第01話 教師と生徒
「早乙女先生、入学式の時から休んでいてすみませんでした!!」
頭を下げながら謝罪の言葉を口にする
「元気に来てくれて何よりだ。謝る必要はない。」
私はそう言うと窓の外を見る。
気持ちのいいぐらい晴れている空の下、あれほどきれいに咲いていた桜の花はすっかりとなくなってしまい、4月という日本人にとって第二の始まりの月ともいえる時期が終わりを迎えようとしていることを教えてくれた。
入学式から三週間が経過したころ、私は担任を務めている1年1組の生徒一人一人と、約10分間の面談を行うことにした。
出席番号順では面白みがないので、パソコンを用いてランダムに順番を決めた。
ただし、今、目の前にいる木霊だけは例外として一番最初にしている。
彼女が言ったように、入学式の時から学校に来ていなかった。
何が原因なのか、木霊の親や中学校の先生に聞いてもわからない。
話を聞く限りでは、中学三年のときからイジメを受けていた木霊は、受験のストレスと重なり、精神的に不安定になったのだと思った。
だけど、それだけでは納得できないこともある。
なぜ、頑なに誰とも会いたがらないのか。
なぜ、高校に来ないのか。
なぜ、高校に来たいと思っているのか。
一つ一つは理解できる。
だが、これらを結ぼうとすると、どうもうまくいかない。
何か重要なことが見えていない、そう思った。
どうやって見つけようか、パソコンを開き集めた木霊の情報を見ながら考えていたとき、
すぐにパソコンを閉じたが、あの目線、おそらく見られた。
空波の頭の良さは知っている。もしかしたらあの一瞬で記憶したのかもしれない。
空波は、木霊の家に行きたい、と言ってきた。
住所は見ていないのか?…、いや逆か。
見たからこそ、私に気づかれないために、聞いているという形をとったのだ。
空波との会話を終えた後、私はすぐに木霊の家に電話をかけた。
「生徒たちが夢さんのことを心配しているみたいで、今日代表して一人がそちらに向かいます。」
止めるべきだったのかもしれないが、私は空波の行動に賭けてみたくなった。
…………、というか止めても行くだろうし。
私は賭けに勝った。
3日間通っただけで木霊が抱えていた問題を解決したらしい。
「それで、答えにくいかもしれないんだが、来てなかった理由を教えてくれないか?」
「…………、すいません。言いたくないです。」
俯きながら拒否してきた木霊の様子を見て、私は気が付いた。
彼女自身に原因があったのだと。
外側を調べてもわからないわけだ。
空波がどうやって内側に入っていったのか気になるところだが、知られたくないことのようだし、すでに解決したのだから無理強いはよくない。
「言いたくないんだったらいいんだ。こちらこそ無理に言わそうとしてすまない。」
私がそう口にしてから面談が再開する。
勉強面に不安があるらしい。だけど、家では一人で勉強していたようだ。
わからないところが聞けないから、わからないままで放置するしかなかったようだが、時期的にもそこまで遅れているということはなさそうだ。
人間関係については、空波に任せるしかないか。
他にも、雑談のようなことを混ぜながら、面談を終わらせた。
次の日。昨日は8人の生徒との面談を終わらた。一週間で全員しようと考えているから、今日から金曜までは7人ずつになる。
4人目、
「お願いします。」
緊張した様子で職員室に入ってきた黒本は、私の隣に用意された椅子に座り、そう言った。
「そんなに緊張しなくていい。ほとんど雑談みたいなものだから。」
私がリラックスするように言うと、黒本は少し肩の力を抜いた。
それを確認してから、私は黒本との面談を始める。
外では強い雨が降っており、徒歩や自転車で通学している生徒たちは帰るのが大変そうだ。
黒本は、勉強面に不安があるらしいが、そこまで悪いようには見えない。
受験の時もは中の上、普段の授業も真面目に受けている、勉強面は特に心配することはない。
そんな印象を持っていたんだが。
「どんなところに不安があるんだ。」
「その、なんていうか、仲いい人が頭良くて、置いて行かれるんじゃないかなぁ、みたいなのが。」
頭の中に浮かんできた言葉をそのまま口にするように黒本は言った。
クラスの中では空波と仲の良い印象がある。
クラスの外だと、ソフトテニス部の部員と、
ソフトテニス部はなぜか頭のいい人が集まっているらしい。
丸山に関しては、学年全体で見ても上の方だったはずだ。
なるほど、この環境だと自信が持てなくなるのは当然か。
「周りが頭の良い人ばかりというのは、恵まれた環境でもある。
そいつらから教えてもらえるし、行動の手本にもできるからな。
置いて行かれるかもという焦りもわかるが、並べるぐらい成長できる可能性が生まれていることも忘れるな。背中ばかり見るな黒本。自分が並んでいる姿も想像して見るんだ。」
現実は大切だ。だけど、現実だけをを見るのは違う。
あれがしたい、あれになりたい。
どんな時でも理想が、自分を励ましてくれる、理想をかなえたい気持ちが力になる、私はそう思っている。
「ありがとうございます。なんか楽になったような気がします。」
黒本の言葉に私は微笑んだ。
次の日。5人目、
「よろしくお願いします。」
そう言った月見里は、私の隣に座った。
空には雲が多く、昨日の雨の湿気が残っているかのように、ジメジメとした空気があたりを漂っている。
月見里は真面目だ。
授業を一番真面目に受けている生徒だと、他の先生が褒めているのを何度も聞いた。
学級委員になるほど責任感が強く、
