第14話

雲が太陽を隠し、五月だというのに肌寒さを感じさせる。




たまには外で運動を、と思って土曜の朝から家を出たのはいいが、この気温だといまいちやる気が出ない。




学校ではテスト週間が始まっていた。中間テストは木金月火の4日間。




テスト週間は1週間前からなので、今週の木曜日にはすでに始まっている。




今もテスト週間ではあるのだが、勉強する気が起きない。




だから運動でもしようと思っていたのに。




いや、待てよ。俺は別の案を思いついた。




スマホの検索機能から、ある場所までの行き方を調べる。




そうして俺は自転車に乗り、室内スポーツ施設まで足を運んだ。




ここでは様々な室内スポーツが楽しめるらしい。




一人でも楽しめるかは知らないが、早速受付へと向かう。




受付の前には数人の列ができていた。




長くはないが少し待つことにはなりそうだ、そう思ったとき後ろから声が聞こえる。




空波からなみくん…?」




俺は声がした方を見るために後ろを見た。




誰だ?




そこには見覚えのない女が立っていた。




スポーツ用のつばのついた黒色帽子をかぶり、その下からはきれいな茶色の髪がのぞいてかせ、動きやすそうな服の上にマウンテンパーカーをはおり、かっこかわいい雰囲気をだしている。




知らない人だ、と改めて思う。




だけど確かに俺の名前をこの女は呼んだ。




女は、しまった、と思ったのか、顔を隠すように帽子を深くかぶる。




その様子を無視して俺は考える。




もし、クラスメイトだったら返事をするべきだろう。




思い出せ、思い出せ…!




今、俺は今年1番頭を働かせている…!




記憶を探る、深く、深く…、あの声は…。




つき見里なしさい




「!」




俺が口にした名前に反応したのか、女は驚いたように俺の顔を見る。




「よく…わかったね。」




どうやら当たっていたようだ。危ねぇ。




「クラスメイトだから当然だ。」




見栄を張っておく。男とは見栄を張る生き物なのだ。




「でも、私、学校とは全然雰囲気が違うでしょ?」




月見里は学校では大人しく、真面目そうな雰囲気を持たせようとしていたはずだ。




確かに、他の生徒が今の姿を見て、月見里だと連想するのは難しいだろう。




ただ、




「お前、学校では伊達メガネつけてただろ。なんでなのか気になっていたんだ。」




学校の月見里のことを思い出しながら、俺は月見里だと分かった理由を後付けで綴る。




眼鏡の度数は屈折を見ればなんとなくわかる。




学校の月見里は眼鏡をつけていたが、屈折はなかった。




「そもそも、学校のお前の様子には違和感があったからな。何かを隠しているような、あるいは怖がっているような。」




流石に本人の前で「キモかった」とは言えない。




俺の言葉を聞いた月見里は驚きを隠さず、絞り出すように言葉を発す。




「よく…見てるね。早乙女先生みたい。」




早乙女先生は、俺も生徒のことをよく見ていると思っていたが、月見里の違和感に関しても気づいていたのか。




「まぁ、それはどうでもいいか。なんで月見里はここに来たんだ?テスト週間だろ。」




「自分のことを棚に上げてよく言えるね…。私は別に努力しなくても勉強できるから。」




俺の質問に答える月見里。いいね、その発言。




月見里にしていた『ただのキモい奴』という評価を『理由があってキモい奴』に変える。




「空波君も一人で来たんだよね?よかったら一緒に遊ばない?」




月見里から思わぬ提案がされる。




最初の反応から、俺に話しかけたのは不本意で、関わりたくないものだと思っていたが違うようだ。




それとも、口止めをしたいのだろうか。今の姿のことを。




別に言いふらしたくなるほどの興味がわくものではないのだが。




ただ、提案自体はありがたい。一人ではできないスポーツも多数ある。




「いいな、それ。俺も一人で楽しめるのか不安だったところだ。」




俺が了承すると、月見里は俺の隣に立つ。




その直後、さわやかな香りを月見里から感じた。




香水をつけているようだ。なんの匂いかはわからないが。




「最初は、何からするのか決めてるのか?」




「今日は、ボウリングをしようと思ってたんだ。前よりもうまくできる気がして。」




俺たちは受付を済ませると、ボウリングをするために会場に入る。




第7レーンで行うこととなった。




登録する名前は、どちらも苗字。順番は俺から。




レーンの前に立つ。正直、ボールをまっすぐ投げるだけのゲームのどこが面白いのかがわからない。ピン


も真ん中にあててしまえば全て倒れるだろうし。




投げる。ボールはまっすぐ真ん中を走った。




ストライクだな、そう思ったが8本しか倒れず、両サイドに1本ずつ残ってしまった。




力加減が悪かったのか。ピンに当たる角度が悪かったのか。そもそも残った2本をどうやって倒せばいいのか。たった一投しか投げていないのに考えることが多い。




なるほど、思ったよりも奥が深い。これは楽しめそうだ。






結果として250点取ったところでゲームが終わってしまった。




次はもっと点を高くできそうだ。




そう思い、もう一度ゲームをしようと、月見里の方を見ると、顔を落とし見るからに落ち込んでいた。




なぜか、理由はすぐにわかる。初心者の俺に負けたのが悔しいのだろう。




俺は顔を上に上げ得点の表示されたスクリーンで、月見里の点を見る。




37点.




え、低。








俺たちは今、卓球台をはさんで対面している。




月見里はマウンテンパーカーを脱ぎ捨てる。どうやら全力モードのようだ。




だけど正直、球を板で打つだけのゲームのどこが面白いのかがわからない。




打ち返すだけをどうやって失敗するのか。




そう思いながら、何気なく隣を見る。




強烈なドライブ、美しさを感じるほどのカーブ、繊細なカットなどなど。




なるほど、打つという行為にも多種多様な方法があり、戦略の幅も広い。




まるで互いの考えが交差するように球が跳んでいる。




これは楽しそうだ。




俺は月見里の方を改めて向く。そしてサーブを打つ。




さぁ、楽しもうじゃないか…!








結果として11対0で俺が完勝した。


つまんねぇ。


無気力に月見里の方を見る。




めちゃくちゃ落ち込んでる…。




心なしか周りからの視線も痛い。




というかこいつ、もしかして弱い?




いやいや、俺が強すぎるだけなのか。








この後も様々なスポーツで月見里と対戦する。




そのどれもで俺が圧勝した。




気が付けば、14時を過ぎていた。




空気が悪い。理由は明らか、月見里が落ち込みまくっているからだ。




先程までは脱いでいたマウンテンパーカーをはおり、息を切らしてベンチに腰掛けている。




やっぱり、こいつが弱・・・いやいや違う違う。俺が強すぎるだけ、そうに決まって…!




「実は私、運動苦手なんだよね。」




ですよね~。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る