精霊、人工衛星を指さす
ぼくと石輪さんがその男の子を見たのは、イモ掘り大会の帰り道だった。
ぼくたちの小学校には、毎年イモ掘り大会という行事がある。
それは地元の農家さんの協力で、植え付けから収穫までケッコー本格的に体験させてもらえるというものだ。
行事を終え、教室で解散したぼくたちは、校門に向かって歩いていた。
「あの子、なんであんなとこに一人なんだろ?」
ぼくが言うと、石輪さんが立ち止まる。
二人で、運動場の端っこを見つめた。
わりと大きめな、レンガ造りの謎の物体。
四角い箱のような側面には、なぜか短い階段と煙突がくっついている。
その男の子は、何かの残骸のようなその物体の、階段の途中に座っていた。
「もしかして太郎、あの子の姿が見えてるの?」
「見えてるのって……そりゃあ見えてるよ」
「すごいね。あの子、フツーの人には絶対見えないんだよ」
「え? そうなの?」
ぼくたちは、その四角い謎の物体に近づいていく。
ずっと前から思ってたけど、あの箱は一体何なんだろう?
ぼくたちが近づくと、その子がゆっくりと顔をあげた。
フツーの、ぼくらと同じ小学生だった。
「やぁ。きみたちは、ちょっと変わった子なんだね。ぼくの姿が見えてるんだ」
「あなたこそ、最近は見ない顔だね。もうすっかり絶滅したものだと思ってた」
「会話までできるのか。驚いたな。きみは一体――」
そう言って、男の子が石輪さんを見つめる。
何かを納得したように、小さくうなづいた。
「なるほど、金星人か。どうりで。でも隣の彼は、地球人だろう?」
「そうだよ。地球人。わたしの彼氏」
「きみの、彼氏……あぁ、だから彼も、それなりの目を持ってるってわけか」
二人の会話を、ぼくはだまって横で聞いていた。
そう。
ぼくの彼女・
地球には、ちょっとした調査で来ている。
彼女が金星人だと言っても、きっと誰も信じない。
でもぼくは、それを信じていた。
なぜなら彼女と付き合いはじめてから、ぼくはたくさんの不思議なことを体験しているからだ。
「あなた、ここで何をしてるの?」
「うん。なんだか最近ヒマでね。ただボーッと、空を見てるんだよ」
「空を?」
「そう。ここから見える空は綺麗すぎる。だから毎日、うっとりと見てるんだ」
「うっとりね……」
短い階段を上がり、石輪さんが男の子のそばに座る。
自分の隣をトントンと叩くので、ぼくも彼女の横に並んだ。
小さな声で、石輪さんに聞いてみる。
「あの、石輪さん」
「何?」
「この子は、その……きみの知り合いなのかな?」
「ううん。初対面だよ?」
「初対面――でもなんか、彼のことを知ってるようだったけど?」
「知ってるよ。彼は昔、とても有名な存在だったんだ」
「有名な……」
「昔はどこの学校にも彼のような人がいた」
「もしかして、それはあれかな? このヘンなレンガの置き物に関係あるんだろうか?」
「レンガの、置き物?」
一瞬、石輪さんが首をかしげる。
だがすぐにハッとし、ほほ笑みながら続けた。
「太郎が言ってるのは、もしかして私たちが今座ってるこの場所のこと?」
「そう。ねぇ、これは一体何なの? そういえば小学校に入学した時から、ずっと不思議に思ってたんだ。ひょっとして、理科の実験とかで使うやつ?」
「違うよ。ここはそんなとこじゃない。これはね、学校の小型
「小型、焼却炉?」
石輪さんの言葉を聞いて、ぼくは自分が座ったレンガ造りの箱を観察してみる。
上部に取り付けられた、古くて錆びた扉。
箱のところどころに焦げたような黒い痕跡がある。
そういえばさっきから、何かを燃やしたあとのようなわずかな臭いが漂っていた。
「ここは……何かを燃やすとこだったのか」
「そう。学校で使わなくなった物とか、プリント、あとは校内に落ちてる枯れ草や葉っぱ、そういったものを燃やしてた」
「学校で出たゴミを燃やしてたの?」
「うん」
「今は、やってないよね?」
「1990年代の半ばから終わりくらいかな? 国が学校の簡易焼却炉を禁止にしたんだ。当時の学校は色々と見境なく燃やしていたからね。有害物質が出てると問題になった」
「そうなんだ……」
「実際、燃やす時に子どもが危険な目にあうこともあったし。仕方のないことだよ」
「で、この子は、その……」
「あぁ、この子は……何て言えばいいんだろう? 学校に住む、火の精霊みたいな存在? だからフツーの人には見えない」
「火の、精霊……」
石輪さんの向こうの男の子を覗き込むと、彼はとても無邪気な笑みを浮かべていた。
「太郎くん、だよね。ぼくはきみを知ってる。入学式の時、母親といっしょに初めてこの学校に来た」
「え、えっと……きみは……」
ぼくは、どう見ても自分より下級生な彼の言葉に戸惑う。
でもぼくの戸惑いは、それだけではなかった。
「うぉん」
「にゃあ」
突然、どこからか、たくさんの犬や猫が現れ、こちらに向かって歩いてくる。
え? え? え?
