エッチに至る100の情景_002「後輩くんの変なクセ」
桂 英子は、欲求不満である。21歳。恋愛経験はそれなりで、自分の性欲はそこまで強くないと知っていた。それでも今、英子は悶々としている。
事の始まりは約一年前に遡る。
英子は大学のサークルの後輩、村本 新太郎に告白された。彼には「大人しい子」という印象しかなかった。そんな程度の付き合いで告白してきたので、英子は、遂にそういう感じの子が来たと思った。「そういう感じ」とは「とにかくヤりたい男」である。
英子は「私はけっこう可愛い」と思っていた。決して人前では言わないし、鏡の前で思う時でも「自分で言うのも何だけど」と、誰も聞いていないのに前置きをするが。
だから「とにかくヤリたい男」の出現に「ナメられたもんだな」と思いつつ、「こやつめ、手のひらで転がしてくれるわ。ガハハハ」とOKをした。
こうして2人は付き合い始めた。が、
春。英子は新太郎にピクニックに誘われた。新太郎は弁当を作ってきて、とても美味かった。彼は「先輩の美味しそうに食べるところ、好きです」と朗らかに笑った。
夏。英子は新太郎と海に出かけた。このとき初めて彼の半裸を見た。痩せていて、無骨に伸ばした黒髪で、お世辞にも垢ぬけているとは言えない。しかし、その体は筋肉で引き締まっていて、英子は思わず見惚れた。「剣道部でしごかれたんで」と新太郎は苦笑した。
秋。2人は互いの家に泊まるようになった。すると新太郎は台所に立ち、様々な料理を作った。彼は「料理は得意なんです。家庭の事情で」そう少し寂しそうに笑った。
楽しく時が過ぎたが、この間ノー・セックスだった。新太郎は「とにかくヤリたい男」ではなかったのだ。それはイイが、ここまでノーだと不安になる。誘った日もあったが、「ごめんなさい」と丁重に断られた。彼に何かを断られたのはそれが初めてで、英子はもう一歩が踏み込めなかった。
ゆえに今、英子は悶々としながら、こたつの上のガスコンロで煮える寄せ鍋の灰汁をとっていた。新太郎はお酒を買いに行った。今日も楽しい夜になるだろうけど、きっとノー・セックスだ。「もしや、私に魅力がない?」頭を抱える――と、そのはずみで普段は行かない場所に視線が向いた。すると見慣れぬシルエットがベッドの下に見えた。
それは、赤い縄だった。
「は?」と驚きつつ、さらに探ると手錠、首輪、電動マッサージ機が出てきた。「……これって、アレだよね?」そう思ったとき、
「帰りましたよ。せんぱ……」
新太郎がドアを開けた。同時に買い物袋をゴスンと床に落とした。
「……これ、何?」
英子が訊く。
「えっと、いや! 違います! それ、買っただけで、使ってません! オレ、先輩にそれを使って、そういうこと……したいって……」
しどろもどろに話し、「ごめんなさい」と新太郎は頭を下げた。そして、
「オレ、そういうのじゃないと……興奮できなくて」
顔を真っ赤にして、必死に取り繕う。付き合って一年目にして、初めて見る新太郎の姿だった。そして英子の頭の中で彼の言葉が響く。「先輩にそれを使って」首輪と手錠に目がいく。
「……気持ち悪いですよね」
その新太郎の言葉に、英子は気づく。ドン引きが自分の顔に出ていたと。でも、それは反射だ。いきなり現れたSMグッズ、「先輩にそれを使って」という言葉。反射的に引いてしまったけど、安心もしていた。そして安心は時間が経つにつれ、喜びに代わり……。
「いいよ」
英子は伝える。自分の気持ちを。
「え?」
驚く新太郎に、続ける。言葉をひとつ吐くたび、耳が痛いほど熱くなる。
「使って……して、みよっか?」
英子が首輪を手に取る。チェーンが妖しく音を立てた。
終
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