九.桃太郎の戦い

 ……地球には未だに、人類の歴史の片隅にさえその姿を見せていない、まったく未知・未踏の世界というものがある。それは案外、人の生活のちょっとした死角や盲点にあるために、気づかないだけだったりする。


 その一つが、川上家に脈々と受け継がれてきた血筋に、さらに川上ピーチという少年に、色濃く発現し始めたのだ。


〝ピーチ少年〟こと川上ピーチは今まさに、巨大にして人知れぬその死角や盲点の中から「月にウサギ」という古風なメッセージを察知したようなものであった。月へ、そして地球へ向けて急ぐべく「天空飛翔」の術で宇宙空間を一筋の光のごとく飛んでいる。


     *


 ……ちょうどそのころ、地球は矢文に記されていた期日の朝を迎えていた。しかし、ピーチ少年は行方不明のままであったので、兄・桃太郎が〝御告海岸〟へと一人、向かっている。できるかぎりの修行を終えて、


「やはり、父からその意思を継いで育てられた自分こそ、桃太郎の名を与えられた自分こそ、その宿命を背負わなければならぬ」


 と、覚悟を決めていた。


「ついに来てしまった。何があってもやり遂げるぞ」


 その思いは、後には戻れない領域へと、彼の心身を歩ませた。


 この〝御告海岸〟への道こそ、空から見下ろすとまさにあの、川上家の家系図に記されていた「トーナメント戦のような図」を成していたのだ!


 つまり川上家は、桃太郎の代を迎えるころには、十六に分家していた、ということが言えるわけだ。だから自ずと、十六人の川上桃太郎の内のたった一人だけが〝御告海岸〟へとたどり着けるということになる。それはまた、海岸への道のりの途中で、初めて出会う「川上桃太郎」同士が戦わなければならない、という事実を暗に物語っていた。なんと恐るべし、予言の家系図!


 そして案の定、その道が三叉路となる所、もう一つの道からは初めて出会う「川上桃太郎」が現れ、もう一方である先へ進むべき道には〝物を持てる手〟のあるあのウサギが、勝負の行方を見届けるべく、こちらを見ているのである。


「どうしても戦わなければならないのだろうか」


 両者とももはや、その宿命を受け入れなければならないのであった。


 寸刻、風がぴたりと止んだ。辺りは太陽の光を受けて、明るい静けさに満ちていた。次に起こるであろう死闘を予測させるものは何もなかった。が、動き始めた運命は誰にも止められはしなかった。第一戦が始まるのだ!


 戦いの口火を切ったのは桃太郎であった。秘技「草葉の矢」で先制攻撃を仕掛けたのだ。するとどうであろう。相手は大きく跳び上がると「草葉の矢」をかわし、そのまま空中で五人に分身し、桃太郎を取り囲むように着地した。驚く桃太郎ではあったが、驚いている暇はない。桃太郎も「分け身の術」で五人に分身して応戦する。五人と五人が組み合った。


「で……できるな!」


 桃太郎がそう思うと同時に、相手もそう思ったであろう。五人と五人は組み合ったまま、互いに動くに動けない状態であった。その状態を打破するべく、桃太郎である五人は、渾身の力をこめて、相手の体を空中へと投げ飛ばした。


 五人の相手が宙に舞うや、桃太郎は一気に勝負を決めるべく「合わせ身の術」を相手に向かって繰り出した。


 五人の桃太郎の真ん中へと落ちてくる相手に対し、すかさず手刀による「秘剣・鯉落とし」を浴びせる。相手は、これはたまらんとばかりに叫ぶのであった。


「ま……参ったーっ!」


 勝負あり! 桃太郎は「合わせ身の術」で一人に戻ると、ウサギに導かれて次の三叉路へと向かった。道すがら桃太郎は考えていた。


「あと何人、倒せばいいのかな?」


 宿命であるとは言え、同じ「川上桃太郎」の名を持つ者と戦うのは、少し複雑な気分にさせるものがあった。


 そうこうする内に、次の三叉路が見えてきた。すでに相手である別の「川上桃太郎」は、その場に到着している様子である。


「また闘わなければならないのか」


 思いつつも臨戦態勢に入る桃太郎であった。


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