第20話 夢女のお礼

時間が流れるのは早いもので、気づけば五月も終盤に入っていた。




木霊夢の家に勝手に訪問してから一ヵ月が経ったのだと、懐かしむような、まだ最近の出来事のように思えるような不思議な思いを抱きながら、いつものように帰る準備をしていると、その木霊本人が話しかけてきた。




「そのさ、よく考えたらお礼できてなかったから、今日家に来ない?」




既に帰り支度を済ませていたのか、鞄を持って俺の席の前に立っていた。




この学校では、基本的に定期テストごとに席替えを行う。




木霊とは元もと席が隣であり、木霊が不登校であったのは俺にとって不都合なことがあったから、学校に来てもらうために、家に行って強引に悩みを解決した。




その後、中間テストがあったため、今では席が離れ離れになっている。




ちなみに俺は、廊下から見て3列目の1番前、つまり教卓の目の前の席になっている。




くじ引きで決まった結果だが、早く期末テストをしたくなってくる席だ。




「お礼をされるようなこと、してないけどな。」




こう答えながら、あの時のことを思い出す。




最初は情報を集めることに集中していたはずだ。




その後は、俺の問題がほぼ解決したから、木霊がきても来なくてもいい状況になり、木霊を襲うふりをして、木霊自身の狂気がどうとかいう話を強引になかったことにした…。




あれ?本当にお礼されるようなことしていなくないか?




むしろ、急に家に何度も訪れたよく知らない男に、突然襲われるという恐怖体験を木霊はしたことになる。




恨まれてね?




そういえば聞いたことがある。世の中には“お礼参り”という言葉があると。




本来は、神社仏閣に願をかけて、その願いがかなったときにお礼として礼拝に訪れることらしいが、その意味を捻じ曲げて報復行為として使われることがあるらしい。




絶対それだ。




「いやいや、きちんとお礼がしたいんだよ。」




これは、逃げられないか。




観念した俺は、しぶしぶと木霊に連れられて木霊宅へと向かった。








住宅街を自転車で走っていく。




近くの公園では、子供たちが仲良く楽しそうに遊んでいた。




木霊の家に着く。




そのとき、少女が俺たちに話しかけてきた。




「木霊先輩!!それに空波からなみさんも。こんにちは。」




誰だったけ。




「こんにちは林町。今日は部活ないのか?」




あぁ、林町美央だ。




こいつに木霊が中学生の時、なにかトラブルがなかったか詳しく調べてくるように言ってから話していなかった。




厳密に言えば、一度話しかけられたのだが、集めてきた情報が細かすぎてキモかったから俺は逃げた。




「林町、久しぶりだな。」




俺の言葉に林町はジト目を浮かべ、言葉を出す。




「一か月前に私の話無視したの忘れてませんからね。:




「無視はしてないだろ。」




適当にあしらっただけだ。




そうだ、こいつも木霊の家に入ってもらおう。




後輩の前で暴力は触れないはずだ。




もし暴力をふるってきたら、狂気がどうのこうのと言っておけば止まるだろ。




「そういえば、林町から情報を聞けたおかげで、木霊の悩みについて見当がついたんだった。俺にお礼するんだったら林町にもした方がいいんじゃないか?」




「そうなのか?ありがとな林町。」




木霊の感謝の言葉を聞いた林町は顔を赤くさせ、明らかに照れているのがわかる。




こうして、盾を手に入れた俺は三人で木霊の家に入っていった。




家の中に入ると木霊母が明るく出迎えてくれた。




以前はなかった、華やかな飾りつけもされている。




まるでパーティーでもするみたいだ。




隣の木霊を見ると、顔を赤くさせながら、恥ずかしいと木霊母に抗議している。




これ、怖がる必要ないのでは?








