第23話 王様ゲーム

連日うんざりするほど雨が降り、梅雨入りしたことを嫌でも理解させられている。




雨というだけで通学が大変になるため、好きではない。




背負ったリュックまで入る大きく重いカッパを身にまとい、暑く息苦しいと感じながら自転車のペダルを踏む。




それでも、雨を嫌いになれない。




特にこの季節は、紫陽花を映えさせる良いスパイスになっているからだ。




通学路に生えている紫陽花の色は青色。




紫陽花はリトマス試験紙のように、土のpHによって色を変えると聞いたことがある。




つまり、この紫陽花が生えている土は、酸性ということになるだろう。




そんなことを考えていたら、学校の駐輪場に着いた。




びしょ濡れのカッパを自転車にかぶせて、駐輪場に設置された大きな時計をちらりと見る。




時計に示された時間は8時41分。




この時計は5分早いから、今の時間は8時36分だ。




一時間目が始まるのが8時40分からなので、余裕で間に合うな。




駐輪場の屋根に落ちる雨は、他の場所と比べて音が大きい。




まるで、大雨のように錯覚しそうになるのを振り切って、靴箱に向かう。




しかし、駐輪場と靴箱までは少し距離があり、その道中に屋根はない。




今まで濡れないようにしていたことが無駄であったと、嘲り笑うように容赦なく雨が襲い掛かる。




俺は、折り畳み傘を持ってくればよかったと思いながら、小走りで靴箱のある屋根の下まで向かった。








「金曜日の放課後、俺の家に遊びに来ないか?」




昼休み、いつものように階段に向かおうとする俺に、黒本くろもとはじめが話しかけてきた。




入学してから1カ月ほどはよく話していたが、最近になると一は、他のクラスメイトや彼女といることが増えていた。




それでも俺に絡んでくることもある、今みたいに。




ゴールデンウィークには一度、一の家に遊びに行ったことがあるが、それ以来足を運んでいない。




誘われていないわけではなく、俺が断っているからだが。




「金曜か、いいぞ。」




「やっぱりダメか……、いいの!?」




土日ではない、梅雨の季節だが金曜日は晴れ。




俺を誘うためにそこまで考えてくれているのだから、さすがに何度も無下にするべきではないと思ってし


まった。




それにしても、なぜ何度も誘ってくるのか。




毎回断られていたら、嫌気がさすと思うのだが。










金曜日の放課後、約束通り一の家に来た。




気分は最悪。一、丸山、俺3人で歩いて向かったのだが、俺が自転車を押しているから2人の後ろにいた


こともあり、恋人同士でずっとしゃべっていた。気まずかった。




既に帰りたい気持ちがあふれそうな中、リビングまで入っていくと、中学校の制服を着たままの黒本二葉がソファの上で横になっていた。




兄である一と同じ赤茶色の髪を、短く整えており、引き締まった体と合わせて、スポーティな印象を受ける。




そんな二葉は俺たちの方を見ると、状況を察したのか俺に同情の視線を送ってきた。




(わかってくれるか、二葉。)




(わかりますよ、空波からなみさん。)




目でお互いの苦労を共有していたら、一が邪魔を…、話しかけてきた。




「空波はクラスで仲のいい奴いるのか?俺以外に。」




急になんだ?いるに決まっているだろ。




そう思いながら、情報を整理する。




木霊は最近話す機会が減ってきたな、一同様。




つき見里なしとは学校外ではよく遊ぶが、学校内だとほとんど話さない。




球技会で話すようになった浦上は、基本的に野球部の連中と行動している。




あれ?もしかしていない?




「ク、クラスだけがすべてじゃないから。」




言い訳じみた言葉を発してしまった。




一は心配そうな表情を浮かべて、疑問を投げかけけてくる。




「空波がクラス外の人と話しているの、見たことないんだけど。」




どうやら、俺が孤立しているのではと、心配してくれているようだ。




だから、最近も話しかけてきていたのか。




「1年はそうだけど、他学年には仲のいい奴いるから。」




安心させようと口にしたが、一は眉を寄せて訝しむように聞いてくる。




「例えば誰と?」




俺が嘘を言っているかと思ったのか?




