第2話

「あ、また広がってる…」



 座敷牢に形だけ準備された化粧台に備え付けられた鏡を通して、顔の模様が広がっているのがわかった

 今までなかった首あたりにも見える様になっている


 痛みが薄れてきた時間


 星夜は今日も姉が来るまで1人祈りを続けていた


 目を閉じると幾億の星が見える


『星海』が広がり、空を泳ぐ星座が楽しそうに歌い踊っている


 これがいつも見える様子で、平和だってこと


 星夜は今日もそれが見えてホッとしている


 でも…急にそこに得体の知れない、赤と黒のものが入ってきた


 歪んだ赤と黒は『星海』を飲み込み、そしてそのまま


 こちらに向かってきた



「ッ—————!」



 急いで目を開ける


 目を開けると何もなく、普段見ている薄暗い座敷牢だ


 今のはなんだったのか…とにかく伝えないと…



「えっと、長老様のお宅の電話は…」



『黙れ!お前は嘘つきだ』



「…」



 ダイヤルを回す手が止まった



 昨日長老に言われた言葉が繰り返し脳に響く


 心に引っかかる


 今みたこれを伝えても、曖昧な答えしか出てこない


 多分、それを良い様に使われて悪く言われるだけだ



 受話器が手から離れ、俯き、震える手をキュッと握り、もう一度目を閉じた


 瞼の裏に広がる『星海』今度は最初から赤と黒の歪みが見える

 だがそれらは動かず、白く光る文字と脳に直接声が響く



『美しい『星海』、


 一つの異変に襲われる。


 人間は死を迎え、


『星海』に紛れ消えていく。


 救われたくば、


 贄を巫女に捧げよ』



「っ—————!神…託…」



 恐らく、神託が出れば実際に『星海』に流れ星がいくつも飛び交う

 それを見た長老がそのうちやってくるだろう

 電話など…しなくて良いはず



(でも、来なかったらどうしよう?うぅん。だって神託が出たんだもん。長老様たちは、神の言葉なら信じるから…)



 ガタン


 そんな音が地上から聞こえた


 それからドスドスと重い足音が響く


 あぁ、長老が来た


 星夜は身なりを整え、座布団の上に座り直す


 ちょうど良いタイミングで長老達が入ってきた


 そして聞く



「星夜、神託が出たんだろう。神はどう仰っておるのだ」


「はい————



『美しい『星海』、


 一つの異変に襲われる。


 人間は死を迎え、


『星海』に紛れ消えていく。


 救われたくば、


 贄を巫女に捧げよ』



 そう、神はおっしゃっています」


「なんと…『星海』が襲われるじゃと!?それは大変だ…巫女に贄を捧げよ…それは…生贄ということか?」


「いえ、そこまでは分かりません…恐らく…また後日神託があるかと…それまでは待っておいた方が…」



 だが、星夜の声を、長老とその取り巻きは聞いてすらいない



「どういたしましょう。巫女に生贄を捧げるなど…この座敷牢にもう1人閉じ込めろというのですか?」


「いや、もしかしたら巫女を通じて神に贄を捧げる…そういうことなのでは?」


「こんな場所で話し合っても話にならん。上に戻るぞ」



 そう言って勝手に入ってきては勝手に出ていってしまう



「あの、待ってください…あっ」



 服の裾に足を引っ掛けて滑ってしまう

 前に向かってこけ、軽い痛みを抑えながら長老たちを止めようとする



「待ってください!神は…まだ…!」



 そう言ったところで、長老が振り返った


 話を聞いてくれる!


 思ったのも束の間


 彼らは冷ややかな目で星夜を見下ろし、言うのだ



「貴様のいうことなど聞く気はない」



 バタン


 外へ出る扉が閉められた


 またひとりぼっちの座敷牢


 星夜はむくっと起き上がり、ぼーっと手のひらを見た


 先ほど滑った時に畳にすってできた擦り傷からゆっくりと血が出てくる


 だがそこに『星海』の模様が近づき、治していく


 跡形もなく擦り傷が消えたのをぼーっと見つめる星夜の瞳に、涙が浮かび、ポロポロと手のひらに落ちていく


 あぁ、まただ


 なんでかな?


 なんでこんなふうになったんだろう?


 痛いのを我慢すれば良い?


 叫ぶのをやめたら良い?


 でも、痛いんだもん


 我慢できないんだもん


 これは、我慢していられる様な痛みじゃない



 神託を受けて…ふと分かったことがある


 長老たちが言っていたことは


 そうだ、正しいんだ


 今までこの痛みはずっと、『星海』の模様の中に紛れ込んだ、歪んだ何かがこの痛みの正体で、それから『星海』が守ってくれていたんだと。そう思っていた


 でも違った


 本当は逆だったんだ


 星は私を助けてくれる。他の誰も、信じちゃいけないんだ


 そう思っていた


 でも実際は…



「痛いよ…神様…だってそうでしょ?この痛みは…私を蝕むのは…『星海』なんでしょう?」



 先日までは『星海』が癒してくれていると思っていたが、実際は痛みの原因は『星海』だった


 体の模様が広がるにつれて激しくなる痛み


『星海』に紛れる歪んだそれはどんどん『星海』に負けていっている


 あの日、星には『星海』が和らげてくれていると言ったが、あれ以降模様が広がるに連れて痛みも増している



「…なんで…『星海』は…美しいものじゃなかったの…?なんで…私を、蝕んで、壊していくの?」



 涙が止まらない


 辛かった


 知りたくなかった


 こんなこと、思いもしていなかった


 あの神託の異変は、きっと歪んだ何かだ


『星海の病』の進行を抑えて、和らげてくれる、あの何かが…


 あれは、一体なんだったんだろうか


『星海』は…本当は何者なんだろうか


 本当に…神々が人間に与えた美しきものなんだろうか



 そうやって疑問が頭の中にめぐりめぐる



「あっ…」



 体に違和感が走った


 急いで時計を見る


 時間は12:30


 まだ痛むのには早い時間だ


 なのに…



「ッ—————!あぁぁぁ!?!?」



 急に全身に走る激痛


 昨日よりも、あの時よりも、始めて痛みに襲われた日よりも強い痛み


 苦しい


 苦しい苦しい


 痛い痛い痛い


 助けて…お姉ちゃん…


 助けて…




 そういえば



 今日、お姉ちゃんと会ってないなぁ




 そうしてまた、星夜の意識は痛みに支配され、叫ぶことしか出来なくなった

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