第10話 初登校

朝8時38分、そろそろ一時間目が始まる時間帯になると、ほとんどの生徒がすでに教室の中にいた。




高校生になってから日常となっていたこの光景に今日、変化が起きた。




「…おはよう。」




小さく呟くような挨拶はドアを開ける音にかき消される。




教室にいた生徒たちは先生が来たのかと勘違いして、後ろのドアの方を向き、驚いた。




そこには自分たちが見たことのない人物が立っていた。




女子用の制服を着ていたので生徒であることはわかる。




入ってきた生徒は、人目を気にしながらもまっすぐ奥へと進んでいき、最後列の奥から二番目、いつもは空席であるその席に座った。




他の生徒たちはその光景を見て、気が付いた。




霊夢だまゆめだ。




入学式の時から学校に来ていないとして、クラスの中でも有名になっていたその人物が、今日、突然やってきたのだ。




話しかけたい、いろいろ聞きたい、そんな思いに駆られるが授業開始まで一分を切ったこの時間では行動に移せない。




木霊もそれがわかっていてギリギリの時間帯に来たのだろう。




今、このクラスで一番の注目を集めている木霊は左を見る。




そこには自分が抱えていた問題を強引にも解決してくれた男の席があった。




男からは、席が隣だと言われており、その時はつい皮肉を言ってしまったが、内心では心強いと思っており、他のクラスメイトとの間にできてしまっている壁を壊してくれることに期待していた。




その男は今、席にいなかった。




教室を見渡してみる。いない。




いつも時間ギリギリに来るのだろう。




そう思った直後、始業開始のチャイムが鳴る。




今日は偶々、遅れているだけだろう。もう少ししたら教室に入ってくるはずだ。




ものすごく焦りながらも自分に言い聞かせて、心の平穏を保とうとする。




しかし、いくら待っても来ない。




結局来たのは、3時間目の数学の時間からだった。




悪魔め、木霊は男のことを見ながらそう思った。










朝8時、俺は目が覚める。




起き上がろうとする体を襲う倦怠感。




これは、あれだ。全学生が一度は体験する『学校行きたくない症候群』だ。




理由などない。ただ単にめんどくさいから。




「今日はさぼるか。」




独り言をつぶやくと体が軽くなる。




中学生までは欠席や遅刻の連絡は親がしていたから、詳しくは知らないが、俺が通っている蒼昊そうてん高校こうこうでは、事前に配られた紙に書かれたサイト上から欠席、遅刻理由を先生に送ることで簡単に連絡することができる。