ここまでいくと、親切というより、大きなお世話だと思ってしまう。




「2年生だと、八神颯真だな。」




「八神先輩!?」




俺の言葉に丸山が大きく反応した。




「環、知っているのか?」




一は八神のことを知らないのだろう。丸山に誰なのかを聞く。




丸山は興奮しながら口を開く。




「八神先輩は、すっごいイケメンだって有名なんだよ!?

誰ともかかわろうとしない姿勢が、孤高でミステリアスで、学年を跨いでとんでもない人気があるの!!聞いた話だとファンクラブもあるらしいし。」




ファンクラブ?そんなものまであるのか。




チラリと一の顔を見てみると、すねたような表情を浮かべていた。




彼女が男性アイドルの話で盛り上がっているときの彼氏、の模範例みたいな顔をしていると、笑いそうになってしまった。




「3年生だと、生徒会長の夜桜千草だな。」




一のために、意識を別の人間に向けさせべく、話を進めた。




「会長!?」




またしても丸山が、大きな反応を見せた。




丸山の口が動き出そうとしている。また語りだしそうだ。




そんな気配を一も察知したのか、止めるように言葉を出した。




「なんで、その2人と仲良くなったんだ?」




この質問には丸山も興味があるようで、食い気味にこちらの方を向いてきた。




ここで階段の話をするわけにはいかない。




3人だけの秘密のような場所だし、何より八神の安らぎの場所を奪うことになりかねない。




別の理由をでっち上げようと考えていたら、あることを思いついた。




「八神とは図書館で何度か話すことがあって、そこから仲良くなっていったな。会長はもともと八神と仲が良かったから、その繋がりで仲良くなった。」




「会長と八神先輩が!?」




さっきから反応いいな、丸山。




俺は仲が良かったとしか言っていないが、誰ともかかわろうとしていないはずの八神が、実は生徒会長と仲が良かった、という話は、頭の中が恋愛で埋め尽くされている高校生には、そういう関係にあると誤解させるには十分だろう。




そして、人というのは仲間内では口が軽くなる。




こいつらが噂を広げてくれれば、八神ならば勝ち目がないだろうと、恋敵が減ってくれるのではないだろうか。




「別に恋仲ではないからな。」




とはいえ、恋仲だ!と断定されると、それはそれで困るので一応補足はしておく。




八神と会長のことをもっと聞こうと、一と丸山が近づいてくる。




「あの~」




そんなとき、ずっと黙っていた二葉が、申し訳なさそうに手を上げて声を出した。




「高校の話をされても、ついていけないんだけど…。」




(((あ、)))