一通り木霊母と木霊にもてなされた後、せっかくなので木霊と林町と遊ぶことにした。




木霊の部屋にあるデジタル時計は、18時を過ぎていることを知らせてくれる。




一ヵ月前に見た時の暗くジメジメした雰囲気は影も形もなく、女の子らしいという言葉が似あうような姿に変化していた。




「こいつ、あの口調でピンク好きなのかよ。」




部屋の中をピンク色が包んでいる。




俺の小さなつぶやきは、近くにいた林町にしか聞かれていないようだ。




「空波さん、偏見ですよそれ。それにピンク好きな木霊先輩だから可愛いんじゃないですか。」




そう言って笑う林町。




その笑顔は純粋なもののように作られているみたいだ。




林町は木霊に特別な感情を抱いているのではないだろうか。




とはいえ、俺がとくに気にするようなことでもない。




「レースゲームの準備できたぞ。」




木霊の言葉を聞いて、俺たちはテレビの前に集まる。




テレビゲームをして遊ぶ。どこにでもあるような普通の風景だ。




木霊にコントローラーを渡される。




このレースゲームはオンライン対戦もできるが、本質としてはパーティゲームであり、画面を最大4分割して遊ぶことができる。




俺たちは3人ではあるが、画面は4分割された。




3面は各メンバーのプレイ画面。もう一面は全体を映している。




「画面小さ。」




「こんなもんですよ、空波さん。」




「そうなのか?」




「もしかして、空波はこのゲームやったことない?」


「ない。」




「え!?これ結構売れてますよ。持ってなくても友達の家でやったりとか……あ。」




あ、ってなんだ。友達がいないとでも言いたいのか。いないわ。




気まずい沈黙が部屋を包む。せっかく暗い雰囲気を脱したというのに、すまない。




「とにかく、まずは操作方法を教えてくれ。」




その言葉とともに、少しずつ明るい雰囲気が戻ってくる。










木霊コダマ上手ウマ。」




もうすぐ1時間が経とうとしていたころ、俺はそう口にした。




俺たち三人以外はCPUであるため、運が悪くない限り1,2,3位は独占される。




最初は木霊が1位、林町が2位、俺が3~5位だった。




今では俺と木霊が1位争い、林町がずっと3位という結果になっている。




「煽りにしか聞こえないぞ!」




木霊は熱が入っているみたいだ、声が荒げている。




だけど、煽りで言ったわけではない。楽しんでいる俺に、ここまで食らいつけるのは素直に称賛できる。




「私、全然勝てないんですけど……。」




林町は落ち込みながら木霊に体を近づけさせる。




「林町、邪魔!」




木霊が怒るが、それすらも嬉しそうだ。




楽しいのだが、時間的にそろそろ帰らなければならないと思っていたら、玄関の扉が開いた音が聞こえてきた。




木霊父が返ってきたのか?そう思ってから少し経った後、この部屋に足音が近づいてきた。それもかなり早く。




そして、勢いよく扉が開く。




「お前が、空波雫か!!」




40代後半ぐらいの男が入ってきた。




半袖を着ており、見える腕は筋肉質で鍛えていることがわかる。




髭を生やした顔からは、若いときはイケメンだったということがすぐに推測できる。




「娘の、夢の悩みを解決してくれてありがとう!遅くなったが礼を受け取ってほしい。」




頭を下げ、そう言いながら、紙袋を渡してくる。




中を確認するとお菓子が入っていた。高級そうなものであった。




顔を上げた木霊父は、俺の顔をじっくりと見てから再度言葉を発した。




「だが!夢はそう簡単には渡さんぞ!!」




「お父さん!?何言ってんの!?出てって!!」




木霊父の言葉に過剰に反応した木霊は、顔を赤くしながら木霊父を部屋から追い出した。




部屋の中には静寂が流れる。




林町の視線が痛い。




顔を赤くしたままの木霊はもじもじとしながら、俺の方を向いて恥ずかしそうに質問してきた。




「空波は、その、あたしのこと、どう思っているんだ?」




木霊父の言葉に感化されたのだろうか、頭が恋愛脳になっている。




「別になんとも。」




ぽーん、とギャグマンガのような音がしたかと思ったら、俺は木霊によって家から追い出されていた。




玄関の中から見えた木霊は顔を赤くさせたまま、怒っているような表情をしながら扉を閉めた。




外はもう暗い。




昔は見えていたはずの無数の星は、今ではすっかりと見えなくなり、月だけが堂々と空に浮かんでいる。




俺は、止めておいた自転車に乗り、自分の家に帰ろうとペダルを踏む。




「木霊先輩、今日は止まらせてください!二人だけで朝まで過ごしましょう!!!」




ぽーん、と先ほどと同じ音が聞こえたかと思えば、林町も外に投げ出された。




玄関の中の木霊は冷え切った眼をしながら、扉を閉め、無情にも鍵をかけた。




放心状態の林町がこちらを向く。




「ふっ」




「笑うなぁぁ!!!!!」




鼻で笑った俺の反応を見て、激高した林町を自転車で突き放し、俺は帰路についた。


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