第13話 宣戦布告

「私と勝負しなさい。」




廊下に出、帰ろうとする空波からなみしずくの前に立った松下まつした八愛やえは、真剣な表情でそう言った。




放課後、太陽は沈む気配を感じさせず、圧倒的な存在感を放っている。




「何で?」




空波は、面倒くさそうな様子を隠そうともせず、淡白に返す。




「さっき先生が言っていたように、来週から中間テストが始まるわ。そのテストの結果を競いたいの。」




今日、ゴールデンウイークが明けたばかりで、気が抜けた生徒たちを無慈悲に襲うようにテスト期間が始まった。




中間テストは4日間かけて行い、全13科目。




数学Ⅰ、数学A、数学総合、化学基礎、物理基礎、生物基礎、現代社会、世界史A、英語表現、コミュニケーション英語、現代文、古文、漢文、である。




高校生になったのだ、と5月半ばになって本当の意味で自覚せざるを得なくなった生徒たちは、教室の中で友達と不安と焦りを共有し、軽減されるように話していた。




が、廊下で始まった会話に対して興味を持ち、話を切り上げて耳を傾ける者が多数現れる。




本来ならば、誰かがテストの勝負をしていようと、自分たちのテスト事情に集中しなければならないため、興味を持とうなどとは考えないはずだが。




それだけ、二人は注目を集める存在なのだ。




「テストで勝負するも何も、受験の時に俺が勝ってるだろ。する意味あるのか?」




空波は他の生徒にとって衝撃的な発言をした。




松下が周囲の人間から受けている評価は『完璧超人』だ。






授業中は積極的に発言をし、小テストはいつも満点。




わからないところを聞けば、やさしく丁寧にわかりやすく教えてくれる。




運動神経もよく、体力テストでは1年女子の中でトップの成績を出した。




そんな彼女を天才だと称する者もいるが、そうでないと分かっている者もいる。




彼女が誰よりも『努力』をしていることを。




先生に質問している姿をよく見る。




彼女が図書館で自主勉強をしているところをよく見る。




女子たちは彼女の鍛え抜かれた体を見た。




彼女が朝早くから走っている姿を見た者もいる。




努力を見た。




見ていないところでも努力しているのだろう。




それでも驕らず、人にやさしく、自分を高め続ける彼女のことを好意的に感じている人は少なくない。




その彼女より空波の方が成績が上?納得できない、疑う様に空波を多くの人が見る。




「確かにそうね、あの時は私が負けた。」




肯定した松下の言葉に、驚愕の声が上がる。




「だけど、今は違う。もう負けない。だから、私と勝負しなさい!」




強い意志。確かな自信を持った彼女の言葉を嘲るように空波が言葉を返す。




「お前が?俺に?…ハハハハハ!」




疑問を浮かべ、笑いだした空波の様子に、生徒たちからの視線が集まる。




気づけば他のクラスの生徒たちもこの二人の会話を見ていた。




笑い声が止まる。空波を中心とした空間を、まるで誰もいなくなったかのように静寂が包んだ。




「勝てるわけないだろ。」




見下すような目。冷え切った声。




一人を除き、生徒たちは心臓を掴まれたような恐怖に襲われ、顔を強張らせる。松下さえも。




強者と弱者の線引きを、今この瞬間、完全に理解されたのだ。




これまで空波に対する評価は『相談は聞いてくれるけど、自意識過剰でうざい奴』だった。




自己紹介の時、空波は自分のことを『天才』だと称した。




だけど、明確な証拠が出てこない。




勉強ができるわけでもない。




運動ができるわけでもない。




簡単な相談事を解決しただけで天狗になっているだけではないのか。




つい先程まで、ほとんどの人がそう思っていた。




天才だ。証拠は今もない。だが、本能でわかる。




格が違うと。




同じ年、同じ生徒のことを畏怖する……前に凡人まつしたが声を出す。




「やってみないと分からないじゃない…!」




松下も恐怖を感じた。一瞬、勝てないと思った。




4月の彼女なら、ここで止まっていただろう。




だが、彼女は『成長』したのだ。




自分の信じたどりょくが正しいことを証明したい。




未熟な自分を変えたい。






『天才《からなみ』』に勝ちたい。






その思いが彼女に理不尽に挑む権利を与えたのだ。




「私が勝つわ。あなたを、超える。」




改めて、決意するように松下は言葉を吐き出した。




そんな彼女を見て他の生徒たちは思った、天才は畏怖すべき対象ではないと。




ここで、空波が初めて松下の目を見る。




彼女の黒い瞳から何を読み取ったのだろうか、空波は笑った。




「まぁ、受験と中間テストだと変わるものもあるからな。俺が負ける可能性が万が一にもあるかもしれない。その勝負受けるよ。」




松下は強者である、空波はそう認めたのだ。












「1年から聞いたぞ~。お前、中間テストで勝負するらしいな!」




楽しそうに夜桜よざくら千草ちぐさが笑う。




空波は松下との勝負を受けた次の日、屋上へとつながる階段に来ていた。




「こんなところにいていいのか?お前、かなり大口たたいたって聞いたぞ。少しでも勉強した方が…。」


心配そうに八神銀が口にする。




「大丈夫ですよ。勉強は苦手ですが、テストの勝負なら焦る必要はありません。」




自信たっぷりだと言わんばかりに空波は口にする。




「それは何でだ?苦手科目が足を引っ張るかも~、とか不安になるだろう?」




「ひかてかほふは、ふへへはいいんへふよ。」




「食ってからしゃべれ。」




「苦手科目は、捨てればいいんですよ。」




夜桜の疑問を空波が答える。




「どゆこと?」




弁当を食べ終わった八神が、弁当箱をしまいながら疑問を口にする。




「受験の時は総合点を見ていましたが、普通のテストは『高い点数をより多くとった方の勝ち』でしょ?」




「ちょっと待て。…極端な話になるが、7科目受けるとしたら、3科目0点でも4科目で相手より高い点数をとったら勝ち、ということか?総合点では負けてても。」




「そうですね。」




空波の答えについて、夜桜が確認を取った。




「テストは100点という上限が決められています。そして、複数の科目を受ける、つまり、秀でたものの多さを競うということです。


60×7と100×4+0×3、どちらが優れているのか一目瞭然ですよね。」




天才ゆえの発想。尖っていても優れた能力を持っている方が良い、それが空波の考えだった。




事実、過去天才と呼ばれた人物も、ある分野において優れていたが、他では平凡かそれを下回っている、という者は多くいた。




「確かに、一理あるな。」




夜桜も天才よりの存在であるため、一定の共感を示す。




が、夜桜と八神は顔を見合わせて同じことを思う。


(多分、対戦相手と考えがすれ違ってるよな…。)


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