忘れてた。




俺たち3人は一度体制を整えると、二葉の方を向く。




「それで、今日は何をして遊ぶんだ?」




代表して俺が、強引に話を変える。




俺の言葉に待ってましたと言わんばかりに、二葉は声を上げた。




「王様ゲーーム!!!」






王様ゲーム。プレイヤー全員が同時にくじを引き、王様の王冠が描かれたくじを引いた者が王様になり、


それ以外のくじには番号が書かれている。




王様は番号を指定し、命令を一つ行う。




指定された番号のプレイヤーは、その命令を実行する。




そしてまたくじを引く、を繰り返していくゲームだ。




「空波、乗り気じゃなさそうだな。もしかして王様ゲーム嫌いなのか。」




丸山と二葉がくじを作っている間に、心配そうに一が聞いてきた。




「いや、嫌いじゃないけど、パーティーゲームっていつも俺が勝つから面白くなんだよな。」




「王様ゲームに勝ち負けの概念ありませんよ。」




くじを作り終えた二葉に冷静なツッコミをされた。






ゲーム開始。




「「「「王様だーれだ。」」」」




掛け声とともにくじを引く。




「私が、王様みたいです。」




二葉が嬉しそうに声をだし、早速命令を行う。




「それじゃあ、2番は好きな人を言ってください。」




いかにも王様ゲームらしい命令だが、この空間内だと3分の2は答えがわかりきっている。




二葉も今それに気づいたようで、やってしまったと言わんばかりに頭を抱える。




2番はどっちだ?…俺じゃん。




まさかの3分の1が引かれた。二葉、運いいな。




「2番は俺だ。」




俺の宣言を聞いて、二葉は安堵したように頭を上げた。




「それでは、答えてください。いない、は選択肢にありませんからね。」




俺が答えようとしていたことを、的確につぶされてしまった。




とはいっても、本当にいなんだが。




こういう時は、二葉の名前を出してからかうのも手ではある。




しかし、関係性が十分に構築されているか不透明な状態では、キモがられる可能性も高い。




こいつらが知っている相手だと、そいつに絡む可能性もある。




となれば、こいつらが知らない相手がベストか。




「家族を選ぶのも禁止ですよ。ちゃんと恋愛の好きで答えてください。」




絶対に逃げられないように二葉が口にする。




先程まで頭を抱えていたくせに、今ではとても楽しそうだ。




「そうだな、十七夜かのうさんはどちらかと言えば好きな方かもしれないな。」




「かのう?誰それ?」




先程考えた内容に一番合っているのは十七夜だろう。




正直、少しガチ感があるように捉えられるかもしれないが、こいつらが関わることはないだろうから問題ない。




「近所に住んでいるんだよ。優しい人。」




てきとうに答えて、次の番に進む。




「「「「王様だーれだ。」」」」




この後も何度も行った。




「1番はお嬢様言葉な。」




「3番は一人称をぼくちんにしてね。」




「1番は二人称をチミにしてください。」




こいつら、語彙を縛ろうとしすぎじゃないか?










7回目、「「「「王様だーれだ。」」」」




俺が引いたくじには王冠が描かれていた。




「やっとぼくちんが王様ですわ~。」




「「「キショ。」」」




「チミたちのせいでしょう!?」




これまでの6回分、全部俺に対して命令が行われた。




俺は運がいいはずだったんだけど、なんでこんなことに。




「それでは、2番はぼくちんと同じ状態になりなさい。」




2番を引いていたのは丸山のようだ、絶望した表情を浮かべている。




「はやくしゃべりなさい。楽しみですわ~。」




「ノリノリですね。」




二葉よ、そうやって余裕を持てるのは今のうちだけだ。
















私の名前は黒本蜜柑。




買い物が長引いたため、いつもより遅くに帰っている。




今日は、息子である一の友達が遊びに来ているらしい。




この前も来たことがあるようだが、その時も用事があって家にいなかった。




今日こそは挨拶をするべきだろうと、急いで家に帰る。




家の前には、見知らぬ自転車が置いてあった。




よかった、まだ一の友達は帰っていないようだ。




閉められたカーテンの隙間から、かすかに光が漏れているのが見えた。




あの場所はリビングがある。そこで遊んでいるのだろうか。




私は玄関の扉を開き、買ってきた食べ物を冷蔵庫にしまうためキッチンに向かう。




この家は、キッチン・ダイニング・リビングが仕切られることなく同じ空間にある。




挨拶もかねて私はリビングに繋がる扉を開いた。






「ぼくちんが王様ですわ~。」




「これ以上はやめてくださいまし!醜い争いになるだけですわ!」




「ぼくちんの語彙を絞らないでくださいませ~」




「チミたち、ぼくちんの状態をみなされよませ。ほんとぉに助けてほちいのは、ぼくちんでございますわ~。」




バタンッ!




勢いよく扉を閉めた私は、買ってきたものを置いて、急いで外に逃げ出した。


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