トーテムポール交点

「そんなわけで太郎。お前、うどんと豆腐な」


「は?」


 掃除の時間――ぼくはクラスの男子三人に呼び出されていた。

 鈴木・川西・迫田。

 彼らは全員、とても真剣な表情を浮かべている。


「うどんと豆腐って、何だよ?」


「迫田が自由になった記念パーティーをやるんだ」


「自由になった?」


 迫田を見ると、彼は「やれやれ……」といった表情で、肩をすくめた。

 迫田はウチのクラスで一番のカッコマンだ。

 つまり、キザなやつ。

 鈴木が続ける。


「迫田って、5年になってからずっと椎名と付き合ってただろ?」


「う、うん」


「で、まぁ、最初はうまくいってたんだが……迫田はやっぱクールな男じゃん? 途中から椎名のラブラブ攻撃にウンザリしてきた。で、今回、めでたく別れることになったんだ」


「め、めでたいのか、それ……」


「そんなわけで、迫田が自由になった記念に、男同士で鍋パーティーをやる。明日の放課後、場所は理科室だ」


「理科室って、先生の許可は?」


「それについては問題ない。火は使わないんだ。グリル鍋で調理する」


「でも理科室で鍋パって……」


「オレは肉を持ってくる。川西は野菜だ。迫田はジュース。太郎、お前はうどんと豆腐を持ってこい」


「わ、わかったよ」


「悪いな、太郎。ご協力、感謝する。全員で迫田の自由を祝ってやろうぜ!」


       〇


「地球人って、何を考えているの?」


 帰り道、明日の鍋パの話をすると、石輪さんが言った。

 ものすごくあきれた顔で、ぼくを見つめている。


「迫田くんって、これまで自分の意志で椎名さんと付き合ってたんだよね?」


「うん。ま、まぁ……」


「で、彼女と別れるから『自由だ!』って、何? 迫田くんは自分の意志で鎖につながれに行ったのに、今度は自分の意志で鎖を逃れ『自由だ!』って……なんか、おかしくない?」


「そう言われてみれば……まぁ、たしかにおかしいけど……」


「ねぇ、太郎」


「ん?」


「太郎ももしかして……私と別れるようなことがあったら、鍋パする?」


「しないよ、そんな……ぼくは石輪さんとずっといっしょにいるつもりだし」


「たとえばの話」


「鍋パはしないな……部屋でジッとして、悲しみが薄れていくのを待つ」


「可愛い!」


 ミョーに盛り上がり、石輪さんがぼくの腕にしがみついてくる。


「か、可愛い?」


「可愛いよ! だって太郎、私のことを思い出しながら、部屋で泣いたりするんでしょ? すっごく可愛い! え? ちょっとそれ、私、見たいかも……」


「なんでぼくが泣いてるのを見て喜ぶんだよ……悪趣味だ……」


「大丈夫。太郎と別れたら、泣いちゃうのは私の方だから」


 そう言って、石輪さんがさらにぼくの腕を強く抱きしめる。

 あ、相変わらず……すごく可愛いな……石輪さん……。


「じゃあ、明日は私、一人で帰るね」


「なんかごめんね。明後日からはまたいつものように二人で帰ろう」


「うん!」


 ぼくたちは、商店街を歩いていく。

 石輪さんがこんな風に抱きついてきても、ぼくはぜんぜんイヤな気がしない。

 むしろ、なんだかうれしい。


 椎名さんのラブラブ攻撃にウンザリしたって……迫田は一体、どんだけの攻撃を受けてきたんだ?


       〇


 翌日の放課後、ぼくたちは教室に残り、みんなが帰るのを待った。

 ほとんどの者が帰宅すると、いよいよ行動を開始する。

 材料を持って、理科室に移動した。


「カギは、開いてるのか?」


 ぼくが聞くと、鈴木が得意げにうなづく。


「当然だ。オレたちは次のロボットコンテスト・小学生部門に出場することになっている。その会議の場として、理科の加藤先生が放課後の理科室を開放してくれた。カギは今、オレの手の中にある」


「じゃあ、加藤先生が見回りに来るんじゃないのか?」


「安心しろ。加藤先生は今、出張中だ」


「準備万端ってわけか……」


「ところで太郎。うどんと豆腐は持ってきたんだろうな?」


「もちろんだ。冷凍うどんと豆腐、それから糸こんにゃくを持ってきた」


「フッ……頼りになる男だぜ……」


 理科室に到着すると、ぼくたちは水道で野菜を洗った。

 誰かが持ってきた包丁を使い、次々と具材をグリル鍋に入れていく。

 どうやらすべてを準備したあと、市販の鍋つゆを入れて煮込んでいくスタイルらしい。


 材料を切っているのは、迫田だった。

 いつもカッコばかりつけてる迫田だが、意外なことに包丁さばきが見事だ。


「すごいな、迫田。包丁、めちゃくちゃうまい……」


「いいか、太郎? お前も今のうちから、包丁ってやつの使い方をマスターしとけよ」


「やっぱ――必要か?」


「当然だ。おれのようなクールな男が、パパパッとうまい物を作ってやる。女なんて、これでイチコロだ。『え? やだ、意外。迫田くんって、料理もできちゃうわけ?』これだよ、これ」


