第15話 才能という鎖
負け続けた
「実は私、運動苦手なんだよね…。」
月見里が白状するようにそう呟いた。知ってる。
あまりにも弱い。俺という物差しは本来、1メモリがでかすぎるので、相手が俺以外と比べたとき、どれほどの実力なのかがわかりにくい。
それでもわかる、わかってしまうほどに月見里は運動ができない。
体力はある。10時から4時間もの間休むことなく動けていたのだから。
身体能力も悪いわけではない、平均はあるのだろう。
ただ、壊滅的な運動音痴というだけだ。それだけでここまでひどいのかと戦慄してしまうほどに。
月見里は勉強ができる。その代わりに失った能力が運動神経なのだろう。
立ったまま月見里を観察して考察をしていたが、その視線に気づいたのか、月見里がゆっくりとこちらに顔を上げる。
「私、頭の良さには自信があるんだけどね。それ以外は全然ダメみたいで。」
俺の考えを見透かすように、月見里は声を出した。
乾いた笑いをする月見里に俺はずっと思っていたことを聞いてみる。
「なんで、隠してるんだ?勉強できること。」
「いや?隠してないけど。自己紹介の時も勉強できるって言ったよね?」
俺の言葉に月見里は疑問を浮かべる。
「それはそうなんだが、お前『努力しなくても勉強できる』と言っていたよな。なんでそれを隠しているのかが知りたいんだ。」
「別に言いふらす理由がないからかな。逆に
それはそう。客観的に見ておかしいのは俺であることは確かだ。
敵がいる、というか増えているのも知ってる。
それでもやめないけど。
「ただ言ってないだけなら別に不思議なことではない。だけどお前、休み時間にも勉強してるよな。天才であることを隠す、というよりは努力をしている、といった印象を持たせようとしていないか?」
俺の言葉に一瞬眉が動く。
「俺の目から見えたのは、勉強しているところを見せつけているお前の姿だ。」
偽物が本物のようにふるまっている、そんな姿に違和感を感じた。
「それは、いくら天才でも生まれた時から何でも知っているわけじゃないよね?確かに私は、一度勉強したことは忘れないけど、0を100にする作業は大切だよ。別に見せつけているわけじゃない、家でしたくないから学校で勉強してるだけだよ。」
「どうだかな。一度気になってお前が勉強しているところをこっそり覗いたんだ。教科書や参考書を開いてはいたが、一切見ていなかった。頭の中にあることを書いていただけだ。
さっき言ったな、『一度勉強したことは忘れない』って。お前の勉強の定義はなんだ?もしかしたら見ただけで覚えれるんじゃないか?」
お互いに冷静ではあるが気づけば、口論のような形になっていった。
通り過ぎる人はこちらを見ることはない。
俺と月見里だけが入れる空間が形成されていた。
「憶測で物事を語らない方がいいんじゃないかな?それに自分のことを信じすぎじゃない?主観的にみたことを全部真実として語られても困るんだけど?」
「俺の質問に答えてくれないか?今の言葉に何の意味がある。時間を無駄にしただけにしか思えない。」
「遠回しに否定したのがわからなかったの?」
なかなかどうして、認めようとしないな。
やはり、決定打がない。
今暴きたいものは、月見里の内側にある。
隠したい月見里のほうが、圧倒的に有利な状況ではあるから仕方がないかもしれないが。
ここは攻めの角度を変えてみるか。
「お前、運動が苦手と言っていたが、だったら何でここに来たんだ?」
「急に話が変わって不気味だね…。苦手だけど好きだから、運動。」
俺の話題変換に不信感を抱きながらも質問には答えてくれる。
「屋内スポーツが?」
「まぁ、そうだね。昔はバスケットボールの選手になりたかったし。無理だったけど。」
以外にも活発な幼少期だったのか?
というか、勉強より運動の話題の方が楽しそうだな。
「俺も中学生のころに、いくつか手を出していたことがあってだな。バスケもその時に多少やった。一番面白かったのはサッカーだな。」
「サッカー、いいよね。私もプロのように軽やかなドリブルがしたくて練習してた時期があったなぁ~。足がから回ってこけてばかりだったけど。」
月見里のスポーツエピソード、最後の情報が悲しくなってくるんだが。
「やはり勝負するなら勝ちたいよな。苦手なことであっても。」
俺は今日のことを思い出しながらそう言う。
月見里は負けたらいつも落ち込んでいた。
「そうなんだよね。やるからには勝ちたい、才能を言い訳にしたくない、そんな気持ちでいつもやってる
よ。結局負けちゃうんだけどね。」
ははは、と自虐するように笑う月見里。
「ちなみになんだが、学校にいるときと雰囲気を変えているのは何でだ?名前を呼ばれたとき、すぐには気づけなかった。」
「雰囲気を変えているのは学校の方なんだ。こっちがありのままというか…。」
そこまで言うと、言葉を止める。
墓穴掘ってしまったなぁ。
「き、気味の悪い笑い方しないでよ…。」
「やっぱり学校のときは演じているよな。『真面目な月見里』を。」
「何のことだか…。」
「人が隠し事をするのは、何かを守るためだ。月見里が天才であることを隠して守られるものは、月見里本人である可能性が高い。」
「話進めないで。」
月見里の言葉を無視して話を続ける。
「高校生になった時には、すでに『真面目な月見里』だった。つまり、隠そうと思たのは中学生以前。隠す理由は、さっき月見里が言っていたよな?天才と言いふらしたら敵が生まれる、と。」
