第52話



「……召喚した後でも、強化は可能ですのね。へぇ……場合によっては成長率が上がったりもするようですね」


 アイナの笑みはますます深くなっていく。

 さらに情報を集め、召喚魔法を使用した場合に関しての情報などを見ていく。


「……魔物を過剰に強化した場合、肉体の一部が破損……あるいは精神に異常をきたしたこともあるということですか」


 その様子が絵とともに示されていて、中々にグロテスクな状況になってしまっていることも知ることができた。

 化け物のような見た目になってしまった人や魔物がそこにはいて、アイナであってもその様子に少し気おされるものがあった。


「……これを、あの勇者たちに使うとして……失敗したら……どうなりますか」


 悲鳴をあげ、苦しむ勇者たちの姿を考えれば、アイナも……多少の迷いはあった。

 まだ、ここでなら引き返すこともできるという考えが脳裏によぎった。


 だが、それは……アイナの中にあった強い野心が抑え込んでしまった。

 書類から目を背けるように本を閉じる。僅かに空気が揺れ、古本特有の臭いがアイナの鼻孔に届く。


「まあ、関係ありませんか。……立場がなければ、お母さまのようになるのですから」


 アイナの母は、あまり良い家柄の人ではなかった。だが、現国王が一目ぼれし、側室という形で子どもを作った。


 それからも、現国王から寵愛をうけていたが、もともとの立場もあってアイナの母はいじめられていた。

 やがて、耐えきれなくなった母は自殺し、アイナは幼い頃からその子どもとして周りからいじめられてきた。


 だからこそ、権力と立場を手に入れたかった。

 そのためならば、何を犠牲にしても構わないと本気で考えていた。


 召喚されたクラスメートたちは、それぞれ能力と実戦での評価から順位がつけられていた。

 全部で三十一名。豊島士道が王女様によって追放されてしまったため、現在は三十名だった。


 そのうち、上位六名のものたちでパーティーを組み、Eランク迷宮へと挑戦した結果――現在迷宮攻略は失敗してしまい、城内はどこかぴりぴりとした緊張感が集まっていた。


 豊島と仲良くしていた田中と佐藤もまた非難の目を向けられることが多かった。


 それは、勇者、だからだ。


 勇者たちには、その生活を補助するために多額の税金が投入されている。彼ら勇者が使えない、となればその税金が無駄金となるわけで、それだけ非難されてしまうというわけだ。


 とはいえ、勝手に召喚された田中たちからしたら、勘弁してほしいという気持ちであった。

 田中と佐藤は同室は三人部屋を用意されていた。正確に言うと、豊島もここにいたのだが、すでに彼は部屋にいないため、部屋には使われていないベッドが一つある。


「……強い六人たちで迷宮攻略失敗って、本当にこの国の育成って大丈夫なのか?」

「……正直、分からんよな。こうなると、豊島が一人で城を去って行っちゃったときに何とかして残すように話すべきだったかもしれないよなぁ」

「そうだよなぁ……豊島、一人で大丈夫かな……」


 田中と佐藤は、豊島か受け取っていたハンバーガーを取り出し、一口食べながら悲しんでいた。

 城の食事にも飽き始めてしまい、今ではこの豊島が残した食事を少しずつ食べて誤魔化すのが唯一の娯楽だった。


「……ていうか、これからどうなるんだろうな」

「迷宮攻略を行って、成功したら次のランクの迷宮に行くって話だったよな」

「それがいきなり失敗だったわけで、計画全部狂っただろ? あの王女様、何するか分からないよな……」

「ほんと、な」


 田中たち含め、この国の王女がかなりの問題児であることはすでに理解していた。

 きな臭い噂話は掘ればいくつも出てくる王女であり、田中と佐藤も次に何をされるかと不安に感じていた。


「そろそろ、訓練の時間だよな」

「……そうだな。豊島バーガーも食べたことだし、体の調子もいいよな」


 田中と佐藤は無理やりに笑顔を浮かべ、部屋を出ていく。

 二人の実戦での成績が上がったのは、豊島の食事を食べ始めてからだ。

 田中と佐藤は、廊下を歩きながら、ここ最近気づいていたことについて考える。


「……豊島の召喚魔法で召喚されたものを食べたやつって、たぶん肉体が強化されるよな?」

「だよな……クラスメートたちの調子が良かったのもそれだよな」


 この世界に来てからの数日。

 クラスメートたちの能力は、王女様が考えていたものを遥かに超えるほどの実力だったと言われていた。

 歴代最強の勇者たち。そう評価されていたのは、豊島が城を追放されるまでだ。


 それまで、豊島の召喚したハンバーガーを食べなくなった勇者たちの評価が軒並み落ちていった。

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