第12話

 アパートを出て、左に曲がる。大学に行く道とは反対方向だ、駅に向かうのだろう。前から歩いてくる人はサラリーマンばかりで、そういえば今日は平日だったと思い出す。


 スーツの群れに飛び込んでいく俺らは、なんだかこの場にいるべきでないような気がした。駅に向かうにつれて人が増えていく。ドン、と時折肩がぶつかるが、彼らは気にする様子もない。すみません、と頭を下げながら歩く俺に対して、俺の手を引いている水咲はするすると人の波を器用に避けていた。


 駅に着き、水咲は俺の手を離して切符売り場へと向かった。普段電車を使わない俺は、持っていたICカードの残高を確認するために彼女の後に続く。カードを入れようとしたら、水咲から切符を渡された。



「無人駅だから、ICカード通すところないかも」



 そう言われ、一体どこに連れていかれるのかと切符を受け取るのをためらう。けれど彼女は強引に切符を掌に潜り込ませ、さっさと改札の奥に入っていってしまった。次々と階段を下りてくるサラリーマンたちの雪崩に水咲がのまれる前に、慌ててその背中を追いかける。


 今電車が行ったばかりのホームにはほとんど人がいなかった。暗闇の中で駅を照らしている蛍光灯の明かりがなんだか不気味に感じる。



「電車、30分だって」



 水咲はそう言って駅のベンチに腰かけた。駅の時計をちらりと見るともう21時を回っている。彼女の隣に腰を下ろすと、自分は何をしているんだろうという気持ちがぽつりと浮かんだ。


 いくら水咲の希望だとはいえ、こんな時間に海へ行こうという彼女を止めればよかったんじゃないだろうか、横目で水咲の表情を見る。俺の心配とは裏腹に、彼女は嬉しそうな顔をして電車を待っていた。


 改札も通ってしまったし、もうこれ以上悩んでもしょうがないかと目を閉じる。本当は選択することから逃げているのではないかと自分の中の何かがささやいているけれど、知らないふりをした。



「汐里くん、電車来るよ」



 水咲に腕を引っ張られて目を開いた。構内にアナウンスが流れている。電車がホームに滑り込んできて、人が押し出されていった。車内にはまだ疲れて眠っているサラリーマンや、スマホをいじっている学生の姿があった。空いている席もあるのに、水咲はドアのすぐ横に立った。



「空いてるけど、座らないの」



「ううん、いい。立ってる」



 水咲は閉まったドアにもたれかかり、じっと窓の外を眺める。だんだん遠ざかっていく駅のホームには、乗り遅れたらしい人がぽつんと立ち尽くしていた。


 30分ほど揺られているうちに、車内からはどんどん人が減っていった。残ったのは俺達と、端っこの座席で眠り込んでいる女性だけ。



「降りるよ」



 水咲に言われるがまま、電車を降りる。全く知らない駅だった。見覚えのない場所に、言い表せない不安を覚える。



「なあ、水咲、どこに向かってんの」



 乗り換えの電車を探していた彼女は、俺の言葉に振り向くとただ黙って微笑んだ。それからまた俺の手を引いて、次の電車に乗り込む。2両しかない車両には誰もいなかった。今度は座席に座った水咲の隣に俺も腰かける。



「大丈夫だよ」



 彼女は握った手に力をぐっと込め、もう一度大丈夫、と繰り返した。一体何が大丈夫なのか俺にはさっぱりわからなかったけれど、ただ小さな声でわかったと返すことしかできなかった。

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