できるだけ赤い1980年に、大事な物を埋めてきた

「大事な物を埋めに行きたいの。付き合って」


 放課後――石輪さんが言った。

 少し肌寒くなってきた晩秋ばんしゅう

 ぼくたちは、帰り道を歩いている。


「それは、今日じゃなきゃダメなの? もう少し暖かい日にしない?」


 ぼくが言うと、石輪さんが突然立ち止まった。

 なぜか、涙ぐんでいる。


「な、なんで泣くの?」


「私だけの問題じゃないのに……太郎にだって、責任はあるのに……」


「せ、責任? ぼ、ぼくに?」


「私だけじゃ、育てられないんだよ!」


 石輪さんが何を言ってるのか、ぼくにはさっぱりわからない。

 でも石輪さんが泣いているのは、やっぱり良くないことだ。


「ご、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。い、行くよ! ぼくも埋めに行く!」


「うん。だったら良し」


 ケロッといつものクールな表情に戻り、石輪さんがぼくを引っぱる。

 な、なんだろう、この変わり様……。

 『女心と秋の空』って、前に何かで読んだけど――こ、こんななの?

 変化、すごすぎない?


 ぼくたちは歩いていく。

 すると途中で、黒い服の列が見えた。

 お通夜だろうか?

 すごい人数の弔問ちょうもんきゃくだ。


「誰か亡くなったのか……」


「みたいだね。まぁ、地球人は、死んでからの方が忙しいよ」


 その列を通り過ぎ、石輪さんと向かったのは――学校の裏山だった。

 暖かい時期は蒼々としていた森が、鮮やかな紅葉に彩られている。

 森の前に立った彼女が、やる気満々でぼくに言った。


「それじゃあ、できるだけ赤い場所を探して」


「できるだけ赤い場所?」


「紅葉だよ。色鮮やかな紅葉が、めちゃくちゃ集中してる場所」

 

「うん。わかった」


「あ、それからね、太郎」


「ん?」


「このあたりには魔物が出るかもしれないから、十分に気をつけること」


「ま、魔物?」


「ここはとても神聖な場所なんだ。こういうとこには、魔物が住みやすい。邪悪な自分を神聖な土地の力で浄化しようとするんだ」


「怖いこと言うなぁ……」


 ぼくの彼女・石輪いしわ亜季あきさんは、金星人だ。

 地球には、ちょっとした調査で来ている。


 そんなことを言っても、フツー、誰も信じない。

 だけど、ぼくは信じていた。

 なぜなら彼女と付き合いはじめてから、ぼくは色々と不思議な体験をしているから。


「できるだけ赤い場所か……」


 石輪さんと分かれ、ぼくは一人で歩きはじめた。

 落葉樹の森。

 木々から枯れ落ちた紅葉が、森のずっと奥まで続いている。


 しかし……石輪さんは、一体何を埋めるつもりなんだろう?

 大事な物を埋めに行きたい、と、彼女は言った。

 それは一体、何だ?