正直さぼるのに非常に便利だ。




さてさて、欠席理由はどうしたものか。熱があるぐらいにしとけばいいか。




あまり重い仮病にすると学校から連絡が来たり、病院にいった証拠を見せなければならなくなる。




俺はサイトを開き、早速欠席理由を打とうとすると、ピンポーンと機械的な音が部屋の中に響いた。




インターホンが鳴ったのだ。俺は憂鬱になりながらも玄関まで行く。




「はい」




インターホン越しに返事をしながら、誰が来たの確認すると、扉の前には十七夜かのうももが立っていた。




まずい。十七夜とは何度も話をしているが、勉強面においてかなり真面目な人だという印象を持っている。




この人に仮病していることがばれたら面倒なことを言われるに違いない。




ここは病人のふりをするべきだ。




「どうしましたか?」




俺は寝起きということも相まって、元気な声を出さずにそう問いかけた。




「おはよう、空波からなみ君。空波君っていつもこの時間には家を出てるよね?まだ自転車が残っていたから気になっちゃって。…もしかして寝坊しちゃったとか?」




可愛い声で俺がまだ家にいることに対しての心配をしてくれる十七夜。




やさしい。やさしいけど、今は違うだろ。空気読んでくれよ。




逆切れ気味に考えてしまったが、すぐに落ち着いて熱があるとうそをつく。




「実は今熱があって。今日は休もうと思っています。」




「え!大丈夫なの?辛かったら病院まで連れて行こうか?」




これまたやさしい、けど困る。病院に行ったら嘘だってばれるではないか。




「いえ、大丈夫です。そこまで重くはないんで。明日には治るかと思ってます。」




「そうやって油断してたら、実は重い病気でした、ってことになっているかもしれないんだよ?ちゃんと病院に行った方がいいって。」




早く帰ってくれないかな。優しさが俺を苦しめている、二つの意味で。




「いや、大丈夫ですから。心配いりませんから。」




「いやでも……?空波君さっきと比べて声少しだけ元気になっているよね?」




あ。




「もしかして……、仮病とか?学校に行きたくないから。」




すぅー、と息を吸いながら俺は考える。




十七夜、実は頭がいい?インターホン越しの声の調子を見破ってからすぐに仮病だと暴くのは、人のことをよく見ていて、頭もそれなりに切れる証拠だ。




「ばれましたか。」




俺はあっさりと自白した。




「やっぱり。そもそも、空波君が熱を出すようなイメージないからね。」




「それって、馬鹿は風邪ひかないってことですか?」




「いやいや、違うからね!?…なんていうか、直感的に?空波君が病気になっている姿が想像できないというか。」




それは外れだ。小さいときはよく病気になっていた。




そのおかげで、今は免疫が付いているのかもしれないが。




「じゃあ、そういうことなんで。俺は学校休みますけど、十七夜さんは大学がんばってください。それじゃ。」




「うん。行ってくるね~。って違うよ!?空波君も学校行かないと!」




やっぱりめんどくさいことになった。




「十七夜さんはなんで俺が学校に行きたくないかわかりますか?」




意味深にそういうと、十七夜は心配そうに答えた。




「もしかして、学校で辛いことがあった?だったら無理に行かなくてもいいよ。でもね?悩みがあるんだったらお姉さんに相談してもいいからね?」




きちんと誤解してくれたようだ。というか、お姉さんって。その身長で言われても。




十七夜は身長が140センチメートルらしい。




「実は…、夢を見たんです。俺が大怪獣になって街を壊す夢を。」




「は?」




普段温厚な十七夜が一文字で返事してきた。




ちょっと茶化しただけなのに。というか、は?って返すなよ。木霊がかわいそうだろ。




夢のことだと茶化した俺も同罪な気がするが。




そういえば、今日は木霊が初めて登校する日だった。




流石に一人だけというのは気が引けるな。




「冗談ですよ、学校には行きます。3時間目から。」




1,2時間目は嫌いな科目なんだよな。3時間目は数学だし早乙女先生の授業はわかりやすいから行ってもいい。




「まぁ、行くんだったら別にいいけど。行きたくないときはあるよね。私も何回かあったし。ごめんね?無理に行くように言っちゃって。」




こっちが申し訳なるほど優しいなこの人。




十七夜との話を終わらせた俺は、ゆっくりと準備をして3時間目に間に合うように学校に向かった。










「おはよう、木霊。学校は大丈夫か?」




学校に来た俺は隣の席に座る木霊に話しかけた。




すると木霊は、睨みながらこう言った。




「なんで、朝からいないの!」




かなり怒ってる。だが大丈夫、木霊が納得する言い訳をさっき思いついていたんだ。




「実は夢の中で俺が大怪獣になって…。」




「馬鹿にしてるでしょ」




やば、地雷は取り除かれていなかったらしい。




「冗談だって。今日は単純に寝坊しただけだよ。」




俺がそう言ったところで授業が始まった。




遅刻した場合は職員室まで行って、遅刻届を書いてから先生にハンコをもらい、今から受ける授業の先生に渡さなければならない。




正直言って面倒くさい。




「寝坊か。」




紙を見ながらそうつぶやく早乙女先生。




担任には朝の時点で連絡が届いているからすでに知っているはずだ。




「今後は気をつけろよ。」




そこまで言うと、授業が始まる。












4時間目が終了し昼休みが始まる。




いつもなら、階段に行くが今日はさすがに木霊の隣で食べるべきか。




授業の合間にある休み時間は10分間しかない。




さらには昨日まで不登校だった人にどう話しかけるべきかがわからなかったのだろう。




昼休みになっても話すことができず、木霊について気になっている人が何人も見られる。




木霊自身も、クラスメイトのことを何も知らないし、壁を感じているはずだ。




ここは、木霊にクラスメイトの紹介をしながら周りにいるクラスメイトに木霊のことを知ってもらうか。




俺は考えをまとめると、木霊に話しかける。




「昼休みになったから学校の紹介でもしようか?」




「朝来なかったくせに、いまさらフォローでもする気?」




まだ根に持ってる…。




「まぁ、聞くけど。」




嫌味に言いながらもやはり聞きたいらしい。




「じゃあ早速、まずはクラスメイトの紹介からかな。」




木霊は弁当を食べながら俺の紹介に耳を傾ける。




「まず、俺の前にいる奴が松下まつした八愛やえだ。毎日「努力努力努力!」って叫びながら滝に打たれてるらしい。」




「え…。」




「そんなことしてるわけないでしょ!!」




俺の言葉にドン引きしながら松下を見る木霊。




それに対して松下は全力で否定してくる。




「お前の前にいるのは…。」




睨んでくる松下を無視して近くのクラスメイトの紹介を終わらせた。




俺の言葉に対する反応を見て、木霊への話しかけにくい印象が薄くなったのか、クラスメイトが集まってくる。




いろいろな質問や紹介をされる木霊を助けながら今日が終わった。






思っていたように木霊とクラスメイトとの関係は良好なものになりそうだ。












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