第16話 テスト後映画館

定期テストは科目が多いが、1日に2~4科目しか行われないため、午後からは暇になる。




この時間をどう使うか、学生としての腕の見せ所である。




「いや、勉強一択でしょ。」




駐輪場に自転車を止め終えた月見里つきなしさいは、冷めた口調でそう言った。




金曜日の午後、すでに中間テストは2日目が終わっている。




今日は、最多の4科目を受ける日だった。




「そういうお前も、今ここに来てるだろ。」




学校で演じている真面目キャラのまま、月見里は勉強をするように促してくるが、


そもそも放課後に映画館に行こうなどと、誘ってきたのは月見里だ。




他愛もない話をしながら俺たちは映画館内へと向かう。




今日は暖かな気候だ。




温暖化の影響なのかは知らないが、特に春秋は昔に比べて日ごとの気候に統一性が感じられなくなった。




寒かったり暑かったり、服を選ぶのすら大変である。




「私以外は、って話だよ。空波からなみ君は勉強苦手なんでしょ?」




「まぁ、そうだな。特に英語と世界史に興味が持てない。」




「どうしてか聞いていい?」




「英語は、日本語すら完璧に使えないのに、他言語に手を伸ばす気になれない。




世界史は、過去なんか振り返ったところで何になるのかがわからない。」




俺の言葉を聞いて、呆れたように月見里が口を開く。




「言語を完璧に、なんてほとんどの人ができてないよ。仮に完璧に使えるようになったとしても、それだと意味がなくないかな?」




確かに。言語に関しては、俺だけが100%使えても他の人が、70%しか使えなかったら意味がないな。




「過去があっての今なんだから、過去を知らないと真に『今について知ってる』とはならないんじゃないかな?それだと、今という時代を上辺だけでしか生きてないことになるよ?そんなの馬鹿馬鹿しくない?」




月見里の言葉には考えさせられるものがあるな。




今まで気づかなかった、というより興味を持とうとしなかった事柄にも、実は興味が持てるものがあるかもしれない、そう思えた。




とはいえ、英語と世界史は木金で終わったから、今回のテストは悪いままだろうけど。




「そんなことだと、松下さんに足をすくわれるよ。」




「大丈夫だろ、残りの10科目で勝てばいい。」




今後も、いろいろな教科に興味を持ち、あるいは興味を無くすなどして、俺のテストの点は毎回、大きく変動していくのだろう。




ただ、今回は勝とうと思っているから、10科目は高い点が取れそうだ。




「そういって、松下さんに負けたら笑えないけどね。」




そういえば、なんで月見里は俺が松下と勝負すること知っているんだ?




