第21話 バッドニュース

いつものように、と言えるほど俺は、昼休みの時に屋上につながる階段に通っていた。




4月の時と比べて、面倒な相談を受けることはなくなったが、いつもこの階段に通っていたため、クラス


内で親しい人というのはかなり少ない。




黒本、木霊、月見里つきなしぐらいだろうか。




月見里とは、学校では親しくしないようにしている。




木霊は女子のグループに入っているため、関わる機会が減っている。




黒本はいつも彼女のもとに行っている。




こういった理由もあり、今日も昼ご飯をこの階段で食べることになった。




悪循環な気もするが、いまさら気にするようなことではないのかもしれない。




こういった高校生活があってもいいだろう。




雨が降っている。かなり強い。




学校をさぼることも考えたぐらい強い。




帰るときには弱まっているといいが。




そう思いながら、階段を上る。その上には、これもいつものように八神が弁当を食べていた。




いつも思っているのだが、早すぎる。




どの時間帯に来てもいる。一度授業終了のチャイムと同時にこの階段に向かったことがあったのだが、その時もすでにいた。




授業に出ていないのだと勘ぐってしまうぐらい、異常な速度で八神はここまで来ている。




結局その時は、あとで終了の挨拶をせず、飛び出したことを怒られただけという結果になった。




八神の隣に座り、二人で会話をしながら昼ご飯を食べ終えた。




食べ終わった八神は、いつものように学校の図書館から無断で持ってきた新聞を読む。




今になっては、無断で持ってくることなど気にしなくなった。




それどころか、八神の隣で一緒に新聞を読むようになっていた。




新聞の一面には『怪盗α予告状!』と大きな見出しが書かれている。




怪盗α、今世間を騒がせている泥棒のコードネームのようなものだ。




いつも予告状を出してから盗みに入るため、怪盗と呼ばれている。




αの意味は知らない。




「またですか。はやく捕まえろよ。」




「まだ男か女かすらわかってないらしいから、捕まるのはまだまだ先になるだろうな。」




怪盗αは人気が高い。




価値の高いものばかりを盗むため、自分たちには関係ないと思っている一般人にとっては、自分たちが生きている時代に怪盗が現れたというだけでも、盛り上がる要因になる。




だが、怪盗αの人気の理由はそれではない。




「今回はどんな不祥事が暴露されるんだろうな。」




「興味ありませんね。」




怪盗αは予告状を出した相手の悪い秘密を証拠とともに盗み出し、公表する。




言うなれば、義賊のように振舞っているのだ。




最初は泥棒が公表した情報だったこともあり、世間はそれに対して半信半疑だったが、実際に調べてみれば真実であった。




それが4回。たまたまということはないだろう、事前に調べているのだ。




盗む相手が悪事を働いているかどうかを。




「怪盗αってどんな顔をしているのかなぁ。」




「うるせぇな、さっきから。」




八神も怪盗αを義賊というか正義の味方のように感じているのではないか、と先ほどからの発言で思えてくる。




「なんでそんなにカリカリしてるんだよ。」




俺が悪態をついたことに対して、八神は困ったように笑う。




「怪盗αの存在が気に食わないから。」




八神に対して返事をしながら、新聞を指さす。




「お前も世間も怪盗αのことを美化しすぎだろ。こいつは紛れもない悪だ。こいつが与える影響もな。」




「確かに犯罪者ではあるけど、影響自体は悪とは言えないんじゃないか?現に、悪事を暴かれた奴らは、行った悪事に見合った罰を受けているし。」




反論するように八神は声を上げる。




怪盗αを擁護する人たちの代表のような言葉だ。




盗みはしているが、盗まれた相手も悪人なのでしょうがない。




それよりも、闇に隠されていた悪事を暴き、日のもとに照らし出して罰を与えたことのほうが重要だ。




そんな意見を最近ではよく耳にする。




だけど。




「盗みを行ったことは考えることもなく悪だが、それ以上にいまの怪盗αに対する評価が悪い方向に行く可能性の方が、俺は危険だと思うんだ。」




先程までは怪盗αのことを擁護していた八神だが、俺の言い分にもしっかりと耳を傾けようとしている。




こういうところを会長に見てもらえば好感度が上がるのではないだろうか。




今はどうでもいいことだが、ふと思ってしまう。




「怪盗αの目的がわからない。盗むだけでなく悪事を暴いて公表することに何の意味があるのだろうか。」




「それは…、そうだな、どうしても盗まなければならない事情があったけど、盗むということを悪だと理解していて、少しでも罪悪感を紛らわすために、悪事を働いている相手のところにしか盗みをしないから、とかか?」




俺の問いを受けて、八神は少し考えるようなそぶりを見せた後、思いついたことを口にした。




「だったら何で公表するんだ。罪悪感を紛らわすだけなら、自分だけが知っておけばいいだけだろ。義賊扱いをされたかった、とでも言うつもりか?」




「まぁ、確かに、わざわざ公にする必要はないか。本当に義賊として扱われたいなら、悪事の証拠を盗むだけでいい。だけど怪盗αは宝石や絵画を盗んでいる。それが証拠であるというわけではないのに…。」




