十.ウサギたちの願い

 今度の相手はなかなか手強そうである。桃太郎は直感した。そしてその直感どおり、勝負は長引いたのである。


 戦いは三十分近くに及んだ。かなりの相手である。その技も、体力も、まったく互角に近かったが、桃太郎は「分け身の術」を進化させることで、勝利するのである。なんと桃太郎は十人に分身したのであった。それによって、ようやく勝負が決したのだった。


 それからも、桃太郎は勝負に勝つたび、ウサギに導かれて、次の三叉路へと向かっていくのであった。


 桃太郎の勢いは、まさに破竹の何とやらであった。ことごとく勝負を制していく桃太郎にとって、ピーチ少年との修行の日々は、決して無駄ではなかったのだ。


 時刻は太陽が中天に差しかかろうかというときだった。ふと桃太郎が見回すと、かなりの数のウサギたちが、勝負を見守っているのに気が付いた。そして、最後の戦いを勝利のうちに終え、ふと頭上を気にしてみれば、太陽最も空高く輝く時刻を迎えているのがわかる。正午だ。真昼を告げるその輝きに三叉路を先へと進んでみれば……


 ついに! 桃太郎は〝御告海岸〟に立った!


 周囲には、いつしか大勢のウサギたちが集まっていた。


「いったい、何があるというのだ」


 桃太郎にはまだ、何が起きるのかわからなかったが、ただ、重要な何かであることだけは感じている。それはつまり「ウサギたちとの約束」であるところの、月へと彼らを送り帰してやることなのだ。それはいったい、どうすればいいのか見当もつかないのであった。


 そのように桃太郎が考えているのとは関係なく、時刻はもう正午、すなわち昼飯どきとなっているわけで、ウサギたちも各々持参した餅料理を食べ始めた。桃太郎も、ウサギたちから餅を分けてもらい、一時の安穏に身を任せるのだった。


「ウサギの餅はおいしいな」


 そんなふうに思いながら餅を食べていると、それまでの戦いの疲れが出たのか、うとうと眠たくなってきた。桃太郎はしばしの眠りに就いたのだった。


     *


 どれくらいの時間、眠っていたのであろうか。気が付くと、真上にあった太陽も夕日に姿を変え〝御告海岸〟も美しいオレンジ色に染まっている。


「ペッタン、ペッタン、……」


 その音に陸地の方向を見れば、まさに「ウサギの餅つき」が、大勢のウサギたちの手により現実の光景となり、桃太郎の瞳に飛び込んできている。ウサギたちは餅がつきあがるたび、せっせと丸い団子を作り、桃太郎の前へと運んでくる。その団子はすでに、どっさりと山を成しているほどだった。


 辺りもすっかり暗くなり、空には一つ、明るい月影が昇るころともなると、団子の山も小さなピラミッドのように、立派な物となっていた。そのピラミッドに月の光が射し、海岸に異様な夜景となって、海との間に明らかな不釣り合いを見せると、いよいよ今夜の餅つきの、総仕上げとなる。


 ウサギたちは桃太郎を前に、何かをひたすらに祈り始めたのだ。


「どうすればいいんだ? どうすれば!」


 ……と、そのとき!


 夜空に一つ、星が光ったかと思いきや、次の瞬間、矢のような速さで風を切って、何かが海に落ちた。ザバンッ!


「この気配は……! ピーチか?」


 そう、ピーチ少年が帰ってきたのだ!


 少年は海の中で巨大な建造物を見つけると、怪力を振り絞って、海面まで持ち上げた!


「ザザザザーッ!」


 海水が流れ落ちると、その海上に、ピーチ少年の両手で支えられた、巨大な船らしきものが姿を現した!


 それを見たウサギたちから歓声が上がった。そして次々と船に乗り込んでいく。皆、嬉しそうである。


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