人間関係も良好で、勉強を教えるのが上手だと他の生徒からの評判も良い。
いいんだが…、彼女からは違和感を感じる。
どこがかは、わからない。
なんとなくだ。勘違いの可能性も十分にある。
だけど、今、面談をしている最中にも違和感を感じてしまう。
そのとき私は、違和感の正体に気がついた。
今も真面目に私の質問に答えてくれている月見里。
だけど、そこからは何も見えない。
いや、実際には『真面目な月見里』が見えている。
だが、『月見里』のことは全く見えてこない。
彼女は何かを隠している。
私は確信めいた物を感じた。
今、暴いてみるか?いや、何も準備なく行動を起こすのは危険か。
何を考えて隠しているのかもわからない。
下手に刺激をして月見里を傷つけるわけにはいかない。
私は教師なのだから。
次の日。4人目、
「よろしくお願いします。」
松下はそう言うと椅子に座る。
日光が窓の外から眩しいほど、容赦なく入ってくる。
窓の近くにいた先生がカーテンを閉めた。
松下はこの3週間で、というより、入学式の日と比べてかなり変わった。
雰囲気が違う。
入学式の時は、ただの優等生ぐらいにしか思っていなかった。
だが今はどうだ。
全てを吸収して成長してやる、そんな鬼のような気迫を胸の内に隠している、そんな印象を受けるほどになっていた。
松下が変わった理由はおそらく、どちらか、あるいは両方と話したのだろう。
最近の教室内の様子からして、
「空波と何かあったのか?」
松下は一瞬驚いたが、すぐに冷静になり、
「何かとはなんですか?」
と聞いてきた。
「入学式の後、空波と話をしているのを見かけた。
その時のお前の様子がおかしかったから、ずっと気掛かりだったんだ。何もなかったのか?」
本当は何も見ていない。私が感じたことを頼りにでまかせを行ってみたが…、どうやら当たっていたようだ。
知られているならば隠す必要もない、と松下はその日のことを語り出した。
「空波…‥君には、違和感を感じていたので。もしかしたら1位か2位なのではと思い、話しかけました。」
松下の言葉には怒りが乗っていた。
どうやら空波は怒らせてしまったらしい。
「私が話しかけたのに下を向いて、探し物の手伝いをしようかと言ったら、大切なものではないからいい、と言い出して…!」
人と人との関わりの中ではどうしても好き嫌いが生じる。
「私の質問にはぶっきらぼうに答えるだけなのに、あいつからは自信が強く感じられて…!」
だから、嫌いな相手がいるのは仕方のないことだ。
現に、他のクラスメイトの中にも、空波のことを嫌いな生徒は数人いる。隠しているつもりみたいだが。
「馬鹿みたいな根拠だから意味がわからないといったら、急に怒ったんですよ、あいつ!」
その嫌いな気持ちとどう向き合うか、が社会で暮らしていくためには大切なんだ。
「私の今までの人生で一番大切なことが否定されたのに、何も言い返せなかったのが一番最悪でした…!
結果として今も受け身の成長をしているだけなのもイライラします…!」
嫌な気持ちをな、向き合っていくことが……。
「あいつはきっと、卑怯で残酷で陰険で人間のクズみたいな性格してますよ!絶対!!」
言いすぎだろ………。
松下の言葉に対して私は引きながらも、流石に注意をしてから、面談を終えた。
次の日。7人目、
一人10分で7人目となると、既に1時間は経っていることになる。
それでも空波は機嫌を悪くすることなく、職員室に入ってきた。
「待ち時間は何をしていたんだ?」
「来週のご飯のメニューを考えていました。」
専業主婦かよ。
そういえば、自己紹介の時に最近は料理にハマっているって言っていたか。
そんなことを思い出しながら、私は面談を始めた。
最終日の最後ということで、空波には悪いが、少し長めに話をさせてもらう。
面談として聞こうと思っていたことを全て聞き終わると、一呼吸置いてから、私は面談が終わったと思っている空波に話しかけた。
「そういえば、受験の結果、空波だけ聞きに来てないな。」
「受験票無くしたんで。別にいいかなって。」
「だったら特別に教えてもいいぞ。」
「えぇ…。まぁ、教えてくれるんだったら、知りたいですね。」
私の言葉に面倒くさそうにしながらも、同意した空波。
私はファイルを取り出すと、中から空波の受験結果を見つけて、渡した。
その紙を興味なさそうに見ている空波に質問してみる。
「ちなみに、学年で何位だったと思う?」
「2位」
即答された。
流石にこれには驚いた。
「てっきり1位と言うと思っていたんだが……。当たりだ。お前は2位だった。」
なぜわかったのだろうか?私がそんな疑問を浮かべていると、空波が声を出す。
「同じクラスに月見里がいますよね?キモかったんて、あいつが1位かなと。」
「キモい……。」
言葉は悪いが、私が違和感を感じたように、空波も感じたんだろう。
空波は直球的だ。
自信家であり、言いたいことは遠慮なく言うイメージがある。
それを好ましく思う人もいれば、嫌う人もいる。
特に、空波は能力が高い分目立つ。
その性格が大きなトラブルを招かないようにするのが私の仕事だ。
「最後に一つだけいいか?
木霊、黒本、月見里、松下のことをそれぞれどうおもっている?」
面談をしていって、これから空波と深く関わっていきそうだと感じた4人について聞いてみた。
「知らん、普通、キモい、キモ努力。」
「お前………、最低だな。」
面談終わり。
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