第17話
テスト返却には時間がかかる。1年生でテストを受けた生徒は250人ほど。
つまり、250枚のテストを採点していかなければならない。
複数の先生がいる科目ならば、分担している分早く済むが、一人でその科目を担当している先生の採点が遅れてしまうのは仕方がないことだ。
先週の火曜日に中間テストが終了した。生徒たちは安堵を浮かべるとともに、次の日から始まるテスト返しに恐々としていた。
されど、なかなかテストが返ってこない。
返してもらわなくてもいいという気持ちと、早く返してくれという気持ちが渦巻いていく。
木曜日から少しずつ返却が始まり、今週の水曜日にはすべて返し終わっていた。
「それでは今から、得点確認を行っていく。1番から取りに来てくれ。」
授業が終了した後のホームルームで、早乙女先生がそう言った。
成績表につける得点と、テストの得点があっているかの確認をするために、自分が受けたテスト全ての得点が書かれた紙が渡されていく。
その紙には、平均点や自分の順位なども書かれていた。
全員に渡され終わると、先生が間違いがないか確認をとる。
とくに間違いはなかったようなので、ホームルームは早々に終わった。
帰るか、そう思い立ち上がろうとしたらある人物に止められた。
「待ちなさい。なに帰ろうとしているのかしら。」
正直、月つき見里なしとの勝負の方に意識が向いていたからすっかり忘れていた。
「ちょっとした冗談だよ。それで何から言っていく?」
「?何からって、もちろん総合順位に決まっているでしょう。」
そんなの関係ないだろ、と思いながらも合わせておく。
松下は自信と不安の入り混じった声で結果を述べる。
「私は2位だったわ。」
おぉ!とどこからか声が上がった。俺と松下が勝負することを知っている生徒は多い、結果が知りたいのは当然か。
今も教室には多くの生徒が残っている。
それにしてもなぜ2位で不安を持っているのか。
そういえば、松下には受験の成績を聞かれたとき、「俺が1位だ」みたいなことを言ったはずだ。
俺もその二日後まではそう思っていたが、結果としては俺は1位ではなかった。
松下はそれを知らないのだろう。だから不安を抱えている。
今も不安そうな顔を必死に隠している松下に、俺は勿体ぶりながら自分の順位を口にする。
「俺は…………、31位だ。」
「低!!」
失礼なことを叫ぶ松下。
「いや、低くはないだろ。」
「え、えぇそうね。少し驚いてしまっただけよ。…………つまり今回の勝負は私の勝ちということでいいわね?」
「は?なんでそうなる。」
何を勘違いしているのか。
「私が2位であなたは31位。少し拍子抜けだったけど、私の勝ちという結果になったでしょ?」
俺の言葉に疑問を浮かべる松下。
「いやいや、テストの勝負と言えば1科目ずつ比べて、優れた科目が多い方の勝ちに決まっているだろ。」
「え?」
松下は俺の言葉が一瞬わからなかったのか、素っ頓狂な言葉を発したが、すぐに理解すると声を出した。
「負け惜しみかしら?そもそも、仮にその方法を取ったとしても今出た結果を見れば、あなたが勝てないのはわかるはずでしょう。」
「だったら試してみろよ。それともビビってんのか、入学式の時みたいに。」
俺の言葉に怒りの感情が生まれたのか、松下が声を出す。
「良いでしょう。現実を教えてあげるわ。」
「お前にな。木霊、科目名を一つずつ言ってくれ。それに合わせて比べていく。」
「あたし!?」
突然の指名を受けて驚く木霊だが、しぶしぶ引き受けてくれた。
「じゃ、じゃあいくよ。まずは化学基礎。」
松下、俺の順番で得点を言っていく。
「97点」
「100」
「は!?」
俺の言葉に驚く松下。
他の生徒も驚愕の表情を浮かべている。
「木霊、次。」
「え?わ、わかった。」
木霊も驚いていたようなので、続きを言うように促した。
「次は、物理基礎。」
「95点」
「100」
うそ、と誰かの声が聞こえた。
いつの間にか教室は静まり返り、俺の得点に残っている生徒が注目していた。
「次は生物基礎。」
「96点」
「100」
このやり取りを聞いていた誰もが戦慄していた。
「つ、次は数学Ⅰ。」
「きゅ、98点」
「101」
「ひゃくいち!!??」
今日一驚かれたな。数学Ⅰは早乙女先生が俺と月見里のために、1問だけ難しい問題を用意してくれた。
他の生徒のことも考えた結果、『おまけ問題』として、100点満点ですでに作られていたテスト用紙の裏に、印刷された。
仮に101点になったとしても成績上は100点として処理されるため、時間の余った一部の層だけがこの問題に挑戦した。
そして撃沈していった。
テスト返却の際に早乙女先生は2人しか解けなかったと言っていたのだ。
その一人が今、この瞬間判明したのだ、俺だと。
「つ、つ次は数学A。」
「九十、七…点」
