第3話
体がびくっと震えて目を覚ます。無意識のうちに眠ってしまったからか、まだ昨日が続いているような感覚で頭がぐらぐらした。腹の上にはタオルケットがかかっている。自分でかけた覚えはないから、水咲がかけてくれたんだろう。家の中はしんとしていて、水咲はもう仕事に出かけたようだった。
枕に押しつぶされていたスマホを手に取り、時間を確認する。画面は午前10時を示していた。午後のゼミには間に合いそうだ。
くあ、とあくびをしてそのままスマホのロックを解除する。カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。いつも水咲は起きた後カーテンを開けるけれど、今日は寝ている俺に遠慮したのか、カーテンは閉まったままだった。
同級生からのメッセージに適当な返事をし、メールフォルダを確認する。当たり前みたいな顔をしたお祈りメールに舌打ちをして、スマホをまた枕元に放り投げた。
就活は笑ってしまうくらい上手くいっていない。というより、自分のなりたいものがわからないまま、金を得るために就職活動をするということが精神的に苦痛だった。
水咲は自分から希望してデザイナーをしている。仕事の内容は、よく知らない。自分のしたいことを仕事にできている彼女が羨ましくて、水咲に就活の愚痴を言うのをやめた。
ごろんと仰向けに寝転がる。起き上がる気力がなくなってしまった。いっそゼミを休んでしまいたいとも思うが、さすがになあ、と寝返りを打つ。
半年前までは自分だけのものだったベッドを、1人で使っているときに広いと感じるようになったのはいつからだろう。元々余裕はあったけれど、2人で寝るには少し狭い。水咲とお互いに遠慮しながら眠っている。昨日は先に寝落ちしてしまったけれど、水咲は寝づらくなかっただろうか。
ぐうっとベッドいっぱいに腕を伸ばし、はあ、と深く息を吐き出す。
「風呂入んなきゃなあ……」
自分に言い聞かせるようにつぶやくと、勢いをつけて起き上がる。動かなければ。そう考えていないと体がまたすぐベッドに戻りたがった。
クローゼットから適当な服を取り出して、風呂場に向かう。部屋着を脱いで洗濯機の中へ放り投げ、浴槽をまたいでシャワーカーテンを閉める。頭から湯を被ると、体にたまった疲れが一緒に流れていくような気がした。水咲と共用のやたら甘い匂いのするシャンプーでガシガシと髪を洗う。
体中を洗い流していると、湯船の淵に水咲の茶髪が張り付いているのが目に入った。ぞっとして一瞬で体中に鳥肌が立つ。別になんてことないものなのに、こんなに寒気がするのは、昨日の水咲の姿が忘れられないからだ。
湯船の側にうなだれて、左腕を浴槽につけている彼女の姿は、思い出すだけでも気分が悪くなる。何でもなかったとわかっているけれど、本当に何でもなかったのだろうかと思う自分もいる。
こんなに近くにいるはずなのに、水咲のことがわからないのが怖かった。何も考えたくなくて、シャワーも止めずに自分の顔を手で覆う。水の流れていく音がどこか遠くに感じた。
風呂でぼうっとしているうちに、気づけば12時が近くなっていた。大学まではここから歩いて15分ほどだから急ぐ必要はないけれど、なんとなくこの家にいたくなくて、手短に準備をする。食欲がわかず、何も食べないままリュックを肩にかけてスニーカーに足を突っ込んだ。
ガチャン、と部屋の扉を開くと、うるさいセミの鳴き声が耳に飛び込んできた。空は腹が立つくらいに青く、さんさんと太陽が地上を照らしている。扉に鍵をかけている間に、首元を一筋の汗が流れた。せっかくシャワーを浴びたのに、とふてくされる。
大学までの15分の道が、この暑さの中では永遠に思えた。陽ざしを遮ってくれる建物もなく、じりじりと肌が焦げていくのを感じる。歩くのがだるくて、自然と背が曲がっていった。
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