「なるほど……」


「太郎。モテる男ってのはな、そういうことをするんだよ。毎日が愛する女を喜ばせるための、自分を高める戦いだ」


「いや、でも、お前、椎名さんと別れるんだよな?」


「ま、まぁ……それもあいつの幸せのためだ。あいつはおれみたいな危険な男より、フツーの男と付き合った方が幸せになれる……」


「む、むずかしいんだな……」


 そんな会話をかわしながら、ぼくたちは調理を続けた。

 やがてすべての準備が整い、鍋つゆが投入され、あとはグリル鍋のスイッチを入れるだけになる。

 自分たちが用意した鍋を見下ろし、全員がゴクリとツバを飲み込んだ。


「結構……本格的なやつができたな……」


「ヤバいよ、これ。ウチで作る鍋より豪華だ」


 川西と鈴木が交互に言う。

 そしていよいよ――迫田がグリル鍋のスイッチに手をかけた。


「じゃあ、スイッチを入れるぞ――自由、バンザイ」


「自由、バンザイ!」


 全員の声にうなづき、迫田がグリル鍋のスイッチを入れる。

 その瞬間……すべての電源が落ち、夕方の理科室が薄闇に包まれた。

 

       〇


 ぼくたち四人は、絶望の廊下を歩いていた。

 鈴木の手には、まったく煮えてないグリル鍋が握られている。

 スマホをチェックした川西が、ぼくたちに報告した。


「電力会社に何か問題があったらしい。現在、停電の原因を調査中。復旧まで2時間程度の見込みだそうだ……」


「マジか……って言うか、なんでわざわざこんな超盛り上がってる時に……」


 鈴木がガックリと肩を落とす。

 そんな彼の肩を、迫田がトントンと叩いた。


「おれはうれしかったよ。おれの自由のために、お前たちがこんなに祝ってくれるなんてさ……」


「何言ってんだ。おれたち、友だちだろ……」


 鈴木の言葉に、ぼくも川西もうなづく。

 それを見て、迫田がカッコマンらしからぬ涙を浮かべた。


「お、お前ら……」


「ねぇ、何やってるの、あなたたち?」


 その時、いきなり後ろから声がした。

 振り向く。

 そこには――なぜか、石輪さんが立っていた。


 おまけに彼女の後ろには、他のクラスメイト女子、三人が立っている。

 険しい表情を浮かべた彼女たちの中には、迫田の元カノ・椎名さんの姿も見えた。


「い、いや、鍋パをしようと思ったら、停電で――って、あれ、美佐? なんで美佐がいるの?」


「よ、陽子……な、なんで……」


 鈴木と川西が、呆然とつぶやく。

 西野美沙さんと桜田陽子さんは、そんな二人に「あぁん?」と顔をしかめていた。

 石輪さんが鈴木の手の中のグリル鍋を見て、少しだけほほ笑む。


「おいしそうだね。私たちにもごちそうしてくれる?」


「そ、それはかまわないが……石輪、今は停電だ。電気がなきゃ鍋は作れない。おまけに校内で、火は厳禁だ」


 鈴木が石輪さんに言う。

 だが石輪さんは、そんな鈴木の言葉に余裕の笑顔で返した。


「電気がなくて、火が使えない。だったら……トーテムポールがあるじゃない」


 石輪さんのその言葉に、全員が「は?」と首をかしげる。

 もちろんぼくも「え……」と言葉を失うしかなかった。


       〇


「これ、何だと思う?」


 そう言って、石輪さんが運動場の片隅の太い棒に手をかけた。

 さすが石輪さん。

 そこにある小汚い棒に寄りかかるだけで、めちゃくちゃ絵になる。


「トーテムポールだろ? 昔の卒業生が作ったやつ」


 鈴木が答える。

 彼の横には、なぜか西野美沙さんが寄り添っていた。

 え?

 もしかしてこの二人……付き合ってるの?


