エッチに至る100の情景

加藤よしき

エッチに至る100の情景_001「あんた以外に……」

 田口 隆の目の前で、矢口 裕子のスカートが舞った。彼は見た。彼女のスカートの奥も――

「はい! 今日のパンツは御覧の通り、白です!」

 裕子は真っ白な歯を見せて笑った。真っ黒に日焼けした肌に、バレーボール部らしい素朴な短髪(あの「女子のスポーツ刈り」としか言いようがないショートヘア)。身長は隆と同じ167㎝ある。この見た目のせいで、スカートを履いているのに、まるで男子に見えた。

 隆は呆れる。この裕子という幼馴染は、昔から変わらない。子どもの頃のまんまだ。

「そういうの、オレ以外にはやめた方がいいよ。カン違いされるから」

 隆が言った。わりと本気の注意だ。

「何をどうカン違いすんのよ~?」

 けれど裕子はニヤっと笑い、またもイタズラ小僧のような顔で、

「エロかった?」

「エッ!」

隆の言葉はまたも急停止。彼は顔が真っ赤にしながら、

「そーいう発言も含めてダメ! やめなさい!」

「なんだよ~。あんたが暗い顔してっから、元気を出して~って、ひと肌ぬいだのにさ」

 裕子は太い眉毛をわざとらしく歪める。隆はそんな彼女にまた呆れる。考えてみれば、いつもこうなのだ。自分と裕子は。

 何かと悲観的な自分を、裕子はいつも笑わせてくれた。こっちが落ち込んでいる時には、特に手段を選ばない。そうこうしているうちに、気が付けば悩みがどうでもよくなる。

 実際、今もどうでもよくなってきている。5月になったのに、漫研の部員は自分1人のまま。新入生が入ってこなくて、このままだと漫研が潰れる。マンガ家を目指すのも1人でやれる時代だ。仕方がないとは思いつつ、やはり寂しかった。だから新歓を頑張ったが、成果が出ずに、諦めようと決めた。その話を部室に遊びに来た裕子にしたら、彼女がスカートをたくし上げ――実際、悩みが消え、頭の中はリセットされた。

 隆は思う。裕子にまた元気づけられた。ありがたい。こういうところが好きだ。けれど、

「その気持ちはありがたいよ。でも、もうイイ年齢だからさ。子どもの頃のノリのままは良くないって」

 すると裕子は大袈裟に溜息をつく。

「老人じゃないんだから。まだ全然こういうノリで、フツーによくない?」

「よくないってば。裕子だって、好きな人がいるだろ? こういう冗談は、そういう人とやってよ。俺みたいなどうでもイイやつを相手にしてると、周りに誤解されるし、時間も無駄にするだけだよ」

 隆がそう言い終わったあと、

「どうでもよくないけど?」

 不意に裕子の冷たい声がした。隆が「え?」と驚きの声を漏らすと同時に息が塞がった。そして柔らかい感触と、熱くて甘い香りが口中に広がる。

 隆は気が付いた。裕子にキスをされたと。

「どうでもいい相手に、こんなことするわけないじゃん」

 唇を離した裕子は顔を真っ赤にして、吐息と共に囁く。

「ってゆーか、あんた以外に、こんなことしないし」

 今度は隆にも見えた。裕子の唇が近づいてくる。それに応える。

 2人は互いに吸い寄せられるように、唇を重ねた。一度、二度、やがて裕子の手が、隆のカッターシャツの第一ボタンを外した。

「ま、待って。それは……」

 隆は裕子の止めようと、彼女の手に触れる。

「イイじゃん。ここまでさせたんだから、最後まで付き合えって」

 そう言う裕子の手は、震えていた。隆には、その原因が緊張と不安だとすぐに分かった。それで彼は、応えようと思った。

「わ、わかった」

「それでよし。あたしさ、昔からあんたのそういうトコが好き。文句を言って、理屈っぽくて、暗いけど、最後はあたしに付き合ってくれる。そういうトコ」

 裕子が笑った。そして――


                                     終

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