 そんなことを考えていると、ぼくの視界が突然パッと開けた。

 森の中の、そこだけ何もない空間にぼくは立つ。

 足元には、目がチカチカするほどの紅葉がびっしりと敷きつめられていた。


 その中心に、ぽつんと一人の女の子が座っている。

 地面にペタンと内股で座り、驚いたような顔でこちらを見ていた。


「お、お邪魔しました……」


 クルッと向きを変え、ぼくはその場から立ち去ろうとする。

 すると彼女は、とても透き通った声で、そんなぼくを呼び止めた。


「あの、この町の方ですか? 小学生ですよね? な、何年生?」


「えっと、あの、5年生ですけど……」


「わぁ、同じ年!」


「そ、そう……」


「私、最近この近くに引っ越してきたんです。良かったら、少しお話ししませんか?」


 めちゃくちゃ歓迎したほほ笑みで、女の子がぼくを見る。

 よく見ると、彼女はとても美人だった。

 石輪さんも美人だったが、この子はまた、ちょっとジャンルが違う美人だ。


「私、倉持くらもちじゅんっていいます」


「倉持、純さん……」


「あなたは?」


「原田、太郎ですけど……」


「じゃあ、太郎くんって呼んでいい?」


「は、はぁ」


「ねぇ、太郎くん。この町って、一体どんな町?」


 純ちゃんがその場を立ち上がり、近寄ってくる。

 ラズベリーのベレー帽に、同色チェックのロングスカート。

 お嬢様って感じ。


「どんな町って……田舎だよ。見た通り」


「私、田舎って大好き。だって華やかでしょう?」


「華やか? かなぁ?」


「たとえば――この森! とっても華やか!」


 そう言って、純ちゃんが一気にその場を走り出す。

 ぼくが追うと、彼女は足元の赤い枯れ葉を拾いあげ、笑顔でぼくにぶつけてきた。

 ぼくの体全体に、たくさんの葉っぱがくっついてくる。


「ははははは! 太郎くん、葉っぱ人間!」


「良くないよ、純ちゃん……出会ったばかりの人に、こんなことをするのは、マジで良くない……」


「え……」


 一瞬、純ちゃんに隙が出来る。

 ぼくは、それを見逃さなかった。

 素早く足元の枯れ葉を拾いあげ、思いっきり彼女の顔面にぶつける。


 彼女は「きゃっ!」とそれをかわそうとしたが、ぼくは矢継ぎ早に第2弾・第3弾を投げつけていった。

 やがて彼女も、負けじとこちらに反撃してくる。


 しばらくの間――ぼくたちは、そこで枯れ葉のぶつけ合いをしていた。

 どのくらい経っただろう?

 やがてお互いが疲れ果て、どちらからともなくその遊びは終わった。


「や、やめようよ、純ちゃん……ぼくら、もう……小5だぞ……」


「しょ、小5はまだ、大丈夫でしょ……中学生までは、こういうことしても……平気……」


「つ、疲れたよ……マジで……」


「お茶があるよ」


 そばに置いてあったバスケットから、彼女が水筒を取り出す。

 フタを外し、お茶を注いで、ぼくに手渡してくれた。

 もう一つのフタに、彼女も自分のお茶を注ぐ。


「いただきます」


 彼女から貰ったお茶を、ぼくは飲んだ。

 なんだか……不思議な味のするお茶だった。

 初めて飲む味だ。


「これ、変わった味がするね」


「うん。外国のお茶なんだ。おじさんのお土産。良い香りでしょう?」


「ノドが渇いてるから、香りとかよくわかんないよ」


「ところで太郎くんは、この森に何をしに来たの?」


「あ、そうだ。ぼくはね、赤い場所を探してるんだ」


「赤い場所?」


「そう。ぼくの彼女が、できるだけ赤い場所を探してくれって言うんだよ。だから、ぼくは――」


 その時、誰かがぼくの肩をギュッと掴んだ。

 あまりにも突然の出来事に、ぼくは「え?」と驚いて振り向く。


 そこには――石輪さんが立っていた。

 顔が、ちょっと……マジなレベルで、怒ってる?


「何してるの、太郎?」


「え、いや、あの……」


「どうして私以外の女の子とお茶なんか飲んでるの? しかも、思いっきり楽しそう……」


「ち、違います。こ、これには、その、深い事情が……」


「言ったよね? この場所は神聖な場所だから、気をつけろって」


「き、聞きました。たしかに、聞きました」


「まだ気づいてないの、太郎?」


「え? 何が?」


「ここ、フツーの世界じゃないんですけど?」


「はい?」


 あわてて、ぼくは周囲を見回す。

 ずっと向こうまで続く、紅葉が敷きつめられた景色。


 そういえば……この山、こんなに広くない……。

 もっと、こぉ、小さくて狭い山だ。

 石輪さんに言われるまで、まったく気がつかなかった。


 ぼくは、目の前にいる純ちゃんの顔を見る。

 彼女はとても屈託のない笑顔で、ぼくと石輪さんを見つめていた。


       〇


「この場所に出入りできるなんて、さすが金星人だね」


 歩きながら、純ちゃんが言った。

 ぼくたちは、純ちゃんが一番最初に座っていた地点に向かっている。


「今、ここ、何年くらいなの?」


 石輪さんが聞くと、純ちゃんが笑顔で答えた。


「昭和55年。1980年だね」


「しょ、昭和……」


 純ちゃんの言葉に、ぼくは心底驚く。

 再び、周囲を見回した。


 こ、ここ……しょ、昭和なの?

 マ、マジで?


