暗い海

 裸足で踏みしめた砂は冷たい。砂の中に隠れている貝殻が、時折足の裏の柔らかな皮膚を刺す。唇から漏れる息が震えていた。


 どこが砂浜と海の境界線かわからない。恐る恐る歩いていると、足の甲が海水に浸る。ここからだ。なるべく音を立てないように、引いていく波と一緒に冷たい砂へと足を潜らせる。もう戻れない気がした。


 アルバムでしか知らない故郷の海が足にまとわりつく。波が引いてさらされた足が潮風に吹かれて寒い。


 これを望んでいたはずだった。それなのに、どうして体が震えているんだろう。そっと足を動かして、彼の方へ振り向く。


 彼の姿は、うっすらとしか見えなかった。彼が見えなくなったら、私も海の中へ消えてしまおう。きっとあと数歩、もう少しというところで、彼が立ち止まった。


 気づけば目からは涙が流れていた。もしも彼が振り向いたら、もしも彼が戻ってきたら、何もなかったふりをして戻ろう。戻れるだろうか。


 膝まで波に飲み込まれた。彼は振り向かない。ただその場でじっと、何かをうかがっている。このまま振り向かなければ、振り向いてくれなかったら。


 足がガクガクと震えて崩れ落ちそうだ。でも今ここに倒れ込めば、彼は音で気づくだろう。そういう風に気づいてほしくない。でも、気づいてほしい。


 お願い、汐里くん。しーちゃん。振り向いて。

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