「そう。トーテムポール。でもこれは、ある種の呪術装置なんだ」


「じゅ、じゅじゅつそ……」


 石輪さんの言葉に、ぼくたちはちょっとビビった。

 肩をすくめ、石輪さんが運動場の真ん中に歩いていく。

 全員が、それに続いた。


「この運動場を囲むトーテムポールは……あそことあそことあそこ――それからあそこにもある。4点だ。数としては問題ない」


 続いて石輪さんは、運動場周辺に設置された朝礼台を指さす。


「鈴木くん。朝礼台の上に、お鍋を置いてくれる?」


「こ、ここか?」


 鈴木が言われた通り、朝礼台の上に鍋を置いた。

 ぼくは心配になり、石輪さんに聞いてみる。


「石輪さん。な、何するの?」


「トーテムポールは何かを呪う装置じゃないんだ。トーテムポールに宿った神や精霊に祈ることによって、人間の願いを叶えてくれる」


「人間の願いを、叶えてくれる……」


「ここの四方に置かれたトーテムポール。そこから発射される直線のエネルギー。その4本の交点であるこの朝礼台にお鍋を置いて、みんなの願いをこめると――」


「お、おい……」


 突然、鍋のそばにいた鈴木が声をあげた。

 鈴木の声で、他のやつらが朝礼台に駆け寄っていく。

 鍋の中を覗き込んだ全員が、皆一様に大きく目を見開いていた。

 石輪さんがそれにほほ笑み、ぼくの腕にしがみついてくる。


「あんな風に、お鍋が煮えるの」


       〇


「大人たちはオカルトをバカにするけど、この世界って、実はビックリするほどオカルトなんだ」


 朝礼台から少し離れた場所で、ぼくと石輪さんは取り分けた鍋を食べていた。

 気がつけば、鈴木と西野美沙さん、川西と桜田陽子さん、そして――カッコマン迫田と椎名さんがそれぞれに分かれ、仲良く並んで鍋を食べている。


「たとえば運動会とかキャンプの時にやる、フォークダンス。あれは第二次世界大戦のあと、GHQがこの国に持ち込んだ。あの時にかかる『マイム・マイム』はイスラエルの曲だよ。みんなで輪になって踊るでしょう? あれはその中心に水があるという設定。水を掘り当てたことを喜ぶ曲なの」


「そ、そうなんだ……」


「歌詞にあるのは、イザヤ書の中の一節『あなたがたは喜びをもって、救いの井戸から水を汲む』。まぁ、預言だね」


「預言……」


「キャンプファイヤーもそう。どんなキャンプファイヤーでも、必ず『火の神』の役を演じる人がいるでしょう? あれは火の神を崇めてるんだよ」


「でも……学校のトーテムポールにこんな力があるとは思わなかったな」


「トーテムポールは、家族のシルシみたいなもの。だからこの学校の生徒が困ってたら、力を貸してくれる」


 そんな話をしながら、ぼくたちはクラスメイトたちを見つめる。

 迫田と椎名さんは、なんだか仲良さそうに二人で笑い合っていた。


「あの二人……別れるんじゃなかったのか?」


「今朝、椎名さんに聞いてみたんだけど――べつに別れ話なんかしてなかったらしいよ。迫田くんがいつも無駄にカッコつけてるから、ちょっと怒ったんだって。それだけ」


「まぁ、迫田はカッコマンだからな……」


「でもどうやら仲直りできたみたいだね」


「ねぇ、石輪さん」


「ん?」


「こういうのって、やっぱあとで、あいつらの記憶を消しちゃったりするの?」


「え? なんで?」


「だってトーテムポールのこんな使い方を知ってるなんて、石輪さんが金星人だってあいつらにバレるかもしれないじゃないか」


「あぁ。でもそれ、大丈夫だよ。記憶は消さない」


「そうなの?」


「うん。だって誰の記憶の中にも――」


 石輪さんが、すっかり暗くなった夜空を見上げる。


「『あれって、なんか不思議だったな……』っていう、子どもの頃の記憶があるものじゃない?」


「いや、ぼく、まだリアルで子どもだから、あんまよくわかんないけど……」


 そしてぼくたちはそれぞれに鍋の続きを食べた。

 朝礼台の鍋を全部平らげたあと、ぼくたちはカップル同士で自分たちの家まで歩きはじめる。

 振り返って4点の棒を確認すると、トーテムポールたちが「気をつけて帰るんだよ」と笑ってくれてるような気がした。


「今日は楽しかったね」


 石輪さんがぼくの腕に巻きついてきて笑う。

 そうだね。

 楽しかったね。

 何て言うか、みんなが仲良く出来て良かったよ。


 ぼくたちは街灯に照らされた夜道を歩く。

 ずっと忘れていたけれど、いつの間にか停電は終わっていた。

 街を、明るい光が照らし出している。

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