「あなたは、赤い場所を探してるんでしょう?」


「うん。そうだよ」


「探して、どうするつもり?」


「大事な物を埋める」


「あぁ、そういうことか……」


 石輪さんと純ちゃんの間には、なんだか不思議な緊張感があった。

 だけど、ケンカが始まるような気配はない。


 純ちゃんと出会った広場に戻ると、その中央のあたりで彼女が立ち止まった。

 右手の人差し指をまっすぐに地面に向ける。


「ここなんか、どう? 大事な物を埋めるには、うってつけの場所じゃない?」


 石輪さんが、純ちゃんが指差した場所を見つめる。

 たしかにそこは、めちゃくちゃ赤い場所だった。

 ザッと見回しただけでも、他の場所より数段華やかな紅葉が重なっている。


「うん。素敵な場所だね。じゃあ、ここに埋めよう」


 そう残すと、石輪さんが一人で森の奥に入っていく。

 彼女を追おうと思ったが、純ちゃんがぼくの手を掴んでそれを止めた。


「ダメだよ、太郎くん。男の子はね、見ちゃダメ」


「み、見ちゃ、ダメ?」


「いいから。ほら、少し待っててあげて」


 少しすると、石輪さんが森から出てくる。

 彼女の両手には、何か白い物が乗せられていた。


 あ、あれは……月見の時に、体育館の前の宙に浮かんだタマゴ……。

 ぼ、ぼくと石輪さんが育てた、大切な何か……。


「太郎。ここに穴を掘って」


「う、うん」


 石輪さんに言われ、ぼくはそこにしゃがみこむ。

 紅葉を分け、そこに穴を掘った。

 ちょうど石輪さんの手の中のタマゴが入るくらいの大きさだ。


 ぼくが穴を掘り終えると、石輪さんはそこにタマゴをそっと置いた。

 やさしく土をかけ、その上に真っ赤な紅葉を乗せていく。


「これで良し、と」


 なんだかめちゃくちゃ納得した石輪さんが、純ちゃんに笑顔を向ける。


「ありがとう。あなたのおかげでとても良い場所に埋めることができた」


「良かった。あなたと太郎くんのお手伝いができて」


「あなたは――ずっとここにいるの?」


「うん。そうするつもり。あなたたち、またここに来るんでしょ? だったら私、あなたたちの大切な何かを、それまでここで守っててあげるよ」


「そっか。うん。ありがとう。じゃあ、よろしくね」


 そう言って、石輪さんが広場を歩きはじめる。

 彼女のあとを追おうとして、ぼくはその場に立ち止まった。


「あ、あの、純ちゃん」


「うん。何?」


「お茶、ごちそうさまでした」


「うん」


「また会おう」


「ねぇ、太郎くん」


「ん?」


「あの金星人の子、すっごく素敵な子だね。ずっと大事にしなきゃ」


「うん。じゃあ、またね!」


 純ちゃんに手をあげ、ぼくはその場から走り出す。

 石輪さんに追いつき、二人で振り向くと、純ちゃんがこちらに手を振っているのが見えた。

 ラズベリーのベレー帽が、彼女にはやはりよく似合っている。

 ぼくと石輪さんは、彼女の姿が見えなくなるまで、大きく手を振り続けた。


       〇


「あの、石輪さん……あのタマゴなんだけど、どうしてあんなとこに埋めたの?」


 帰り道を歩きながら、ぼくは石輪さんに聞いた。

 石輪さんは歩きながら、なんだかとてもフツーのことのように答える。


「冬に備えて、きちんと保護しとくんだよ。冬場にあぁいった神聖な場所に埋めておくと、より美しく育つんだ」


「より美しく……育つ……」


 するといきなり、石輪さんが立ち止まった。

 すぐ横のブロック塀のすき間から、よその家の中を覗いている。

 行きがけに見た、お通夜をしている家だった。


「ちょ、ちょっと石輪さん! それはダメだ! そこ、人が亡くなってるんだよ? 失礼だって!」


「失礼じゃないよ」


「失礼だよ! マジで!」


「だって、あれ、純ちゃんだよ?」


「え……」


 ぼくはその家の前に置かれている、案内看板を見る。


 故 倉持 純 儀 通夜 告別式 式場


「さっき太郎が迷いこんだのは、純ちゃんの世界なんだ。きっと彼女は、あの場所が人生で一番好きだったんだね。だから死後、あそこに住むことに決めた。1980年当時の、あの広場に……」


「純ちゃんが……死んでた……」


「あの場所は、神聖な場所だ。純ちゃんはそこを選んだ。きっと彼女は幸せだよ。私たちの大切な何かも、きちんと守ってくれる」


「守って、くれる……」


「太郎。ちょっと……」


 そう言って、石輪さんがぼくに手を伸ばす。

 ぼくは「え?」と、フリーズした。

 石輪さんが、ぼくの背中のあたりから、一枚の紅葉をつまみとる。


「あの場所の紅葉だ。太郎、あなたはこれを大事に持っとくといいよ。純ちゃんが、きっとあなたを守ってくれる」


 石輪さんに差し出されたそれを、ぼくは受け取る。

 さっき純ちゃんと葉っぱを投げ合った時にくっついたものだ。

 ぼくの鼻先で、彼女といっしょに飲んだ、お茶の香りがよみがえってきた。


「地球人は亡くなると、自分が大好きだった場所を守るんだ。この世界はね、実はそんな風に出来てるんだよ」


 そう言って石輪さんが、いつものようにぼくの腕にしがみついてくる。

 ぼくはそんな彼女に、ほほ笑みを浮かべた。


 ぼくの彼女は、金星人だ。

 ちょっと変わってるけど、とても素敵な女の子。


 彼女がぼくのそばにいると、ぼくは少しだけ、生きていくのが楽しくなる。

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