な、なんで?
しかもどうして、こんなにたくさん?
って言うか、首輪がない。
こいつら、全部、ノラ?
マジか?
全部合わせて、30匹はいるぞ!
あまりの恐怖に、ぼくは思わず階段の上に立ち上がる。
それを見て、石輪さんと男の子が笑った。
「太郎、そんなにビビらなくても大丈夫だよ。この子たちは、太郎に危害を加えたりしない」
「く、加えないって言っても、この数! い、石輪さん! あ、危ないよ、これ!」
「安心して。この子たちはたしかに大勢だけど、もうすでに亡くなっているから」
「な、亡くなってる? って、死んでるの?」
猫の中の一匹が、ぼくの足に体をすり寄せてくる。
犬はぼくの靴をクンクンと嗅いでいた。
そして何故か、小鳥がぼくの頭の上に止まっている。
な、何なんだ……こいつらは……。
おまけに死んでるって……それもまた怖い話じゃないか……。
〇
「昔、山川さんって用務員の人がいたんだよ」
用務員――そういった呼び名の人が、かつて学校にいたことは知っている。
今で言う、スクールヘルパーさんのことらしい。
彼らがいるから、ぼくたちの学校生活が快適になっていると先生に教わった。
「昔の用務員は学校に住み込みでね。つまり学校の中に自分の家があった。山川さんは校内のゴミを拾い、夜中の校内パトロール、忘れ物を取りに来た子どものためにカギを開けてやったりしてた。もちろん、この焼却炉を管理していたのも山川さんだ」
男の子は、遠い目をして空を見上げている。
「ぼくと山川さんは、毎日ここでゴミを燃やしていた。山川さんがゴミを焼却炉に入れ、ぼくは子どもたちに危険がないように、火をコントロールする。ぼくたちは良いコンビだったよ。夏は暑いけど、冬はとてもあたたかくてね」
「この、犬とか猫とか鳥とかは……」
「みんな、ぼくと山川さんが燃やした子だよ」
「も、燃やした……」
「ははははは。違う、違う。べつに生きたまま燃やしたわけじゃない。この子たちが亡くなったから燃やしたんだ。いわゆる、火葬だよ」
「そ、そっか……」
「太郎くんにはわからないだろうけど、昔は校内にノラ犬やノラ猫がたくさん住みついてたんだ。給食の残りが貰えたからね。フツーは保健所なんだろうけど、山川さんは動物が好きだった。だから彼らが死ぬまで、やさしく面倒をみてやってたよ」
「山川さんって、良い人なんだ」
「うん。良い人だった。でもそんな彼ももう亡くなったよ。歳をとって引退したあと、今度は彼自身が火葬場で燃やされた」
「……」
「彼はいなくなったけど、ぼくは相変わらず、この学校でこの子たちの面倒をみてる。なにしろこの子たちは、この学校の守り神になってるからね」
「この学校って、この子たちが守ってくれてるのか……」
「ところで太郎くん、きみが今持ってるのは、サツマイモかな?」
「あ、うん。今日、イモ掘り大会があったんだ。これは、その、お土産って言うか」
「もしよかったら、一つ貰えるかな?」
「ん? いいよ。はい、どうぞ」
ビニール袋からサツマイモを取り出し、ぼくは男の子に手渡した。
彼はそれを大事そうに受け取り、両の手で包み込む。
すると、なんだか良い匂いがぼくたちのまわりに漂いはじめた。
「うん。こんなものかな」
男の子が手を広げると――そこには、めちゃくちゃ良い感じで湯気をたてる焼き芋があった。
それを見て、ぼくは目を見開く。
ぼくの驚いた顔を見て、石輪さんが笑った。
「そんな驚く? 太郎、彼は火の精霊だよ? サツマイモを焼くのは、人類の誰よりも上手い」
「そ、そうなのかもしれないけど……手で……フツーに……」
「火の精霊が作った焼き芋を、食べてみるかい?」
そうほほ笑んで、男の子が二つに割った焼き芋を差し出してくる。
ぼくはそれを受け取り、もう片方は石輪さんが貰った。
焼きたての湯気を立てるそれを、二人で同時に食べてみる。
お、美味しい……。
熱の通り加減が絶妙すぎて……初めて食べるホクホク感だった……。
や、焼き芋って……こ、こんなに美味しいの?