「100」
「数学総合。」
「96点…。」
「100」
「現代文。」
「98点」
「100」
「古文。」
「…97てん」
「100」
誰も言葉を発しなかった。
圧倒的だった、天才的だった。
空波雫の才能をただひたすら感じているだけだった。
先程の順位も忘れて…。
「か、漢文。」
「96て、ん」
「100」
「現代社会。」
「97点」
「100」
気づけば松下は頭が垂れ、形容しがたい表情を浮かべていた。
あえて表してみるならば、長期間をかけて作り続けた作品を完成したと同時に壊されたような、そんな顔になっている。
後、3科目。3科目もこの地獄が続くのかといった考えに支配されているようだ。
だが、思い出せばわかる。
俺は総合では負けているのだ。
「次は、世界史A。」
「98てん…。」
「30」
「は!?」
俺の言葉に驚く松下。
他の生徒も驚愕の表情を浮かべている。
「木霊、次。」
「え?わ、わかった。」
木霊も驚いていたようなので、続きを言うように促した。
「次は、コミュニケーション英語。」
「98点」
「30」
うそ、と誰かの声が聞こえた。
いつの間にか教室は騒がしくなり、俺の得点に残っている生徒が注目していた。
「最後は、英語表現。」
「97点」
「30」
このやり取りを聞いていた誰もが戦慄していた。
空波雫のヤバさ、それを改めて感じたのだ。
総合点は、松下1260点、俺が1090点。
1科目ずつ比べたら3対10。
「俺の勝ちだな。」
そう言って帰ろうとするが、
「待ちなさい!」
また松下に止められた。
「なんだよ、もう終わっただろ?おれの勝ちで。」
「総合点では大きく私が勝ってるでしょ!」
「1科目ずつ比べたら、俺が圧倒的に勝っているけどな。」
バチバチ、と音がするぐらい互いに見つめ合う。
松下は怒りの感情を、俺は余裕な気持ちを出しながら。
「まぁまぁ、ここは引き分けにすればいいんじゃないか?」
黒本が割って入ってきた。
黒本、久しぶりな気がする。小説で言うなら5話ぶりぐらい。
「なんで引き分けなのよ。総合点で評価するのは普通じゃない。」
「というか、松下。お前、100点1つもないんだな。」
ドゥフ、そんな音がしたかと思えば、松下が膝から崩れ落ちた。
ずっと気になっていたんだ。2位のくせに100点ないんだな、と。
「器用貧乏なだけだろ。3対10だぞ、7科目も差がついている。そういえば、勝った科目は全部100点超えてたな。お前は?」
「やめて、やめて!松下がかわいそうだろ。」
俺が言葉で追い打ちをかけていると、黒本が止めてきた。
これから面白くなるところだったのに。
まだ立ち上がらない松下を見ながら、何を言うべきか考えていると、月見里が近づいてきた。
「落ち着いてください。松下さんも空波君も事前に勝負方法を確認していませんでしたよね?私はどちらにも落ち度があると思います。黒本君の提案通り、引くわけにすべきでわないでしょうか。」
誰だよ。
知らない眼鏡女が場を取り仕切る。
「月見里さんの言う通りだな。今回は引き分けにした方がいいんじゃないか?」
黒本や他の生徒も同調してくる。
別にお前たちが決めることではないが、仕方がないか。
「わかった、わかった。松下がかわいそうだから引き分けにしとくよ。」
そう言うと俺は教室を出た。
「引き分けだったね。」
「なんであんなこと言ったんだ。」
その日の夜、俺は月見里と電話で話をした。
「松下さんの話じゃなくて、私たちのほう。」
怒っている演技をしているとすぐにわかる声で、月見里は言ってくる。
数学Ⅰでおまけ問題を解けたのは、101点を取れたのは俺と月見里だけだった。
「だからか、お前とは引き分けだったから松下とも引き分けにしようと?」
「そんな感じかな。空波くんだけ勝つのはずるいからね。」
電話の向こうからは微かに風の音が聞こえる。
「窓、開けているのか?」
「いや、ベランダに出てるんだよ。」
そう言われた俺は自分の家のベランダに近づいてみる。
「月がきれいだね。」
「その言葉、とある男のせいで素直な意味で使いにくくなったよな。」
「私たちが生まれる前の人だけどね。」
月見里の笑い声が聞こえてくる。
今回のテストも受験の時と同様、全教科満点という結果を出した月見里。
「期末でも勝負する?」
勉強が苦手な彼女だが、俺との勝負は気に入ってくれたらしい。
「早乙女先生が協力してくれたらな。次回からは協力してくれなさそうだけど。」
渾身の問題を当然のように解かれた早乙女先生の気持ちは今どうなっているのだろうか。
「じゃぁ、また明日。」
「あぁ、また明日。」
今日が終わり明日が来る。
また日常に戻っていくのだろう…、あるいは。
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