八神の中にも疑念が生まれたようだ。




俺は、さらに考えるためか小さく独り言を言うようになった八神の注意を戻すために、わざとらしく咳払いをした。




「今の怪盗αに対する評価は、ただの犯罪者だとする声が半分、義賊であるとする声も半分、といった状況だと、ニュースを見た限りは感じた。泥棒がここまで大衆が支持されているのは異常だ。そして怪盗αを善として認識している奴ら、そうでない奴も、怪盗αが予告状をだした時点で出された側も悪だ、と思い始めている。」




八神も新聞に予告状がだされたと書かれていた時に、どんな悪事を働いたのかと、口にしていた。




八神だけではない。すでに4回犯行が行われたが、その全てで怪盗αは盗んだ相手の悪事を、暴いている。




絶対に信用するな、と言われる方が無理がある。




全てで確かな証拠が出ており、盗まれた側も認めざるを得ない状況にまで追い込まれているのだ。




今、怪盗αのことを嫌っている俺ですら、今回も悪事が暴かれるのだろうと思ってしまった。




だからこそ危険なのだ。




「もし、怪盗αの目的が誰かを貶めることだとすれば?誰もが怪盗αが予告状を出したのだから、出された側が悪なのだと思ったら?」




「いや、でも、実際悪事は働いていただろ?貶めるも何も事実を公にしただけなんじゃないか?」




俺の疑問に八神は反論する。




だけど、俺が言いたいのはそれじゃない。




八神も自分で言いながら、何かに気が付いたようだ。




みるみる顔を青ざめさせていく。


「怪盗αの目的がを貶めることだとすれば?今までは本当に悪事を働いていた人物を標的にして、自分が予告状を出したから相手は悪だ!と信用させることを目的としていた。そして、満を持して本来の標的である人間に予告状を出す。そうすれば人々は、そいつが悪だと思い、攻撃を始めるだろうな。」




今の社会では、あらゆる人が匿名で他人を攻撃できるようになった。




ただ悪口を吐くだけでも、相手に精神的なダメージを負わせることができる。




さらには、個人情報の特定や親族に対しての攻撃、仕事を奪い、人間関係を壊し…、相手を悪だと思った


人間は、心の中の残虐性に体を預けて非人道的な行為を行う。




正義という凶器をもって、人を殺そうとするのだ。




それが間違っていたとしても、気づかないまま、気づこうともしないまま。




「だけど、それはあくまで推測だよな?証拠があるわけじゃない。」




声を震わせながらも、八神は俺の言葉を否定する。




俺が口にしたのは残酷な手段だ。




その手段の中に自分が入りそうになっていたということが、怖くなったのだろう。




確かに、ここまでは俺の妄想に過ぎない。




だけど、本当に言いたいことはこの先にあるのだ。




「今言ったことは、あくまで俺の妄想に過ぎない。怪盗αの考えなんて知ってるわけないからな。」




俺の言葉に安堵したように息を吐く八神。




「だが、怪盗αであるとが、善良な人間に予告状を出したならば?」




続く俺の言葉を聞いて、八神の血の気が引いたのがわかった。




「俺が考えたように、怪盗αが善良な人間を陥れようとしている可能性に気づく人間は現れる。そして思いついてしまうはずだ、怪盗αの名をかたれば簡単に人を陥れる状況が生まれていることに。」




嫌いな芸能人、ライバル会社の社長、うざい上司などなど。




陥れたい、と考える相手は様々だ。




だけど簡単にはいかない。




弱みを握るのには時間も労力もかかる。




嘘の情報を流すにも手間がかかる。




仮にできたとしても、どれほどの効果があるのかはわからない。




しかし、怪盗αの予告状ならば?




偽装するだけなら簡単だ。効果も絶大。




たとえ偽物だとばれても、その前に相手に大ダメージを与えることができる。




それだけ、今、そして将来、怪盗αがもつであろう影響力とは強大なのだ。




俺の話を聞き終えた八神は屋上と階段の間にある小さな空間に置かれた机の上に新聞を置くと、疲れたように、足を階段に置いたまま、上半身だけ仰向けになって倒れこんだ。




ここは一応、俺と八神と会長で掃除をしているが、それでも寝ころびたいとは思えないんだが。




「確かにそうだな。でも、これに関しては対処法がなくないか?これからは予告状が出るたびに本物か偽物かを疑わなければいけないのか…。」




八神はため息交じりにそう呟いた。




これに関してはしょうがない。




すぐに思いつくのは怪盗αが盗みをやめるか、偽予告状がたくさん出てきて信頼度を下げる、ぐらいしか出てこない。






俺は、八神が置いた新聞を広げて、他のニュースを見る。




そこには、『殺人』の文字が書かれていた。




場所はこの学校がある市の隣の市。




近いな。




1か月前も近くの別の市で殺人があった。犯人は見つかっていないらしい。




直近に2件も近くで殺人があるということは、同一犯か?だが殺され方が違うらしい。




しかし、関連性は疑ってしまう。




物騒なニュースばかりで嫌になってくるな。




願うなら、関わりたくないものだが。


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