ぼくたちが焼き芋を食べていると、動物たちが近寄ってきた。
なんだか物欲しげに、こちらを見上げている。
「この子たちに……あげてもいい?」
「うん。いいよ。この子たちはもう死んでいる。なんでも食べれるし、味を感じることもできる」
「じゃ、じゃあ……これも焼いてあげてくれる?」
ぼくはサツマイモの袋を全部男の子に手渡す。
男の子は「いいのかい?」とほほ笑み、一つ一つを手で包み込んでいった。
ぼくたちはそれから、焼却炉に座って焼き芋を食べた。
犬も猫も、鳥さえも、みんなが美味しそうにホクホクと焼き芋を食べる。
あたりはすでに暗くなりはじめていた。
焼き芋を食べながら、突然男の子が暗くなりはじめた空を指さす。
「ほら、二人とも! あれ!」
男の子が指した方向を、ぼくたちは見上げた。
ジッと見つめていると――何か小さな輝く物体が、ゆっくりと空を移動しているのが見える。
「ゆ、UFOだよ、石輪さん!」
「ううん。あれは人工衛星だ。天気が良いと、地上からでも見える」
「人工衛星……でも、ぼく、初めて見たよ……すごいな、あれ……マジで飛んでるんだ……」
「太郎くん。人類がなぜ宇宙に行けたのか、わかるかい?」
焼き芋を食べながら、男の子がぼくに言った。
人類がなぜ宇宙に行けたのか……。
「い、いや、わからないけど……科学の、力?」
「火と、想像力があったからさ」
「火と、想像力……」
「あの空の向こうには、一体何があるんだろう? 昔から、人類はそう想像してきた。そしていつかそれを見に行きたいと願った。やがて人類は火を発見し、爆発を知った。それがやがてエンジンとなり、空の向こうに行くことができる力を得た」
ゆっくりとぼくらの上を移動していく人工衛星を見つめながら、男の子が続ける。
「だから太郎くんも、色々なことを想像してみるといいよ。想像は人類の武器だ。見えないものも、やがて見えるようになるかもしれない」
〇
焼き芋を食べ終えると、ボクと石輪さんは学校を出た。
帰り際、石輪さんも持っていたサツマイモを全部置いていった。
火の精の男の子はとても喜び、動物たち全員といっしょに、校門までぼくたちを見送ってくれた。
「今日はまたしても不思議な体験をしたなぁ。まさかこの学校の火の精霊と守り神たちに会えるだなんて」
「太郎が知らないだけで、守り神はたくさんいるよ。もう、そこら中にいる」
「そうなの? ひょっとして石輪さんには、いつもそれが見えてる?」
「うん。見えてる。だって私は、金星人だから」
「ぼくもまた、見れるといいなぁ……」
「太郎は毎日見てるじゃん」
「え? ぼく? ぼく、見てるの?」
「見てる。今、きみの目の前にいる女の子は、きみの、きみだけの女神だよ♪」
そう言って、石輪さんがぼくの腕にしがみついてくる。
いつも通りの彼女にほほ笑み、ぼくはふたたびさっきの夜空を見上げた。
あの男の子――火の精霊の言葉を思い出す。
火と想像力があったから、人類は宇宙に行けた。
想像は人類の武器。
見えないものも、やがて見えるようになるかもしれない。
そうだな。
ぼくはこれからも色々と想像していこう。
もしかしたらその先に、何か楽しいことがあるかもしれない。
また来年イモ掘り大会があったら、ぼくと石輪さんで彼らにサツマイモを届けよう。
来年は、今年よりも、もっとたくさん。
そしてぼくたちは、またあの焼却炉の階段に座って、夜空を見上げるのだ。
ぼくは、あの、とても美味しい焼き芋の姿を想像しながら、石輪さんといっしょに暗い道を歩いていった。
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