第4話
5分ほど何もない道を歩いていると、後ろから足音がするのに気が付いた。何気なくそちらに目を向けると、長い黒髪の女性が歩いている。女性は俺に気が付くと、小走りで駆け寄ってきた。
「片山さん、おはようございます」
「うん、おはよう酒井君」
片山さんは、俺と同じゼミに所属している。オカルトが好きで、1年のころ心霊スポットを巡っていたら出席日数が足りなくて留年した、なんて話を聞いたけれど、本当のことは知らない。
ひとつ年上の彼女のことを最初は先輩と呼んでいたが、同じ学年だからやめてと止められた。けれど呼び捨てにするのも違和感があって、今は片山さんで落ち着いている。
彼女はその特殊な趣味だとか、自分には霊感がある、と言っているところから他のゼミ生からは距離を置かれているけれど、俺は彼女の話を聞くのが好きで、話す機会が多かった。
ふと、片山さんに水咲のことを相談しようかという考えが頭に浮かんだ。けれどさすがの彼女でも、馬鹿らしいと笑うだろうか。
「どうしたの、なんか悩み事?」
「……霊感ある人って、そういうのもわかるんですか?」
じっと悩んでいたわけでもないのにさらりと指摘されたことに驚き、冗談半分に言うと片山さんは愉快そうに笑った。
「年の功よ」
ひとつしか変わらないでしょ、と言うと彼女はまた口元を抑えて笑う。
「まあまあ、本当に悩んでることがあるなら聞くけど」
このまま黙っていても、片山さんにはすべて見透かされてしまうような気がした。人の心を読めるわけでもないのに。
どくどくと、心臓が大きな音を立てていた。緊張で乾いた喉を唾で潤す。
「……付き合っている彼女の様子が、おかしいんです」
俺は躊躇しながらも、ぽつりと言葉を吐き出した。
「すごい、急にぼうっとすることが増えて。元々そういうタイプではあったんですけど、最近はなんか、特におかしいというか……」
そう言葉を続けながら、こんな馬鹿げた話を真剣にしようとしている自分が恥ずかしくなった。いくらなんでも彼女が何かにとりつかれているかもしれない、なんて話有り得ないだろう。おかしいのは彼女じゃなくて俺の方だと思われても仕方がない。
「なんか、とりつかれてるみたいな……はは、いや、訳わかんないですよね」
誤魔化すように笑い片山さんの方を見ると、彼女は真剣な顔をして、俺の目をじっと見ていた。
「わかんなくないよ。おかしいって、どんな?」
片山さんは、俺をからかっているようにもふざけているようにも見えない。まだ拭いきれない恥ずかしさを押し込めながら、俺は水咲の最近の行動を語った。
「……なるほどねえ」
片山さんは首をかしげて遠くの空を見ている。俺は自分の中で抱えていた悩みを人に話したことで、なんだか肩から重荷が下りたような解放感と、緊張の糸がほぐれたことによる疲れを同時に感じていた。
「水場ってのは霊が寄り付きやすい場所ではあるけど……実際に見てないから何とも言えないかな」
「まあ、そうですよね」
俺は苦笑いをして、彼女から視線を逸らす。具体的に何か対処法を聞けるとは思っていなかったし、最後まで真剣に聞いてもらえただけありがたかった。
「彼女さんと酒井君さえ良ければ、見に行こうか?」
「えっ、いやさすがにそこまで迷惑かけれませんって……」
片山さんの提案に驚いて、とっさに遠慮する。でも、片山さんに来てもらったら、問題があってもなくても、解決することがあるかもしれない。そう考えて、少し間をおいてから恐る恐る口を開いた。
「……あの、やっぱり、お願いしてもいいですか」
「いいよ、私から言い出したんだし」
彼女はそう言ってにこりと微笑む。
「今日の授業終わりでもいい? あ、さすがに急かな」
「いや、大丈夫です。早い方がありがたいし……」
水咲に許可を取っていない、ということが頭によぎったけれど、彼女の方が帰りは遅いはずだから大丈夫だろう。
「じゃあ、ゼミが終わったらそのまま行かせてもらうね」
片山さんと話をしているうちに大学に着く。彼女は学生課に寄るから、と言って小走りに構内に消えていった。俺はどこか現実味のない話にぼんやりする頭と体を引きずって教室へ向かう。その日のゼミは身が入らなくて、結局来ても来なくても変わらなかった。
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