわ、出ていく」



 エプロンを取り、テーブルに叩きつけ星はキッチンを出て行こうとする


 だがそれを母は必死に食い止めようと出入り口を体で塞ぐ


 星は本気だった


 唯一無二の妹を見捨てられ、どうしようもない両親が目の前にいる


 今まで頑張って貯めてきたお金は全て苦しむ星夜をどうにか助けてやれないかと思って貯めてきたものだ


 なのにそれさえも何もしない両親に取られ、余ったお金であの子の好きなお菓子を作ることしかできない


 自分の服も、何も買わないで



 星の服はボロボロだった


 くすんだ水色のワンピースにくすんだ白いエプロン

 継ぎ接ぎだらけのワンピース

 ボロボロで所々穴の空いた靴

 紺色の髪は毎日水でしか洗っていないせいで傷んでいる


 なのにそれでも美しく、綺麗に見せようとするのは星夜を心配させないためだ


 これ以上、苦しんで、悩んで欲しくないから



 なのにこの親と言ったらなんだ?


 良質な生地で作られた服

 履いても痛くない靴

 良質なシャンプーで洗っているおかげで綺麗になった髪をさらに椿油で艶めかせている



 どうして?


 どうして親と子だけでここまで違う?


 だから星は思う


 こいつらがいなくなればどれほど良いことか


 どれだけ星夜に美味しいものや綺麗なものを作ってやれただろうか


 それを、今の今まで耐えてきた


 でももう我慢の限界だった



「自分の好きなことをして良いのよ?ふざけんじゃないわよ。あんた達がいるから好きなことも充分に出来てないんでしょ。あぁ…私の腹から生まれただなんて思いたくない?って言ったわよね。ええそうね。私もあなたの腹から生まれただなんて思いたくないわよ!」



 そう吐き捨てて母を押しのけ、自分の部屋に向かう



 部屋には物がほとんどなかった


 クローゼットと、机と、簡単なベッドだけ


 良いものは全て借金のせいで売ってしまった


 星はクローゼットから大切に保管していたお金と星夜からもらった宝物をもち、部屋の窓から外に出た


 すると



「星!星!あかりぃ!どこに行った!」



 飛び出たタイミングで帰ってきたのであろう父が叫びながら部屋の中に入ってきた


 バレない様に壁に沿って家から離れる



「どこに行ったあいつは!お前もじっとしてないで探し出せ!」



 そんな声が外にまで響き渡っている


 なんだなんだと周りの家からも人が出てきた



「っ…待っててね、星夜」



 星夜のいる、地下牢に繋がる道まで全速力で走った


 今日も会いに行く約束をしている


 まだあの子に痛みが襲ってくるまで時間はあった


 大丈夫。まだ大丈夫


 父に見つからない様にゆっくりと慎重に行きながらも、確実にそちらの方向に向かっていった



「…そう言えば、神託が出たはずなのに…やけに長老たちが静かね。何かあったのかしら?」



 街の角にある小屋に入り、地下に続く扉を開ける



「あ…アップルパイ作れてないや…うん…大丈夫よね。あの子の好きな金平糖はあるもの」



 その時だった



「————たい————痛いよ————おね、ちゃん————!」



 うっすらと、地下からそんな声がした


 星は顔を青ざめさせ、近くの時計を見た


 時刻は12:40


 早い


 普段よりも、痛みが襲ってくるのが早い…!



 星は急いで階段を駆け降りた


 途中転けそうになりながらも、もうすぐそこだと分かってそのまま飛び降り、綺麗に着地する


 座敷牢には頭を抱えて体を縮こまり、泣き叫んでいる妹の姿があった



「星夜!!」

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