松下と話していた時に大勢の生徒が見ていたのは知っているが、そこに月見里の姿はなかったはずだ。




いや、居たのか。俺が『勝てるわけないだろ』みたいなことを言った後に、ビビることなく帰った奴が月見里だったのだろう。




「お前も、俺に負ける可能性を考えた方がいいんじゃないか?」




からかう様に月見里に言ってみたが、月見里は、きょとんとした顔をしただけだった。




こいつの頭には、負ける可能性が入っていないようだ。








館内に入る。




中は映画館独特の……というより、ポップコーンの匂いに包まれていた。




本当にポップコーンの匂いしかしない。入る場所間違えたかな。




「馬鹿なこと考えてないで、チケット買いに行くよ!」




考えを読み取ったのか、俺の腕を強引に引いて月見里はチケット売り場に行く。




数個の機械の前に10組ほどが並んでいた。




「それで?何を見るのかは決めているのか?」




「いや?今から決めるけど。」




待ち時間を利用して、俺たちは何を見るのか話し合う。




「好きなジャンルとかある?」




「ジャンルは特に気にしてない。ただ、派手なアクションがあった方がいい。」




「だったら恋愛は駄目だね。」




「恋愛もアクションする時代だろ?」




「それ、恋愛がメインじゃないと思うけど…。」




「シリーズ系は嫌だな。話について行けない。」




「わかる。前作を知らないと、楽しさ半減だからね。」




悩んだ結果、今話題のオリジナルアニメ映画を見ることになった。




チケットを買ったところで、映画館内にあるモニターを確認する。




俺たちが見る映画の入場時間までは、しばらく時間があるようだ。




「空波君はポップコーン買う派?買わない派?」




「映画にポップコーンは邪道だろ。」




「だよね。飲み物だけ買おうか。」




俺たちは飲み物を買うために長い列に並ぶ。




すると、前にいた男3人がことらに話しかけてきた。




「おいおい、映画を見るときはポップコーンが必須に決まってるだろ。」




「それを、邪道だと?」




「お前ら、全世界の映画好きを敵に回したぜ。」




どうやら、先ほどの話を聞かれていたらしい。




あと、最後の奴スケールでかすぎだろ。




「ポップコーンを食べる音がうるさいくて、映画に集中できないだろ。」




「それに、映画館のポップコーンって多いんだよね。全部食べなきゃ!みたいなことが頭の中に生まれる


から、映画に割くべき集中を使っちゃうでしょ?」




気づけば俺たちは男3人とにらみ合っていた。




「わかっちゃいねぇぜ。映画に集中していたら無意識に食べてしまうものだろうが、ポップコーンは。」




「映画の音に集中しろよ。」




「お前らが映画を真剣に見ていないだけなんじゃないか?」




こいつら、邪道が王道に勝てると思うなよ。




「真剣に見ているからこそ、映画と関係ない音を不快に感じるんだよ。」




「本当に映画に集中していたら、体の動きは止まると思うけどね。映画の世界に引き込まれていく、そんな感覚を味わっているなら、わざわざポップコーンを味わおうなんて、無意識にでも思わないでしょ?」




いつの間にか、近くにいた人々が5人の会話に耳を傾けている。




男3人の言葉に頷く者、俺たち2人の言葉に頷く者。




あれ?俺たちの方が頷いている人少なくないか?




だがそんなことはどうでもいい。ここで勝つ。




人にはどうしても譲れないことを、貫き通さなければならないときがいつか来る。それが今だったということさ。




5人は笑い合う。この数分でお互いの思いの深さはわかっている。




だからこそ、負けられない!




俺はさらに言葉を出そうと、




「そこまでだ!」




する前に静止の声が響いた。




声の方向を見ると、背の高い女が立っていた。




高い、俺より高い。180はありそうだ。




「考えを押し付け合うな。ポップコーンを食べるかどうかなんて好みの問題だ、それ以上でもそれ以下でもない。」




今までの口論が一瞬で否定された…。




「仮に、言い負かされたとしても変える気はないんだろ?だったら周囲の人間に迷惑をかけてまで話すことじゃない。」




先程まで頷いていた人もいたが、迷惑そうにしている人もいた。




考えが足りていなかったようだ。




「ぐうの音も出ないぐう。」




「出てるよ。」




月見里の冷静なツッコミを受けながら、俺は呟く。




「邪道が王道と引き分けになるとは。」




俺の言葉が聞こえたのか、長身女が声を出した。




「どちらかと言えば、ポップコーンを食べる派が王道だと思うが。」




「「え?」」




周りを見渡す。頷いている人が多い。




嘘だろ…。






どうやら、さっきの男3人と静止した女も、俺たちと同じ映画を見るらしい。席は離れているが。


後で感想を言い合おうといった約束をして、自分たちの席まで向かった。






映画パートは飛ばす。






「「「面白かった…!!」」」




「「「つまんねぇ……。」」」




映画が終わり、さきほどの6人で集まって最初に出た感想は、きれいに2つに分かれた。




「主人公が頑張って、頑張って、ものすごく努力したことがわかるから、最後の言葉で胸がジーンときたぜ…!」






「アクションが良い。」


「ストーリーがきれいだった。また明日から頑張ろうって気分になる。」




「あの程度頑張ったところで勝てるわけないだろ。ご都合主義を感じた。」




「努力したから勝ち!みたいなありふれた内容を、今更映画にした意味が分からない。」




「ストーリーゴミじゃん。」




ポップコーン男3人は高評価、残りは低評価だった。




この後、また口論に発展していく…………。




長身女、お前は考えを押し付け合うなと自分から言ったばかりだろ…。




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