第3話 杯杓

「出たな、悪のチェンジ! 今日こそ成敗してくれる!」


「やれやれ、またお前か。何だっけ? スプリングだっけか。本当にいつもお前だな。他のやつはいないのかよ」


「正義のチェンジは全部で四種類いる。この地域は私が担当している」


「……はあ、そうかよ。じゃあ、今日も敗北しろ、散って砕けろ!」



 俺は宙へ飛び、そして禍々しいオーラを放った。圧倒される正義のチェンジ。怯まないように立ち、必死になっているのは正義のチェンジだ。ここ最近は正義が全敗、敗北で決着して、互いに帰宅している。ちなみに俺は今日も盗みを済ませている。百万円ほどのはした金だがな。



 戦いは今日も一進一退を極め、ほとんど互角だった。そしていつものことであれば、正義が終盤にミスを犯し、敗北してしまうのだったが、今日は踏ん張った。決着はつかなかった。昼休憩などを挟みながら、必死に戦ったが引き分けにせざるを得なかった。きょうはこのくらいにしといてやる。俺はなんか負けたような気分になるこの捨て台詞を決め、定時になったのでお互いに帰った。



 上司に報告し、渡すものを渡し、それから帰る……前に街に出た。飲み屋に寄るのだ。お酒は毎日の楽しみ。今日は負けなかったが勝てなかったので、明日のためにしっかり体調をお酒で整えようと、そう思ったのだ。それに良さげな店を以前から見つけており、前々から行ってみたかったのだ。



 俺は暖簾をくぐって店に入り、カウンターに座った。



「生ビールを。あと、Aのセットで、お願いします」


「はい〜」



 おしぼりで手を拭いていると、ふと、隣の人がどんな人かなと気になってしまい、見た。そして、思わず立ち上がりそうになった。しかし、大人なので、ぐっとこらえて、驚いた。



「お、おい。お前……正義のチェンジか?」


「……? だれですか、あなたは」


「あ、悪のチェンジだ。今日も共に戦っていただろう」


「えっ……、悪のチェンジ………ブレイズン?」



 お互いにまじかよ、まじかよとなった。こんなところで出くわすとは。確か担当地域があるとか言っていたが、それでこの店に来たのだろうか。



 それから俺達は他愛もない世間話を始めた。そして飲み進めると、ついにお互いの仕事のことに話になった。



「お前はいつも一人でやってるの? 俺はいつも一人なんだけどさ。群れないというか、集団で襲って、その全員が雑魚キャラだ、みたいな奴らいるじゃない。それらとは違うんだよね。俺はある程度力というか能力とか与えられてるから、個体で強いそれなりに厄介なやつだと、自分でも思うんだが」


「そうだな、厄介なのは厄介だ。貴君を雑魚キャラとは思っていない。貴君の戦闘の奮闘ぶりにはなかなか苦しめられているのが正直なところだよ、本当に」


「それはお互い様だろう。増員とかしないのか?」


「いや、我々タイドシリーズはタイド博士によって作られた、人工生物シリーズだ。全部で四種類、スプリング、サージ、レース、フォースといる。一種類につき一人が常に稼働していて、機能停止したら次が作られて、また稼働する。悪の組織に対抗する絶対的存在として常に維持され続けている。記憶は継承されて、齟齬無いようにされている。それぞれが地域を担当されてな」


「そんな重要そうなこと、この悪に話して良いのか、スプリング」


「構わない。非開示の情報ではないからな。調べようと思えばすぐに調べられるし、よく分かることだ。悪の方こそ、私と呑んでいていいのか? 誰か仲間とかに見られたらまずいんじゃないのか?」


「いや、俺の行動はある程度放任されているからな。ある意味ではこの組織、縛りがあるようで無いんだよ」


「そうか、それならば構わないんだが。……なあ、私と呑んでいて楽しいか?」


「楽しいかどうかは別として、とても興味深いね。真逆の立場にいる存在だと言うのに、しかし根底は人間なんだなと思ってね。同じ人間なのに、思考のすれ違いで、認識の違いで、偏見や思い込みで対立してしまう。いつの時代も変わらないんだな」


「なあ、解決法はないのか」


「無いね。お互いにそれぞれの考えがあるし、矜持があるし、信念がある。目的がある。妥協点を探らない限りは、不可能だ。まあ、人間そうやってお互いに歩み寄り、諦めて、妥協することで歴史を作ってきたのだろうけれども」


「妥協、か……」


「まあ、今夜は飲もう。一時を楽しむのもまた、人類の歴史だ」


「悪のくせに言いよる……ブレイズン、乾杯」


「スプリング、乾杯」



 それからお互いに記憶が残る程度に終電まで呑んだ。二次会もやった。実は行きつけの隠れカラオケ飲み屋があって、そこへ彼を連れて行った。「ヒーロー! ヒーローになるとき、あーはー、それは今ー!」と歌ったりした。歌を歌うことは、禁句とされている世の中で歌を歌う。歌なんて誰も知らないから、誰からも共感してもらえないんだけどな。しかし、音楽大好き研究家である俺に知らない曲はないのさ。歌うことは悪だ。だから悪いことをするというのは、それこそ俺が悪のヒーローだからでもあるな。



 そんなふうに楽しむところは楽しんで、しかしそれこそ相手の策略に溺れてしまわないように気をつけながら、己を律しながらその時を過ごした。自分自身を見失ってしまわないように。確かめるように、確かめるようにしながら、肩を組んで歌を歌いながら互いの奮闘を讃えて。改めて悪に誓いながらその夜を乗りこなして行った。

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