しまった、と言わんばかりに月見里が顔をしかめる。
ようやく反応らしい反応をしてくれたようで嬉しいな。
「別に言いふらさなくても、言動から天才であることはわかる。だから天才であることを黙っているのではなく、隠しているんだ。バレて敵を生んだ過去があるからな。」
「…………、今の話って憶測でしかないよね。さっきも言ったけど、主観的に考えたことだけを真実として語られても困るんだよね。」
「さっきまで隠せていた感情がむき出しになってきてるぞ。図星を突かれた良い証拠だ。」
「演技かもしれないよ。証拠にはならない。」
あくまで隠すつもりか。
答えは月見里の中、あるいは月見里が生んだ敵を見つけれれば簡単にわかりそうだが。
話して1日目で暴こうとしたのは早計だったか。
が、ここで月見里は観念したように話し始めた。
「まぁ、実際には空波君が言ったことが正しいんだけどね。そうだよ。隠してたんだ、天才だということ。」
なんでいきなり。
やっぱりキモいなこいつ、と思ったが、俺の考えを見透かしたのかもそれない。
月見里が生んだ敵に会いに行くことを止めたかったのだろう。
表情や体の動きだけで、人の考えを読み取る。
いうのは簡単だが、行うのは難しい。ましてや月見里は正確すぎる。
月見里の前で隠し事をしたいならそれなりの対策が必要そうだ。
「中学の時にイジメられてたんだ。『なんでたくさん努力してる私より勉強できるんだ!!』って。仕方ないよね、できるものはできるんだから。」
「わざと手を抜こうとは思わなかったのか?」
「やるからには勝つ、得意なことを捨てたくないんだ。好きでなくとも。」
苦手だけど好きな運動。
得意だけど好きじゃない勉強。
月見里才華は才能に縛られている。
「高校では、イジメっていうしょうもないことで時間を浪費されたくないから、隠そうと思ったんだ。だから、私の中学の同級生に会いに行こう、だなんて思わないでよね。」
…、こいつもそうだが八神と言い木霊と言い、なんで急に不幸自慢を始めるのだろうか。
月見里は短くまとめてくれたからまだいいか。
残りは、長すぎて聞くのにうんざりする。
それでいて感想求められるのが一番いやだ。
どうでもいい、で終わりだよ。
「今、どうでもいい、って思ったでしょ。」
こいつキモ。
「学校でもそうだけど、いつも私に対してキモいって思ってるよね?あれ結構、傷つくんだよ?」
見透かしすぎだろ…。
「悪かったな。お前から感じる違和感を表す言葉に丁度良かったから。」
「だったら、今日からはやめてくれる?」
「え?無理。」
こいつは隠すのをやめないだろう。
簡単そうに答えているが、恐怖を感じているのも知っている。
それだけ、嫌な、繰り返したくない過去というわけか。
「私が言うのもなんだけど、空波君もだいぶ人の考えに中に入ってくるよね。」
「確かに、そうだな。」
ここまで言うと、俺たちは笑いあった。
「そうだ、空波君。私と勝負しない?」
「は?4時間負け続けただろお前。勝てるわけなくないか?」
「けっこう傷えぐるよね、君…。」
コントのように表情を変えてから、また笑顔に戻る月見里。
「そうじゃなくて、勉強で。来週の中間テストでだよ。」
「なんで?」
勉強は好きじゃないと言っていたはずだが。
「負けっぱなしは癪だからね。」
どうやら、俺に負け続けていたことを相当根に持っているらしい。
「でも、どうやって?純粋にやったらお前が勝つか、引き分けの未来しかないが。」
「そうだなぁ。方法は考えてなかったよ。さっき思いついたから。」
「だったら、数学で勝負を決めるのはどうだ?」
「数学で?どうやって?」
「早乙女先生に頼んで、一問だけ難しい問題を作ってもらうんだよ。それを解けるか解けないかで勝負をすればいい。」
早乙女先生は数学Ⅰのテストを作っているはずだ。
一問だけならギリギリ間に合うかも、というのは希望的観測ではあるが。
「確かにそれなら、楽しめるかも。だけどね…。」
そう言って、月見里は一度言葉を切る。
次の瞬間、今まで隠されていた『天才の月見里』が姿を現す。
「誰が相手でも、私を超えられるわけないよね。」
無邪気とも、邪悪ともいえる笑顔。
その言葉は、俺と、早乙女先生に向けられているものであることはすぐに理解できた。
おもしろい。
「無理だ。」
月曜日、二人で職員室まで行き、早乙女先生に頼んでみるが、三文字で撃沈した。
「お前たちのレベルに合わせた問題をあと7日で作れと?」
数学Ⅰのテストは来週の月曜日。ギリギリまで考えても1週間しかない。
「でも、他の問題はすでに完成してますよね?」
俺が口にすると、やや怒ったように早乙女先生が声を出す。
「あぁ、できているさ。すでに印刷まで終わらせている。」
仕事はえ~。
今日、世界史の先生が「テスト全然できてないわ、どうしよう。」みたいなこと言って笑いを取っていたのに。
「それに、お前たちのレベルに合わせたら、他の生徒が解けないだろ。」
返す言葉もない。
さすがに無理だったかと、月見里とともにトボトボと教室に帰ろうとしたとき、早乙女先生が呆れたように声を出した。
「わかった、わかった。何とかするから。」
「「先生…!!」」
初めて、先生という存在に感謝の気持ちを感じた瞬間であった。
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